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初顔合わせ

 翌日、僕は久しぶりに学びの間に講義を聞きに行った。

 階段を上がるのがきつかったけれど、何とか辿り着くことができた。


「おはよう」


 部屋の中に入ると、既にレイがいた。

 僕を見ると、ホッとしたように息を吐き、口元に笑みを刷く。


「おはようございます、レイ様」


 僕も挨拶を返し、レイの隣に座った。

 レイはハーブティを飲んでいて、その香りに癒される。


 やがて先生が現れて、今日は交易について学ぶ。

 巷の商人の話になったところで、僕はつい上の空になってしまった。


 勇者不要論。

 一体誰が最初に言い始めたのか。

 僕は、平和の世になった時にこそ、レイにはこの国で穏やかな日々を享受してほしいと思っている。

 異世界から魔物を討伐するために召喚した責任が、リデアス国にはある。


 それだけじゃない。

 僕は、幸せな日常を送るレイを、出来るだけ傍で見ていたかった。

 理由はわからない。

 生まれてからこの方、願いごとなんてなかったのに、今はそれが僕の一番の望みだ。


「では、今日はここまでとしよう。レイ様は、今日のおさらいをしておいてくだされ」

「はい、わかりました」



 講義終わりに、僕はレイに話がしたいと思った。

 体調はまだ思わしくないから、訓練にはいけない。

 その時間をどうしても、レイと話す時間にしたかった。

 僕が誘うと、レイは2つ返事で承諾してくれた。

 塔を下りて、いつもの中庭に行き、噴水の縁に二人で腰掛ける。


 風が少し吹いていて、僕は髪を手で押さえながらレイと向き合った。


「私は、妃選びをすることになりました」


 端的にそう伝えると、レイはじっと僕を見つめた。

 どこまでも黒い虹彩が、陽光を受けて煌めき、僕は言葉を失った。

 好きだとも愛しているとも言ってくれている相手に、こんなことを伝えなければならないなんて。レイは、どう思っているのか。


 けれども、レイの表情は変わらない。

 哀しむことも怒ることもなく、ただ僕を見つめているだけだ。


「続けて」


 レイに言われて、僕はハッとした。

 そうだ、話はこれで終わりじゃない。

 ここからが、本題と言っていい。


 僕はそこから、3人のの候補について話した。

 その中でも、最後の1人について僕は詳しく語った。


 相手が男であり、外国の第二王子であること。

 そして、何よりも、書状の入った木箱にアルサイールの魔力の痕跡を感じたことを。


「私は、この人に最初に逢うつもりでいます」

「日程は決まっているのか?」


 僕はそう問われて、レイに日時を伝えた。

 場所は、王城の中の応接間だ。

 茶会という形を取るらしく、双方ともにもう一人同席する。

 

「なら、俺が同席する」


 僕の説明を聞き終わると、レイは突然そう言い出した。

 誰を同席させるか、僕はずっと考えて来た。

 その中でも最善に思われたのが、レイだ。

 でも、レイが自分から言ってくれるとは思ってもみなかった。


「いいのですか?」

「それは俺の台詞だ。お前の初顔合わせの場に、俺が同席してもいいのか?」


 アルサイールに関係する人間が来るのなら、その場にレイがいてくれれば心強い。

 聖剣の担い手であることもそうだが、レイなら最後まで僕の味方となってくれる。

 

「もちろんです。頼もしいです。ありがとうございます」


 心から感謝の言葉を述べると、レイは頷いてから微笑んだ。


「大袈裟だな。このくらいのこと、俺にさせてくれ」


 そして、ふと真剣な眼差しで、僕を見据えた。

 がらりと表情が変わったことに驚いていると、レイは淡々と話し出した。


「エスティンがたとえ誰かと結婚することになったとしても、お前を想い続けることを許してほしい」


 その言葉を聞いた途端に、僕の胸の鼓動が速まり、痛いほどに高鳴った。

 妃選びについて話した時に表情を変えなかったは、それが理由だったのか。

 まさか、そこまで考えてくれていたなんて、僕は想像もしていなかった。


 ギルドでのこと以来、レイは僕に触れてこなかった。

 丸薬を飲ませるために口移しはしたけれど、その後はキスをすることも、手を握ることさえなかった。


 ──「愛しているんだ」


 薬を拒否した僕に、レイは言った。

 でもあれは、僕を救い出すためのあの場での方便かもしれないと思っていた。

 レイほどの人が、僕を愛するなんてあり得ない。

 たとえ一時の同情から関わってくれたとしても、僕を選ぶはずがない。

 レイには、ちゃんと抱き合えて、添い遂げられる人の方がいいはずだ。


 でも、レイはこれからも、僕を愛し続けると言う。

 僕は、どうしたらいいのだろう。

 

