添臥
その夜、レイは大きな荷物を背負って城に戻ってきた。
僕の部屋に現れ、荷物を下ろすと抱き締めた。
「悪い、遅くなった」
「いえ、無理を言って申し訳ありません」
本当に泊まりに来てくれたのだと、僕は心から喜んだ。
ただ、ここからどうするつもりだろうか。
きっと、サイデンはレイを追い返すに違いない。
そう、思ったのだけれど。
「添臥の許可が出ました。まったく、あり得ないことです」
サイデンは、父王から書状を受け取ったようだ。
曰く、エスティンの安全を確保するために、レイとの添臥を許可するようにとのことだ。
まさか、サイデンではなく父を説得するなんて、僕は思いつきもしなかった。
なんて大胆な手に出たのだろうか。
どうやってあの父を口説き落としたのか。
僕は疑問に思ったけれど、今はそれを棚上げした。
「ありがとうございます、レイ様」
「まだ礼を言うには早い。お前の安全を最優先にするためには、俺自身からお前を守る必要がある」
レイ自身から守る?
それは、どういう意味だろうか。
僕が首をひねっていると、いきなり腕を掴まれた。
小さな手にぐいと下に向けて引かれて、僕は慄いた。
傍にはいつの間にかジェネウスがいて、不満そうに僕を見上げている。
「僕もいっしょに寝る!」
「いけません、ジェネウス様」
サイデンが窘めたが、ジェネウスは頬を膨らませて拗ねて引き下がらない。
僕は握られた手から、ジェネウスの気脈を探った。
やはり、アルサイールの気配はない。
あれほどの魔力の持ち主だ。
魔力の痕跡を消し、且つ気脈を似せるなんて、そこまで擬態できるものだろうか。
ジェネウスがアルサイールそのものではないとしても、彼の仕業であることは確実だ。
そうでなければ、この不可解な状況を説明できない。
「仕方がありません。ジェネウス様と三人でお休みください」
サイデンは、あっさりとジェネウスの願いを聞き入れた。
なぜだろう。あまりにもジェネウスにとって都合が良すぎる展開だ。
僕は断ろうとしたのだが、どう言ったら良いのかと頭を悩ませた。
レイの方では、何も言わずに成り行きを見守っている。
サイデンは従僕たちを呼び、僕の寝室に大きな寝台を運び入れた。
三人が優に眠れるほどの大きさで、同じ部屋で寝るだけではなく、寝台を共にさせるということなのかと僕は唖然とした。
あの普段礼儀に厳しく、伝統を重んじるサイデンが、三人で寝台を共にすることを自ら推し進めるなんてあり得ない。
これも、アルサイールの力なんだろうか。
僕が、サイデンをまじまじと見ていたのに気付いたのだろう。
サイデンは、ぼそりと言った
「むしろ、三人でお休みになった方が御身は安全でございましょう」
僕の身の安全?
それは、どういう意味なのか。
訳がわからず、ふとレイを見ると、意味がわかったようで苦笑している。
サイデンとレイには意味があることなのか。
僕は、除け者にされた気がして、説明を求めて二人を交互に見た。
だが、どちらもとぼけたような顔をして、僕と目を合わせようとしない。
僕たちは一人一人湯浴みをして、再び寝室に集まった。
寝台に上がると、レイは僕の左に、ジェネウスは右に陣取った。
こうして、僕を真ん中にして三人で寝ることとなった。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
二人に挟まれて、僕は天井を見上げていた。
ジェネウスの体温が気になり、嫌なことばかり考えてしまう。
もし、ジェネウスがアルサイール本人であるとしたら、何をしでかすかわかったものじゃない。また、ジェネウスがただの無知な少年で、アルサイールに言い含められて連れて来られたのだとしたら、今の扱いは不憫に思える。
これからどうしたらいいのだろう。
ぐるぐると思考が空回りして、眠れそうにない。
僕は上掛けの中で身じろいだ。
すると、僕の左手に熱い手が重ねられた。
更に、指を組み合わせて握られる。
レイが安心させようとしているのだとわかり、僕はその手を握り返した。
「大丈夫だ。俺が傍にいる。眠れ」
レイはそう言うと、僕を自分の腕の中に囲った。
レイの呼吸音がして、落ち着くどころか心が高ぶった。
これでは余計に眠れない。
もぞりと身を捩り、眠れそうな位置を探す。
すると、レイの心音が聞こえた。
まるでレイと一つになったような感覚に、僕は息を吐く。
知らないうちに緊張していたのだとわかり、身体から力を抜いた。
