生きる道
僕はそこまで一気に述べ、ドミートスを見据えた。
周囲を囲っていた神官たちは、ざわざわと小声で言葉を交わし始める。
「魔王が? そんなまさか」
「ドミートス様が暗殺を企てるなど、有り得ない」
ドミートスは、彼らを黙らせることも忘れるほどに、色を失くしている。
レイは、聖剣の柄に手を置いて、いつでも抜けるよう構えていた。
「それとも、何か申し開きがありますか?」
僕はそこで、ドミートスに話を振った。
一体どう言ってくるか。
弁解するつもりがあるのなら、聞いてやらなくもない。
ドミートスは僕の問いかけに肩を竦め、できの悪い生徒に対するように首を左右に振った。
「エスティン王子のお考えは、あくまでも推測に過ぎません。我々神殿は、いつの世もリデアス国を守護して参りました。もちろんその中には、王家の存在もございます。決して、王子を亡きものにするなどという大それたこと、考えたことはございません」
ドミートスはそう言って、困ったとでも言いたげに苦笑する。
要するに、否定できるのはそこだけということか。
魔王のことも、ミーアの乙女のことも、何一つ弁明して来ない。
僕の妄言ということで、押し通すつもりなのかもしれない。
まだぼそぼそと話している神官たちを、ドミートスは一睨みした。
途端にぴたりと話し声が止み、誰もが目を伏せて押し黙った。
神官長であるドミートスに逆らえる者なんて、この神殿にいるわけがない。
下手をすれば、国民の大半だって、神殿に楯突くことはしないだろう。
それほどに、神殿の力は強大だ。
王家に準ずるか、あるいは比肩するほどの力を持っているとも言える。
だからこそ長い間、予言という形で王族の生き方さえも、縛ってこられたのだ。
僕の人生もまた、神殿によって翻弄された。
それは、今もまだ終わりを見てはいない。
けれども、僕はこれ以上、ドミートスと対峙する気はなかった。
「もう真偽は、どちらでも構いません。私はこうして生きている。神殿に望むことは、先述した通りです」
僕はそう言って、ぽいっと宙にアルサイールを放った。
神官は誰も手を出さなかったが、さすがは神官長と言ったところか、ドミートスはしっかりと受け止めた。
僕はその様子に会えてにっこりと微笑み、くるりと踵を返して、神殿の出口へと脚を向けた。
レイもついて来て、二人分の足音が神殿内に木魂する。
ドミートスも、他の神官たちも、もう僕たちを止めようとはしなかった。
だがそこで、一人の声が割って入った。
「待ってくれ、エスティン! 我を置いていかないでくれ! もう何もしないと誓う! だから──」
聞こえてきたのは、甲高いアルサイールの声だ。
この期に及んで、まだ僕が恩情を示すと思っているのか。
どこまでも僕を軽く見ている。
僕は足を止め、肩越しに振り返って、ドミートスの手に掴まっているアルサイールを一瞥した。
「あなたには、あなたなりの言い分があるでしょう。ですが、私にはもう関係のないことです。神殿の決定に従ってください」
もうアルサイールの件は、僕の手を文字通り離れたのだ。
あとは、ドミートスを始めとした神官が決めることだ。
王家もまた、その決定に従うことだろう。
神や魔の存在に、王家が積極的に口を出すことはないからだ。
それは古来より神殿の役割であり、責任である。
そのせいで、いくつもの悲劇が生まれたわけだが、きっとこれからも変わらないに違いない。
僕は、この件から手を引いた。
自分とレイの人生を守り、生き抜くこと。
それだけが、僕の希望だ。
僕が、アルサイールを見捨てて去って行こうとすると、尚も縋ってきた。
「我はここにいたら、殺されてしまう! お前はミーアの血を引いている。それなのに、我を見捨てる気なのか?」
僕は目を眇めて、今は緑色となったアルサイールの瞳を見返した。
「ミーアの血が流れているということは、初代リデアス王の血も、私には流れているのです。そのことを、ゆめゆめ忘れないことです」
アルサイールにとっては、愛する者と敵との間に生まれた子孫となる。
ただ女神ミーアに似ているからと言って、手出ししてくるなんて言語道断だ。
これまでの、ミーアの乙女たちの人生を思うとやり切れない。
アルサイールも、神殿の神官たちも、僕には許せない。
けれども、罰しようとは考えなかった。
僕の望みは、復讐じゃない。──自由なのだから。
「俺の出る幕はなかったな」
神殿から出たところで、レイはぽつりとそう言った。
僕は足を止めて、レイの手を取って握った。
「あなたがいたからこそ、運命に抗って生きたいと思えるようになりました。レイ様が、私を変えたのです」
一度は捨ててもいいとさえ思った命だ。
それでも、レイが求めるのならば、生きていこうと僕は決めたのだ。
だが、レイは僕の手を握り返して、黒い双眸でひたりと見つめてきた。
「そんなことはない。エスティンは、初めて会った時から気高く、美しかった。みんなが見誤っていただけだ」
それは、レイが一貫して言ってくれていたことだ。
僕を好きでいてくれる人。無償の愛を注いでくれる存在。
ドミートスに恨みがないとは言い切れないが、レイに会わせてくれたことだけは心から感謝している。
「レイ様がいらしたからこそ、私は私になれました。──愛しています、レイ様」
僕がそう告げると、レイは瞳を瞬かせた。
そして、真剣な顔つきで僕に頼んできた。
「もう一度、言ってくれないか?」
そういえば、レイの姿になったアルサイールには言ったけれど、レイ本人にはこれまで言ったことがなかった。
僕は、レイの両頬を手で包み、瞳の奥を覗き込みながら告げた。
「何度でも言います。愛しています、レイ様。誰よりも、何よりも」
僕は、少しだけ伸び上がり、レイの唇に唇を重ねた。
レイの手が僕の背中を撫で、腰を抱き寄せる。
唇を何度か繰り返し啄み、いつしか深いキスとなった。
ミーアの星の光に照らされながら、僕たちは心行くまでキスを続け、手を繋いで城までの道を辿った。




