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レイが来ない

「今日も勇者様はいらっしゃらなかったのですね」

 

 昼食を摂りに食堂へ行くと、一人で現れた僕に対してサイデンは言う。

 僕は頷いてから、自分の席に腰掛けた。

 給仕係が僕の分の料理を手にし、テーブルに並べていく。

 僕はそれを、黙々と食べた。


 昨日と今日と、2日続けてレイは学びの間に顔を出さなかった。

 それまで欠席も遅刻もなかったため、僕は少し気になった。

 風邪でも引いたのか。それとも、講義に対する興味が失せたか。

 もしかしたら、昼食に誘われたくないのかもしれないとまで考えた。


 レイが昼食を摂らないと聞いて、それからは見かけると誘うようにした。

 雨の日は書庫に寄って、見つけたら食堂へ連れて行った。


 別に、レイと食事をしたかったわけじゃなかった。

 一人で食事をする度に、レイのことを思い出してしまうため、昼だけでも食べさせようと思い立った。

 それまで一人で食べることに疑問を持ったことは、なかったというのに。

 どうして僕は、レイの言葉に左右されてしまうのか。


 昼食に誘うことはサイデン求めようとしなかった。

 本心でどう思っているかはわからない。

 でも反対しないということは、好きにしてもいいのだろう。


 幸い食料は潤沢にあり、一人増えようがまったく問題ない。

 そうして、切れ目なくレイと昼食を過ごしてきたが、昨日から姿を見ない。


 その日の役目を終え、中庭の噴水の縁に座り、僕はレイのことを考えていた。

 ここに座って、本を読んでいたレイは、初めてミーアの剣を手にしたあの夜のレイとは別人に見える。何よりも、僕に対して優しくなった。

 どういう心境の変化なのかは知らないけれど、僕にとっては都合がいい。

 あの頃のように、ドミートスの言葉を盾に僕自身を捧げろと言われるより、よっぽどマシだ。


 レイを知っていくうちに、僕も変わったのかもしれない。

 今のレイに対して剣を抜くかと言われたら、躊躇うだろう。

 当初のように、毛嫌いするほどじゃない。

 それは、レイという人間が見えてきたからかもしれない。


 噴水を見上げて、レイのことを考えていると、こちらに向かってくる衛兵の声が聞こえた。

 一瞬身構えたが、今は部屋を抜け出しているわけじゃない。

 堂々としていればいいのだと思い直し、姿勢を正した。


「……勇者様の……あまり良くないらしい」

「やっぱり、異世界から……溜まっているんだろうか」


 途切れ途切れに聞こえてきた言葉に、僕は嫌な予感がした。

 衛兵さえも知っているのであれば、レイの話は城中に広まっているのかもしれない。

 彼らに事情を直接聞くか迷ったが、僕はサイデンにまずは聞いてみることにした、


 この時間、恐らく執務室にいるだろうと向かってみると、やはりそこにサイデンはいた。

 僕が確認しやすいように、デスクに書類を分けているところだった。

 僕を見ると胸元に手を当てて一礼し、ソファへ座るよう促した。

 だが、僕は座ることなく、単刀直入にサイデンに訊いた。


「レイ様のお話ですか。たしかにまことしやかに噂は囁かれております。どうやら、体調が芳しくないということで」


 わかっているのなら、なぜ僕に言わないのか。

 僕は、つい眉根を寄せた。


「詳しいことは、ギルドに行けばわかるかもしれません」


 サイデンは、最後にそうまとめた。

 噂は噂であり、あまりはっきりとしたことは言えないということなのだろうが。


 冒険者ギルドか。

 王都の中心街にある、冒険者に仕事を斡旋する場所だ。

 今は魔物が多くいるため、斡旋というより冒険者は引く手数多で、依頼人が頭を下げていると聞いたことがある。


 僕は、考えた末にサイデンに告げた。


「馬を用意してほしい」

「なりません、エスティン様」


 何をするつもりなのか察したサイデンは、僕が言ったと同時に止めてきた。


「そんな危険な場所に足を向けるなどと。使いを出しますから、どうぞこちらで連絡をお待ちください」


 使いを出すという方法があったか。

 うっかり失念していた。

 あまりに自分が考え無しであったことに、恥ずかしさを覚える。


 サイデンに諭されて、僕は使いの帰りを待つことにした。

 その間、落ち着かない気持ちで、執務室ではなく城の前庭で待機した。

 サイデンも僕のそばに立ち、使いの者の帰りを待つ。


 半刻ほど経った頃だろうか。

 使いの帰りを焦れて待っていると、栗毛の馬が城門を通って現れた。

 そして、城の前庭で馬を降り、息を切らして僕たちの前に跪いた。


「ご報告いたします。ギルドによると、勇者様はトメント地区のラザルという宿場にいるとのことです。先程、訪ねたところ、たしかにそちらにいらっしゃいました」

「して、ご様子はいかがか」


 サイデンは、横目で僕を見てから、使者に訊ねた。

 僕が一番知りたかったことだ。


「体調が悪いのは、本当のようです。眠っているからと、顔を見ることはできませんでした」


 起き上れないほどに悪いのか。

 それなら、今すぐにでもそのラザルに行って、治療に当たるべきだ。


「なりませんぞ」

「まだ何も言っていない」


 さすがはサイデンだ。

 僕のことをよくわかっている。

 強行突破できなくもないが、それだと今後レイとの繋がりさえ断とうとしてくるかもしれない。サイデンは僕の味方ではなく、監視役だ。父王に報告した上に、僕の自由を奪うだろう。


 僕は、サイデンから目を逸らし、城門を見た。

 既に日が暮れて、城門には明かりが灯っている。

 ミーアの輝きが空に広がり、地上を照らす。


 隣から厳しい視線を向けられて、僕は城門からサイデンへと目を向けた。


「──今日はもう遅い。明日になってもレイ様が来なければ、お見舞いに行こうと思う」

「承知いたしました。護衛と馬車を手配します」


 サイデンは、僕の言葉を受け入れた。

 もう一日、レイに我慢を強いることになる。

 本当に重病であれば、こんな悠長なことはしていられない。


 僕は、もう一度城門の外を見据えて忸怩たる思いを抱く。

 そして、サイデンに促されて寝室に向かった。

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