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城の中庭

 ミーアの儀の終わりに、父と兄たちに従って聖場を出て、城へと向かった。

 父と王太子である兄は同じ馬車で、僕は教育係と護衛と共に城へ戻る。


「さあ、エスティン様は、どうぞお休みください」


 成人していない僕だけが先に寝室に追いやられて、みんなでこれから祝宴だという。


 僕は別にいい。

 あんなヤツを祝う気はない。

 むしろ、一人になりたかった。


 側仕えと共に部屋に戻り、夜着に着替えて寝台に寝そべる。


「おやすみまさいませ、エスティン様」

「おやすみ」


 扉に背を向けて答え、僕は目を瞑る。

 部屋の灯りが消されて、窓から射し込む淡い光だけになる。

 いつもなら白金の光は心を和ませ、癒してくれるというのに、今日に限っては違った。


 それもこれも、レイのせいだ。

 今頃は、祝宴に出て酒を酌み交わしているのだろう。

 それすらも、想像すると腹立たしい。


 僕だって、父や兄とは話す機会があまりない。

 年が離れているのもそうだけれど、身分が違うのだ。

 子供の頃には許されていたことも、今では叶えられず、自分と父たちの間には見えない壁がある。


 もう子供ではない。

 それでいて、大人扱いもされない。

 

 いろいろな気持ちが()い交ぜになり、眠れそうにない。

 僕は寝台に起き上がり、窓の外を見た。

 今なら、見つからないかもしれない。


 こういう時は、中庭に行くに限る。

 寝室の窓から抜け出して行ける、唯一の場所だ。

 庭が外に面していないということもあり、見張りが少ないのだ。


 僕は、バルコニーの扉を開けた。

 この段で音を聞きつけて側仕えが来ることも考えられたが、こちらに向かってくる足音はない。

 僕はバルコニーから外に出て、周囲を窺った。

 窓の下に衛兵はおらず、辺りにも人影はない。


 僕は、先に靴を落とし、柱を伝って下に降りる。

 そして、靴を履いてから立ち上がった。

 前に裸足で外を歩いたせいで、足の汚れからバレたことがあった。

 寝室に置いてある靴の時も、靴底に付着した土汚れで判明してしまった。

 その度にサイデンにこっぴどく叱られた。


 けれども、それはほんの小さな子供の頃で、最近は知恵がついた。

 脱走して見つかったことなんて、ここ数年はない。

 今履いているのは、脱出用にこっそり忍ばせている履き古した靴だ。

 これで準備万端だ。


 僕は、そっと足音を忍ばせて、中庭に向かった。


 垣根を越えて、花のアーチを抜けると中庭が見えてくる。

 ミーアの光に照らされ、咲き誇る花々が一面に広がっているのが目に入る。

 陽の光の中で見るのとは違い、白い花は青白く風に揺れている。


 さっきの儀式を彷彿とされたが、今は忘れよう。

 どうせ、僕には関係のないことだ。


 ──「癒し手であるエスティン様が、勇者であるあなた様につけば、この国の未来は安泰でございます」


 あの時、ドミートスはそう言ったが、僕が国に関わることなんてない。

 これまでの役目と言えば、せいぜい兄の代理で視察先に顔を出すくらいのものだ。

 その僕が、勇者が来たところで、何か重要な役割を担うとは思えない。


 拗ねているわけじゃない。

 自分の立場を弁えているだけだ。


 噴水まで歩いていき、その縁に座って、僕は考えた。

 ミーアに捧げられた乙女とは違い、僕は地下に幽閉されているわけじゃない。

 でも、この国の王子として生まれてきてしまったということは、国に僕が捧げられたようなものだ。

 成人したら婚姻相手も、政情を鑑みて決められるだろう。

 もうすでに、その候補は打診されていると聞く。


 僕は、自由を求めるほど子供じゃない。

 それでも、もう少しだけ足搔いてみたいと思っている。

 僕に何ができるのか。──僕にも何かできることはないのか、と。


 そうして、物思いに耽っていると、こちらに向かってくる足音が聞こえた。

 石畳の上を歩く音。衛兵のそれではないのはその歩調でわかるけれど、教育係のサイデンでもなさそうだ。

 見つからないように、僕は木陰に回って隠れた。

 足音は更に近付き、そのまま通り過ぎるかと思われた。


「おい」


 突然聞こえてきた声に、僕は目を剥いた。

 僕の隠れた木の傍に、足を止める人物がいる。

 儀式の時とは違い、もう冠はつけていないが、衣装はそのままだ。

 なぜこいつが、ここにいるんだ?


「お前を探しに来た」

「……私を?」


 咄嗟に人前で使う人称に改めて問うと、レイは口端を上げる。


「お前だよ、エスティン」

「なぜ、勇者であるあなた様が私をお探しに?」


 すると、身を屈めて僕と目線を合わせた。


「さっきはあんなに睨みつけて来たくせに、殊勝な態度なんだな」


 やっぱり儀式で見られていたのかと内心慌てたが、顔には出さずに小首を傾げた。

 思い当たる節なんてないと態度で示すと、レイは目を眇める。


「まあ、いい。──行くぞ」

「行く、とは?」


 何を言い出したのかと問い掛けると、レイは唇を歪める。


「察しの悪いヤツだな。お前は俺に捧げられたんだ。ということは、俺のものだろう。好きにしていいはずだ」


 そう言って、僕の二の腕を掴んできた。

 硬質で長い指先、熱い手のひら、手前に引いた強い腕の力。


 すかさず僕は、その腕を払った。

 そして、胸元に差していた短剣を鞘から抜く。


 レイは一瞬目を瞠り、次いで「何のつもりだ」と笑う。

 僕が目を逸らさずにいると、ようやく本気だとわかったようだ。

 黒い瞳で僕を見据え、視線で問いかけてくる。

 僕は剣を引かずに、なるべく抑えた口調で告げた。


「許可なく王族に触れる者は、死罪です。この場で殺されても、異存はないでしょう?」

「勇者の俺を、王族のお前が殺すと? へえ、やってみろよ」


 僕の言葉に、挑戦的な視線を投げつけ、更に顔を寄せた。

 間近で見れば見るほどに、レイの瞳は輝きを増す。まるで、命のやり取りを楽しんでいるかのようだ。

 切っ先があと少しで届くというほどにレイが顔を寄せたところで、衛兵の声がした。

 

「何者だ!」

「──隠れろ」


 驚く僕に、レイは言う。


「どうせ、部屋から抜け出してきたんだろ? 戻らないと叱られるんじゃないのか?」


 叱られると言われて、その台詞は気に食わなかった。

 子供扱いされていると、はっきりわかったからだ。

 それでも、レイが正しい。

 自分がここにいる現状を衛兵に知られれば、元も子もない。


 慌てて短剣をしまい、物陰に隠れてやり過ごそうとした。

 その間に、レイは衛兵の方へ歩いて行く。


「悪い、道に迷った」

「これは、勇者様……っ。御無礼を」


 レイは、衛兵を従えて中庭を出て行った。

 その際に一瞬だけこっちを見て、肩を揺らしたのを僕は見逃さなかった。

 今すぐ走り寄って(なじ)ってやりたいが、今は潜むしかない。


 僕は、レイが消えていくまでその背中を睨みつけた。

 そして、人の気配がなくなったところで、来た時とは逆を辿り、大人しく自分の寝室に戻った。

 その夜は気が昂っていたこともあってなかなか寝付けず、僕は思いつく限りの悪態を頭の中のレイに向かってぶつけた。

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