第13話
神蛇との契印の儀が終わった夜。
アリアナは、左腕に強い痛みと違和感を抱えながらも、
ただ静かに、王子の訪れを待っていた。
(レオ様……無事でいて……)
扉がゆっくりと開く音がした。
「……アリアナ」
そこに現れたのは、儀式前よりも痩せた顔の、王子レオノールだった。
「レオ様……!」
アリアナの顔がぱっと明るくなる。
だが――その笑顔は、次の瞬間、凍りついた。
王子の目が、明確に“嫌悪”の色を含んでいたからだ。
「おまえ……その腕……見せるな」
「……え?」
アリアナが戸惑いながらも包帯を押さえると、レオノールは一歩引いた。
「気持ち悪い。……近寄るな」
(……え?)
言葉が、心に突き刺さる。
「おまえ……その左腕……蛇の目が浮かんでる。ぞっとする。
――ああ、もう……無理だ。おまえとは、もう会いたくない」
「……そんな……っ、レオ様……」
「俺は、おまえに頼んだ覚えなんかない。勝手に呪いを引き受けて、勝手に俺の人生を狂わせるな」
震えるアリアナの唇が、何かを言おうと動いたそのとき――
「さようなら。……二度と、俺の前に現れるな」
王子はそのまま踵を返し、扉の向こうへと姿を消した。
⸻
後に残されたアリアナは、ただ、静かに座り込んだ。
(……これで、助かったはずなのに)
(私は……あなたを、愛していたのに)
左腕の奥から、ずくん……と脈打つような痛みが走る。
皮膚の内側を這う何かが、心の傷と呼応するようにうごめいていた。
(これは……呪いだけじゃない。私の、なにかが……)
どこかで、誰かが嗤った気がした。
――「ようやく、我が巫女の目が覚める」
それは、神か、呪いか、あるいは……彼女自身の声か。
アリアナの運命は、ここで完全に“戻れない場所”へと踏み込んだのだった。