 妃候補の中から選べと言われても、僕は何一つ悩まなかった。

 僕は幼い頃から、国のために自分を捧げるよう教育されて来たし、自身の義務と責任を理解していた。


 けれども、今レイに言われた途端に、心の中に迷いが生じた。

 僕は、これでいいんだろうか。

 レイ以外の人間を、レイ以上に大切に思えるようになるのだろうか。

 こんなに僕を大切にしてくれる相手を、僕は何も応えずに生きるしかないのか。


 黒い双眸を見返したまま、僕は身じろぐこともできなくなった。

 今、少しでも言葉を口にすれば、感情が溢れ出してしまいそうだ。

 僕が思い詰めていることに気付いたのか、レイは微笑みを浮かべた。


「お前は俺に対して、何もする必要はない。これは俺の問題で、お前にどうこうしてほしいと思っていない」


 まるで、僕の心を見透かしたように機先を制された。


 わからない。

 どうしてそこまで、僕を想ってくれるのか。

 触ることさえできなくても、レイは僕を愛してくれるというのか。

 僕はその場では、何一つ言葉を発することができず、いつものように昼食に誘って終わった。

 食堂で食べている間、妃候補についてはどちらからも話題にしなかった。


「美味しいパンだな」

「レイ様の世界でも、パンはあったのですか?」

「もちろんだ。この世界同様、小麦を使ったパンが主だったよ」


 ということは、レイの世界でも麦畑はあるのだろう。

 王家の色である、麦の色。

 僕だけは持ち合わせることができなかった容姿だ。


 でも今は、前ほどに自分の姿を嫌悪していない。

 王族の色を持って生まれた兄姉を羨望する気持ちも、薄らいでいるような気がする。

 それらはすべて、レイのおかげだ。


 レイが美しいと思ってくれるのなら、僕はこのままでいい。

 僕は、レイが好きだと言ってくれたから、今の己の姿をようやく受け入れることができるようになった。


 僕はレイに、たくさんの愛情をかけてもらった。

 たとえレイが要らないと言っても、僕からも心からの愛情を注いでいきたいと思った。

 妃を選び、結婚しても、その想いだけは捨て去らずに生きていきたい。

 レイが僕に許可を願ったように、僕もまた密かにレイを想いたい。

 それくらいは、僕にだって許されるはずだ。




 

 それから10日。

 ついに妃候補との顔合わせの日を迎えた。


 その日は朝から生憎の雨で、城にやってきたレイを見たサイデンは、すぐさま着替えをするよう言った。


「こんなこともあろうかと、勇者様の服を用意しておいて正解でした」


 サイデンは、奥の間で侍従たちにレイの着替えを手伝わせた。

 レイは、「すぐ乾くからいい」と断っていたが、サイデンの圧に押されて最終的に着替えた。


「こんな服、俺には似合わなくて、却って浮くんじゃないか?」


 そう言って現れたレイを見て、僕は掛ける言葉を失った。

 レイが身に着けていたのは、光沢のある若草色の上着で、中には襟の高いクリーム色のシャツを合わせていた。襟元には上着と同色の糸で刺繍がされていて、それに白いジャポを結んでいる。下は一段濃い色のズボンで、いつもは隠されている腰のラインが現れているため、脚の長さが際立っていた。

 髪型も、衣装に合わせて撫でつけられ、整った顔立ちが映える。


 僕は、自分がレイに見惚れていたことに気付き、口元を押さえて「浮いていない」とだけ言った。

 もっと気の利いたことも言えたはずなのに、顔が熱くなるのを止めるだけで精いっぱいだ。

 

「お前はよく似合っているな。その髪飾り、初めて見たけれど、お前の白金の髪にぴったりだ」


 そして、ごく自然に僕の前髪に触れた。

 さらりと指先で梳かれて、もうどんな顔をして良いのかわからない。

 目を伏せて、レイを見ないようにしていると、サイデンの咳払いが聞こえた。


 僕は我に返ってレイの傍から離れ、最後に白の手袋をした。

 

「行きましょう」


 レイは腰に剣を佩き、顔を引き締めた。

 赤い絨毯の上を歩いて応接間に行き、僕たちは王子の到着を待った。

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