愛の囁き
「エスティン、俺だ」
書庫の中にいると、扉がノックされた。
「ここを開けてくれないか?」
僕は読んでいた本を片付け、扉を開ける。
すると、そこにはさっき別れた時と同じ姿のレイが立っていた。
「悪い、思ったより遅くなった」
「いえ、そんなことは」
僕が微笑むと、レイも同じように微笑んだ。
「ノクサムンから助言をもらってきた。少し二人で話せるか?」
「では、僕の寝室に行きましょう。あそこなら邪魔も入りません」
レイは頷き、僕の後ろをついて歩く。
二人で長い廊下を歩いていると、途中でサイデンに出会った。
「大事な話があるので、しばらく人払いを」
僕がそう告げると、サイデンは口を開きかけた。
最初は反論しようとしたみたいだけれど、何も言わずに引き下がる。
サイデンの前を通ってに階段を上り、自分の部屋に入ってからレイに訊ねた。
「長椅子で話しますか? それとも寝台で?」
レイは、僕の問いに少し考える素振りを見せる。
そして、微かに吐息を漏らしてから、意味ありげな視線を寄越す。
「こんな早い時間から寝台を使うのもな。長椅子で話そう」
「では、こちらへ」
僕はレイの手を取って、長椅子の方へ歩いた。
そして、レイを長椅子の左端に座らせ、僕はその隣に腰掛ける。
腕を取り、しな垂れかかってから、改めて問いかけた。
「それで、ノクサムン様は何と?」
レイは、腕にかけた僕の手に手を重ね、軽く握ってから応えた。
「ジェネウスから魔力が感じ取れないのなら、アルサイールが関係している可能性は低いと言っていた」
「そうですか」
やはりそういうことになるのかと、僕は頷く。
そして、押し黙ったままでいると、レイは僕の瞳を覗き込んだ。
漆黒の瞳に僕を映し、優し気な声で語りかけてくる。
「心配は要らない。俺がついている。これ以上、ジェネウスをお前に近付けさせはしない」
「そう言っていただけると、とても心強いです」
そう言って、僕がレイの肩に頭を乗せると、髪を撫でて来た。
僕より一回り大きい、硬質な長い指先。
僕はその感触に、一度目を瞑った。
自身の心に湧き起こる感情に蓋をして、レイに微笑みかける。
「それより、ようやく二人きりになれたのです。もう少しお傍に寄ってもいいですか?」
サイデンに言って、人払いをしている。
今この状況で、僕の部屋に入ってくる無粋な者はいないはずだ。
何をしようとも、勘付かれることはない。
僕の問いかけに、レイは一瞬目を瞠り、次いで深く頷いた。
「ああ、もちろんだ。愛しい人」
レイは、僕の言葉に応えて、肩に腕を回そうとして来た。
けれども僕は、その腕から逃れて長椅子から立ち上がりった。
何事かと眉根を寄せたレイの肩に僕の方から手を置き、膝の上に座った。
僕の行動に、レイはかなり驚いたようだが、そっと腰に腕を回してくる。
「重たいですか?」
「いや、そんなことはない。むしろ、軽くて驚いた。もっと食事を摂った方がいいんじゃないのか?」
「ええ、そうします」
僕は、レイの首筋に手を置いてバランスを取り、間近から瞳を覗き込んだ。
「レイ様は、私のどこを気に入ってくださったのですか?」
鼻が触れ合うほどの距離で訊ねると、レイは熱いまなざしを僕に向ける。
「すべてだ。お前の容姿ももちろんだが、その魂まで愛している」
「嬉しいです。ありがとうございます」
魂までと言われて、内心思うところはあったが、顔には出さなかった。
僕の容姿は、王族とはかけ離れているけれど、女神ミーアには似ているらしい。
男女の違いは有れど、髪や瞳の色以外にも、もしかしたら共通点があるのかもしれない。
今となっては、知りようもないわけだが。
僕の言葉に、レイは口端を上げた。
「逆に訊くが、エスティンは俺のどこが好きなんだ? お前に惚れられるところなんか、俺にあるだろうか」
一度として、僕から言ったことはなかった。
レイは僕を見据えていたが、僕の方では目を伏せて視線を外した。
「そうですね。──最初は大嫌いでした」
「大嫌い?」
僕の言葉を復唱し、レイは興味深げな顔をしている。
まるで、嫌われている自覚がなかったとでもいうように。
「好きになれという方が無理な話でしょう。強引で傲慢で、父王を跪かせても平然としていて、なんて礼儀知らずな人なのかと思ったものです」
僕は遠い日のことを思い返し、あの時からの自分の心の変化をおかしく思った。
「参列者の前で捧げろと命じて、その後も我が物顔で接して来て。馬鹿にされているのかと」
「そうだったのか」
今考えれば、レイ自身も憤っていたのだろうと思える。
元の世界から召喚されて、勇者だと言われ、しかも帰ることができないとなれば尚更だ。
僕はあの頃はまだ、この世界の常識に捉われていた。
「レイ様は、いついかなる時でも、私のことを一番に考えてくださっていた。何よりも優先していたのです。私はそんなレイ様のひたむきさに、大切に想ってくださるその心に、打たれたのかもしれません」
本当にそれだけだろうか。
僕は自身に問いかけた。
言い尽くせないほどの変化を、レイは僕の人生にもたらしてくれた。
自分に自信のなかった僕を認め、無条件で愛してくれた人だ。
僕はレイに会って、救われたのだ。
「そんなに、俺が好きか」
レイに確認されて、僕は伏せていた目を上げてレイを見た。
「私は、レイ様を愛しています。誰よりも、何よりも。もし、レイ様がもとの世界に帰りたいと仰るのなら、私も連れて行っていただきたいくらいに」
それは本心だった。
レイが、この世界に倦み、帰ることを決めたのだとしたら、僕は躊躇いなく一緒に旅立つだろう。
「お前は、俺のためにリデアス国を捨てる覚悟をしていると?」
「ええ、もちろんです。でもきっと、レイ様はそれを許さないでしょう」
僕を大切に想うからこそ、連れて行ってはくれない。
そんな予感がしていた。
「そういうところも含めて、私はレイ様のことが好きなのです」
僕はそう言い切って、レイの首筋に顔を埋めた。
レイは、僕を抱き締め、頭を撫でている。
僕はその感触に一度目を閉じ、次いでレイの右耳に唇を寄せて囁いた。
「私の心を奪い、すべてを捧げさせた責任を、彼には取っていただきたい」
僕は、そう言いざま、レイの耳を舐めた。
耳殻を甘噛みし、口に含む。
「いやらしいな、エスティンは。そんなに俺が欲しいのか?」
レイはくくっと低く喉の奥で笑い、僕の背中を手のひらで撫で下ろした。
「ええ、とても。──お前のすべてを、奪ってやる」
そう言いざま、僕はレイの耳穴に舌を入れた。
先を尖らせて、穴の奥深く、限界まで挿入する。
レイはびくりと身体を揺らしたが、抵抗はしなかった。
僕は、全神経を集中させて、癒しの力を増幅させる。
そして、耳穴の粘膜から全身の気脈を浄化した。




