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王家の色

 からりと晴れたその日。

 僕は、馬車で王都郊外の穀倉地帯に視察のため訪れていた。

 国に税として納める作物ではなく、王族に献上される麦を見る。

 

「どうぞ。足元にお気をつけて」


 馬車の扉が開き、ステップを踏む僕に護衛が手を差し伸べてきた。

 僕はその手を取って馬車から降り、目の前に広がる畑を目にした。


 一面に広がる麦畑。

 風に揺れるそれは、まだ緑色をしている。


「……きれい」


 去年見た時と同じ光景であるはずなのに、僕はつい感嘆の声を上げてしまう。

 秋になれば黄金色に変わる麦だけれど、僕はどちらの色も好きだった。


 夏の麦は、王家の瞳の色。

 秋の麦は、王家の髪の色。

 

 子供の頃は、王子であるのだから、いつかは僕の髪と瞳も麦の色になるのだと信じていた。

 でも今は、色が変わらないとわかっている。


 王族に連なる僕は、王家の容姿では生まれなかった。

 同じ父と母のもとに生まれた兄も姉も、みんな麦の色だというのに。

 僕だけが、異なる色合いをしている。


 麦を見ていると、その現実を突きつけられて、今は素直に好きだと思えない。

 僕はどうして、麦の色に生まれなかったのだろうか。


「エスティン殿下、いかがでしょうか」


 辺境伯に促されて、僕は我に返る。

 感傷に浸っている場合じゃない。

 僕は視察に来たのだから。


「とてもよく育っていますね。美しい光景です。収穫まで滞りなく終わるよう祈ります」

「ありがとうございます。エスティン様」


 僕の言葉は、辺境伯を通して農民に伝えられた。

 その場にいた農民は、感極まったように地面にひれ伏した。


「王子様に祈っていただけたのです。豊作間違いなしです」


 大げさなと思わなくもないけれど、彼らにとって王族は神にも等しい。

 僕も末席にいると認められた気がして、胸の奥がちりっと痛む。

 僕も自分の力を信じたい。

 王族の血を引いた者として、何かできればいいと感じる。


 その後も、辺境伯と農民と共に、穀物庫や農具の鍛冶屋を見て回った。


「エスティン様がいらした」

「さすがは、国の至宝。お美しい」


 ひそひそと話す声が聞こえてきて、僕は思わずそちらを見た。

 汚れた農作業着を身に着けた年配の男女が、拝むように手を合わせている。


 なぜ僕を国の至宝と呼ぶのか、よくわからない。

 だが、どこに行っても僕は口々にそう言われている。


 ──我が国の至宝。

 ──美の化身。


 美しいというのは、兄たちならわかる。

 僕に向けられた言葉というのが信じがたい。


 僕は、顔が強張るのを自覚して、手を上げて声に応えるだけにした。

 農民たちは喜びの声を上げ、帰り際には僕の乗った馬車にいつまでも手を振り続けていた。


 視察は昼前には終わったが、城に戻った頃には日が暮れかけていた。

 さすがに穀倉地帯は遠い。王都の外れとはいえ、城から距離がある。


 ようやく馬車から降りて、僕は食堂に向かう。

 遅い昼食か、早めの夕食なのか。

 どちらが出てくるかと思ったら、麦で作ったパンだった。


「昨年の献上品の麦です」

 

 これで締めくくるというわけか。

 僕は、パンをちぎって口に入れて、しっかり味わった。

 実際に視察してから食べるパンは、やっぱり格別だ。

 僕は、すべて食べると、食堂から前庭に出た。


 今日は時間もあまりないため、塔に行くことはない。

 部屋で本を読むかと考えたが、その前に花が見たくなった。

 たしか、そろそろカトゥーレの花が咲くと庭師が言っていた。

 僕が、その一角の方へと歩いていくと、花畑の向こうに黒衣の男の姿が見えた。


 腰には白金の剣を()き、嵌めている手袋は衣と同色の漆黒だ。

 髪色や瞳の色も相俟って、まるで闇から生まれ出でたように見えてしまった。

 これが、この国を照らす光の勇者だなんて、やっぱり信じられない。


 踵を返して部屋に帰ろうと思ったが、その前に向こうも僕に気付いたようだ。

 大股でこちらの方へ向かって来られて、僕は動揺していた。

 普通、王族には距離を持って接するものだ。

 場合によっては、直接口を利かないこともある。

 それなのに、レイは手を伸ばせば触れられるほどの距離まで詰めてきた。


 思わず後退りしそうになったが、何とか踏みとどまる。

 表情がはっきり見られる近さまで来ると、レイは言った。


「今日は夜着じゃないんだな」


 こんな時間から夜着でいるわけがない。

 あの夜のことを当て擦っているのだと感じて、僕は返事をしなかった。


「あれも似合っていたけど、今の服装もいい。王子らしい」


 王子らしい?

 奇妙な言い回しだと思ったが、ここも無言で通した。

 すると、レイは軽く肩を竦めた。


「悪かった」


 何の件に対する謝罪なんだろうか。

 非礼が多すぎて、どれかわからないくらいだ。

 しかも、その後は言葉を続けようとしない。

 これでは、謝罪を受け入れることもできないじゃないか。

 二人の間に沈黙が降り、気まずい間が生じた。


 このままでは一言も発さずに辞すことになるが、挨拶くらいはするべきか。

 社交辞令の一つでも言おうとしたところで、レイは先に口を開く。


「仲直りしないか?」


 仲直り?

 それではまるで、一度でも仲の良かった期間があるみたいだ。

 僕たちは、出会った瞬間から険悪だったというのに。

 だから僕は、表情を変えずに静かに答えた。


「仲違いしているわけではないのでは」


 僕と親睦を深めたいという意味なら願い下げだ。

 そう思いながら見つめていると、レイは首を傾げる。


「お前には、先日剣を向けられた気がするが、あれは仲違いではないのか」

「ええ、単なる警告ですので」


 本来であれば、あのまま切りつけてもいいくらいだった。

 衛兵が来なければ、もっと言ってやった。


 これで必要最低限の言葉は交わした。

 話を切り上げようとタイミングを計っていると、レイはもう一歩僕の方へ近付いてくる。


「少しは歩み寄ってくれないか?」


 それは、物理的な意味ではないだろう。

 レイの態度は、これまでとは違っている。

 あんなに傍若無人に振舞っていたというのに、今は下手に出ている。

 一体、どんな心境の変化だろう。

 それとも、何か魂胆があるのか。


 不可解に思っていると、レイは黒い手袋を脱ぎ、手を差し出してきた。

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