表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/37

大嫌い

「いや、だ……っ」


 反射的に逃げを打ち、それでも触ってくる手を僕は掴む。


「さわら、な……っ」

「触らないとまぐわえない」


 僕は初めて、まぐわうという言葉の意味に恐怖した。


「いや……っだ……離し……」

「離さない。男同士でまぐわうってことがどういうことなのか。お前にしっかり教えてやる」

「も、う……わかった、から」

「まだ、何も始まっていない」


 レイが触る度に、なぜか声が漏れ出てしまう。

 自分の声が恥ずかしくて、必死に抑えつけようとした。

 それでも敵わなくて、僕は哀願した。


「レ、イ様……おねがい、です。やめて、くださ……」

「ルカーシュ、いい子だ」


 幼名で呼んで、くすりとレイは笑う。

 どうして、こんな時に笑えるんだろう。

 僕がこんなに必死にお願いしているのに、なぜわかってもらえないんだ。


 まるで、レイが誰かに身体を乗っ取られ、別人になったような気さえする。

 あのレイが、僕の嫌がることを無理矢理するなんて思えない。

 何かの間違いだ。


 それとも、僕の言ったことは、それほどにレイを怒らせることだったんだろうか。


「気持ちいいか?」


 何を訊かれたのか、僕は一瞬目を瞠った。

 気持ちいい? こんな行為の、何が気持ちいいって言うんだ。

 

「他人に触られるのは、初めてなんだろう? もっと可愛い声を聞かせてくれ」


 可愛い声と言われて、さっと顔から血の気が引いた。

 僕に、そんな声をもっと出せと言っているのか。

 こんな状況で、レイに聞こえるのに……?

 自分ですらも触ってはいけないところに触れられながら?


 絶対に、嫌だ。

 そんなの、許されるはずがない。


 僕は必死にレイの手から逃れようとしたけれど、力でレイに勝てるはずがない。その間にも、レイは僕に触り続け、身体から力が抜けていった。指先にさえも力が入らなくなり、されるがままとなった。


「やめて、おねが……やだっ」


 ぐらりと視界が揺れて、身体が内側からわなわなと震え出す。


「おねが、……ゆるし……っは……う……っ」


 身体が熱を帯び、目の前がぼやけてくる。

 自分が泣いているのだと遅れて気付いた。

 何度もレイに懇願し、必死に逃れようとしたが、まったく止めてもらえない。


 自分でしたことはある。

 誰にも見つからないよう、いけないことだとわかっていながら。

 でも、それを人に見られるなんて、絶対に嫌だ。

 相手がレイであっても……レイだからこそ、見てほしくない。


「いや、だ……っ」


 もう、本当に我慢できない。

 レイにいやらしい僕を見られてしまう。

 僕は、どうしたら──。


「神、さま……ったすけ……」


 僕は祈り、ぎゅっと目を瞑って、奥歯を噛み締めた。

 今この状況から救い出してくれるのなら、僕は何だってする。

 誰か、お願いだから……っ。

 

 身体が小刻みに震え、胸が重くきつく締め付けられたように痛んだ。

 切なくて苦しくて、言葉にできない想いが涙となって溢れ出した。


「ふ……っう……く……」


 ぽろぽろと後から後から涙が出て、ついにはしゃくり上げた。


 僕の味方は、この世のどこにもいない。

 優しくしてくれていたレイでさえも、僕の願いを聞いてくれなかった。

 僕はきっと、誰にも必要とされず、愛されてもいない。


 僕の未来なんて結局のところ、魔王に奪われるか、神殿に幽閉されるかしかないんだ。

 それならせめて、レイには優しいままでいて欲しかった。

 顔を覆い、僕は初めて、人目も憚らずに泣いた。

 感情が溢れ出して、止めることができない。


「ルカーシュ」


 頭を撫でて来たレイの手を、僕は振り払った。


「その名で、呼ぶな……っ!」


 僕は、レイの胸を押して身を離し、脱がされていた服を着た。

 そして、寝台を下りて、レイの傍から逃げようとした。

 けれども、膝に力が入らなくて、一歩進んだところで床に倒れ込んだ。

 手を突いて身体を支え、激しく呼吸を繰り返す。


「エスティン、待て」

「うるさ、い……さわるな……っ僕に、さわらな……で」


 最初の威勢が消えていき、後半は涙声になった。

 レイは、僕の身体に腕を回して、抱き締めてこようとした。

 今更、そんなことをしたって遅い。


「レイなんて、嫌い……大嫌いっ。触らないで!」


 怒鳴りつけた声は、悲鳴のように響いた。

 僕は、溢れる涙を拭ったが、次から次へと涙が頬を伝う。

 耐え切れずに、子供みたいに声を上げて泣き、僕はしゃくりあげた。


「いやだ……こんな、の……ぼくじゃ、な……」


 もう涙を止められず、わあわあと声に出して泣いた。

 そこで、ドンドンと拳でドアをノックする音がした。

 うるさいと叱られるのかと思いきや、息せき切ったように僕の名前を呼ぶ声が続く。


「エスティン殿下!」

「エスティン様、ここを開けてください」


 レイは僕の傍から離れず、僕も戸口まで歩くことはできなかった。

 ついには、ドアを蹴破る勢いで、ハロルドとフィランがドアを開けた。


「レイっ。入るぞ!」


 靴音高くハロルドは中に入ってきて、そこで足を止めた。

 床で泣く僕と、傍に跪くレイを目にして、ハロルドは何を思ったのだろう。

 大股で部屋の奥まで歩いてきて、剣の柄に手を置いて言う。


「レイ、エスティン殿から離れろ」


 僕の方には、フィランが近付いてきて、自分の上着を脱いで肩に掛けてきた。


「立てますか、王子」


 僕は、その声にも反応できず、泣き続けていた。

 僕のことなんて、放っておいてほしい。

 自分の部屋に帰りたい。

 一人になって、泣き続けて、溶けてなくなってしまいたい。


 誰の言葉も聞かずに咽び泣いていると、レイが僕に手を差し出してくる。


「いやだ! きら、い……、だいき、ら……っ」

「レイ、よせ」


 ハロルドが割って入って止めようとしたが、レイは僕の膝裏に手を入れて軽々と抱き上げた。


「謝罪は後でする。──ひどい熱だ。婆さんを呼んできてくれ」


 僕は、レイの腕の中で暴れようとしたのだが、その頃にはもう身体に力が入らなくなっていた。

 ベッドに再び寝かされて、涙に濡れた顔をタオルで拭かれた。

 目を瞑って、ただ呼吸を繰り返す。何を言ってもダメなら、もうできることは何もなかった。


 泣き疲れて、今にも眠りに落ちようとしていた。

 けれどもそこで、頬を手でひたひたと叩かれる。


「エスティン、駄目だ。意識を手放すな」


 何を言っているのだろう。

 もう、何も僕に命じてほしくない。

 僕に、構わないで。


 胸元が熱い。

 火にくべられて灼かれているように、全身が熱く燃え滾っている。


 どんなにつらく苦しくても、どんなに助けてほしくても、誰も助けてはくれない。

 それなら、もういい。

 僕は、未練を捨てて去るだけだ。


 意識が保てたのは、そこまでだ。

 僕は、暗い穴に落ちていく心地がしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