邸へ
謁見の間を辞した後、僕には城の外に出る許可も与えられた。
僕はその足で、レイと共に早速ギルドへ向かった。
久しぶりに外に出ると、夏の終わりが感じられた。
いつの間にこんなに季節が進んでいたのだろうか。
馬車をギルドの裏手に止め、レイの後について建物の中に入る。
薄暗がりを歩いていると、周囲がざわついた。
たくさんの冒険者が僕に視線を向けてきたが、直接声を掛けて来るものはいない。
そんな中、そう僕に訊ねてきたのは、フィランだった。
「エスティン王子!? もう平気なのですか?」
平気かと問われて、僕は首を傾げた。
外出禁止令に関して何か噂が広まっているのか。
僕が処分されたと思われているのだろうか、
「お前は、病気で公務に出られないってことになっていたんだ」
レイはが、こっそり僕に耳打ちして教えてくれた。
「あー……なるほど」
さすがに外聞が悪いと思ったのか、病気扱いになっていたようだ。
僕は、フィランに笑顔を向けた。
「ご心配をおかけしました。ハロルドとフィランは変わりないですか?」
すぐ後ろに立っていたハロルドにも話を向けると、腰に手をやって胸を反らした。
「ああ。あまり動かないから、身体が少しなまったくらいだ」
「だから、修練をしようと誘ったんですよ」
フィランが目を眇めてハロルドに言い、ハロルドが降参とでも言いたげに肩を竦める。
変わらない様子の二人を見て、僕はホッとした。
「それなりに仕事はあるから、飢えることはないさ」
魔物が出なくなったことで、冒険者の数が余っているという話は聞き及んでいた。
でも、どうやら薬草取りや貴族の身辺警護など、冒険者として培った能力は高く買われているらしい。
「ノクサムン様は、どちらに?」
ここに来た目的の一つが、ノクサムンに会うことだった。
ハロルドは、ああと短く言って、後方を親指で指し示した。
「ちょうどギルドに来ている。今こっちに呼ぼう」
ハロルドはノクサムンを呼びに行き、フィランは僕たちを部屋に案内した。
通してもらった部屋は、ギルドの中の応接間のようだ。
冷たいお茶が運ばれてきて、僕とレイはそれを飲みながら待った。
僕は、毒殺未遂以来、出されたものは一切口にしなかった。
けれども、ここのところ人前でも飲食ができるようになっていた。
まだ少しだけ身構えるが、それでも僕にとっては大きな変化だ。
やがて、ハロルドに手を引かれてノクサムンが部屋に入ってきた。
「よくおいでなさった。顔つきが変わったのう」
ノクサムンは僕たちの向かい側に座り、同じようにお茶を飲んだ。
僕は一息ついたところで、改めてこれまでの経緯を話した。
レイにも簡単に説明していたが、ここまで詳しくは教えていなかった。
「まったく、無茶をする」
僕の話を聞き終えると、顔を顰めてそう言ってから、レイは眉尻を下げた。
「そんな計画を前もって知っていたら、絶対に止めていた」
きっと、そう言うだろうと思っていた。
だからこそ、僕は誰にも作戦を伝えなかったのだから。
僕の話を最後まで聞いたところで、ノクサムンは顔をしわくちゃにして笑い、手を合わせた。
「そなたは、勇者でもあったか。エスティン王子。女神ミーアの化身よ」
まるで神に祈るようなその姿に、僕は首を振った。
そして、席から立ち上がって、ノクサムンの手を取った。
「私はただの人です。だからこそ、勇気が湧いたのだと思います」
ノクサムンは僕の言葉に何度も頷いて、骨ばった手で僕の手を握って揺らした。
僕には僕の想いがあった。
王族として生まれたからには、何か一つでもいいから王子として僕にできることを成し遂げたかった。
それが、大切に育てられた自分の責務であり、愛した民への礼だと思っていた。
しかし僕は、自分のことすらもままならないような毎日を送っていた。
このまま一生何もできないのかと諦めかけていたが、ようやく自分の生きる道が見出せた。
たとえ命と引き換えになったとしても、僕はやり遂げたかった。
自分の足で立ち、国を守り、民を守りたい。
愛する人をこの手で幸せにしたい。
まだ十分とは言えないまでも、自分にもできることがあるのだと、自信を持てるようになった。
僕にとっては、大きな変化だ。
それはすべて、レイとの出会いから始まった。
僕は、自分に向けられた視線に気付いた。
黒い双眸に、僕はどう映っているのだろう。
僕は、その瞳を見返しながら、気付けば微笑みを浮かべていた。
ノクサムンとの話を終えて部屋を出て、僕はレイに言った。
「私はこれで城に帰ります。次に会うのは、邸への引っ越しの時になるでしょう」
「お前と暮らせるようになる日を楽しみにしている」
周囲に人がいた手前、僕たちは握手を交わすだけに止めて別れた。
引っ越しまでの間、僕は慌ただしい毎日を送った。
気がかりだったのは、ギルドに留まっているレイのことだ。
僕とレイのことが、冒険者たちの間でどう評価されるのか。
もしかしたら、レイが更に苦しい立場に立たされるのではないかと、僕は戦々恐々としていたが、特に騒がれることはなかった。
勇者レイが郊外に移り住むことになったという話だけが、世間に広まった形だ。
第三王子である僕については、特に話題にもならなかったようだ。
それは、王太子以外の王族が、成人と同時に別に居を構えることが多かったからかもしれない。むしろ、第二王子や王女のように、成人しても尚、王城に留まっている方が珍しいのだ。
そのせいか、僕とレイのことを繋げて考える者が少なかったらしい。
僕は拍子抜けしたが、二人の関係をこちらから触れ回ることでもないだろうと、粛々と引っ越しの準備をした。
城から運び出す物は、それほど多くない。
僕の私物は少なく、引っ越し先の邸にはすぐ住めるほど整えられていて、特に問題なく事は進んだ。
城から出る際に、サイデンは僕と共に邸へ移動することになった。
長年仕えていた城ではなく、僕について来てくれたことは意外だった。
監視役も兼ねているのはもちろん変わらないのだろうが、今はそれだけではないと肌で感じている。それは、彼の献身的な振る舞いや優しい眼差しから悟ったことだ。
僕はどれほど盲目的で、一人で内に篭っていたのだろうか。
こんなに人々に愛されていたことに、まったく気付いていなかった。
城から他にも召使いを連れて行くのだが、それはサイデンが選抜した。
そうして、細々としたことまですべて準備が整ってから、僕はようやく郊外の邸に移り住んだ。