レイに合わせて呼吸を繰り返しているうちに、いつしか眠りについていた。
最初の夜は、そうして何とか乗り切った。
翌朝は、目が覚めると僕はまだ、レイの腕の中にいた。
「起きたか? エスティン」
「レイ様……寝なかったのですか?」
もしかしたら徹夜で僕を守ってくれていたのか。
「俺のことは気にしなくていい。いざとなったら講義中に眠るさ」
冗談めかして言うけれど、レイがこれまで講義中に寝たことなんてない。
「ありがとうございます」
間近から微笑みかけると、レイは僕に顔を寄せた。
キスをするつもりなのかと思い、僕は目を瞑る。
けれども、そこで扉がノックされた。
サイデンが、僕を起こしに来たのだ。
「おはようございます。お食事の準備が整いました」
「おはよう、サイデン」
慌てて身を離し、僕は挨拶を返した。
サイデンは、レイに冷たい一瞥をくれた後、寝台の反対側に回り込んだ。
「ジェネウス様、朝でございます。起きてください」
「ん~もうちょっと~~~」
本当に眠そうにしているジェネウスは、どこからどう見ても、いたいけな少年に見えた。
僕だって、本当はこんな風に警戒したくはない。
でも、こんな異常事態に警戒するなという方が無理な話だ。
一階の食堂に行って、僕たちは三人で食事をした。
その間、ジェネウスは昨日あったことを話して聞かせた。
「僕一人で、とっても退屈だったの。サイデンは忙しそうだったし、ニーナは途中で帰っちゃったし」
ニーナというのは、ジェネウスの世話係のようだ。
途中で帰るとはどういうことだろうか。
でも僕は、それを訊ねる気にはならなかった。
なるべく、ジェネウスとは関わりたくはない。
「ごちそうさま」
「もう召し上がらないのですか?」
サイデンは心配そうに眉を下げた。
「昼にはたくさん食べるよ」
今は、一刻も早くジェネウスから離れたい。
僕は、レイと共に学びの間に向かおうとした。
「待って! 僕も行く!」
「ジェネウスにはまだ早い。サイデン」
きっぱりと断り、サイデンに後の対応を願う。
サイデンはすぐに了承し、ジェネウスを諭していた。
僕は、サイデンの話の途中で食堂を出て、レイと二人で学びの間に向かった。
その道すがら、レイはふうと息を吐いてから言った。
「婆さんに相談するしかない」
「ノクサムン様ですか」
できれば僕も行って、直接意見を伺いたい。
けれども、父に城の外に出ないよう命じられているため、自分では行けないのが歯がゆい。
「必ず突破口を見つける。それまでの辛抱だ」
レイの力強い言葉に頷き、僕の方から手を握った。
「講義が終わったらすぐに向かうから昼は一緒に食べられない。心細いかもしれないが、なるべく急いで戻る」
「わかりました。急がなくても大丈夫ですので、お気をつけて」
僕はレイに身を寄せ、その顔を見上げた。
レイも顔を寄せてきて、あと少しで唇が重なりかけた。
だが、がさがさと近くの茂みで音がして、突然ジェネウスが顔を覗かせて、僕たちは慌てて離れた。
「お兄様と勇者様、二人は何をしていたの?」
「話していただけです」
サイデンに止められていたはずのジェネウスが、僕たちに追いつくなんて想定外だ。
背を向けて歩き出した僕たちに、ジェネウスは尚も言う。
「僕にはキスしていたように見えたけど」
「気のせいだ」
レイは即座に否定したけれど、ジェネウスは怪しんでいるようで、唇を尖らせた。こういう表情は、やはり10歳の子どもらしい。だから、冷たくあしらうことしかできない自分が、ある部分で許せない。でも、今は仕方がないのだと、自分に言い聞かせた。
黙り込んだまま歩き出した僕とレイに、ジェネウスは後ろから大きな声で言ってきた。
「サイデンの言う通り、僕はちゃんと二人を見張らなくちゃだね!」
サイデンは、一体ジェネウスに何を吹き込んだんだろうか。
僕は頭が痛くなって、自分の額を押さえた。
「すぐに戻るから、それまでは二人だけにならないでくれ」
「わかりました」
僕はレイの言いつけ通り、ジェネウスと極力二人きりにならないよう努めた。
「お兄様は、僕のことが嫌いですか?」
食堂にも顔を出さなかった僕に、ジェネウスはそう訊いてきた。
「嫌いなんじゃない。──怖いんだ」
僕の言葉に、ジェネウスは小首を傾げている。
本当に弟だったら、僕だってこんな対応はしたくない。
「書庫に行ってくる。レイが来たら、そう伝えて」
「承知しました」
僕は、一人で書庫に入って鍵を閉め、レイが帰ってくるのをそこで待った。




