レイの部屋
午前中の学びの間での講義に、ほぼ毎日レイは顔を出していた。
当初、先生方は口頭で解説をするだけだったけれど、レイが自分で文字が読めるとわかってからは、課題を出すようになった。レイは反発することなく、毎回課題をこなしている。
今日も僕は講義終わりに先生に挨拶をしてから、課題を言い渡されるレイを置いて、次の訓練に向かった。
馬術や剣術、魔術といった訓練は、その日によって違う。。
ただし、大抵昼前に終わり、僕は終わると昼食を摂るようにしていた。
最近、その時間帯に中庭を通ると、噴水の縁に座って本を読むレイを見かける。ちょうど食堂への通り道になっているため、僕はレイの前を歩いて通り過ぎる。
顔を上げて声を掛けてくることもあれば、本に夢中になって僕に気付かないこともあった。
回り道をするほどでもないだろうと、毎日僕はその道を辿った。
そうして、一人黙々と外で学ぶレイに、僕はやはり違和感を覚えた。
なぜ、自室で勉強をしないのだろう。
気分転換に中庭を使っていることも考えられるが、それにしたって机に向かったほうが捗るはずだ。それとも、異世界では陽射しの下で学ぶのが一般的なんだろうか。
そういえば前に、部屋で休むように言った時に、休めるような場所ではないと言っていた気がする。
僕は通る度に気になっていた。
訊ねてみるか、無視するか。
もちろん当初は、無視するつもりでいた。
けれども、こう毎日続くとやはり気になる。
そこで僕は、ついにレイに直接訊ねることにした。
「レイ様」
今日も噴水の傍に座っていたレイに声を掛けると、ぴたりとページをめくる手を止めて顔を上げた。
「エスティンか。乗馬の帰りか?」
「……ええ。レイ様は?」
レイは、膝に紙を置いて何やら書きつけている。
でも、僕には読めない変わった文字だ。
「今日の講義の復習をしていたんだ」
「そうでしたか」
僕は頷き、不自然にならないよう気を付けながら話を振る。
「いつもこちらで学んでいるのですね」
「なんだ、エスティンは俺をいつも見ていたのか」
「……っ」
思わず言い返そうとしてしまったが、指摘は事実だ。
それに、ここで話を止めるわけにはいかない。
僕は一つ咳払いをして、動揺を押し隠す。
「レイ様のお部屋は、学びの間から遠いのですか?」
「いや、そう遠くはない。街中にある宿場までは、10分とかからない」
「──宿場、ですか」
てっきり城内に住んでいると思っていた僕は、訊き返した。
「ああ。宿場は、冒険者仲間と過ごせるのはいいんだが、一人部屋ではないから集中して勉強できないんだ」
まさか、勇者であるレイがそんな扱いを受けているとは知らなかった。
先日の前庭での立食パーティーのように、もしかして貴族ではないからと城外追いやられているのだろうか。
すると、レイは目を細め、肩を揺らした。
「ルカーシュは、本当に顔に出るよな」
幼名で呼ばれた上に、痛いところを突かれて、僕は押し黙る。
知りたかったことは聞けたのだから、これでこの場を離れたっていい。
けれども、なんとなく去りがたかった。
僕が黙ったままレイを見下ろしていると、長い足を組んだ。
「城に住むよう提案はされていたんだ。ただ、俺は気楽に過ごしたかったっていうのもある。あとは、同じ釜の飯を食う仲間の方が、命を預けるに足ると思った」
レイにそんな勇者としての信条があるとは思っていなかった。召喚された時の態度からして、嫌々役目を負い、義務を果たそうとしていると考えていた。
でも、そうではなかったのか。
レイなりに、全力で挑んでいたのだと初めて知った。
「──部屋が学ぶ環境に適さないのでしたら、書庫を使うこともできます」
「書庫? そんな場所があるのか」
僕は頷き、鍵を見せた。
「施錠はされていますが、勇者様であれば鍵をお渡しできるかと。参考にできる本も多数あります。よろしければ、私の方で用意させます」
レイは一瞬目を瞠り、次いで柔らかく微笑んだ。
人好きのする穏やかな笑みに、僕は引き込まれた。
「ありがとう、エスティン。助かるよ。ただ」
そこで言葉を止め、僕の方へと手を伸ばして頬に触れてきた。
「雨の日だけ、使わせてもらう」
「理由をお聞きしても?」
僕が問うと、指先で顎の輪郭をなぞる。
「大した理由じゃない。さすがに雨の日は、外で勉強できない。晴れの日は、ここに座っていたい。そういうことだ」
ますますわけがわからなくなって、黒い双眸を見返す。
すると、僕の顎先を捉えて、真っ直ぐに見つめてきた。
「ここを通ると、お前に会えるからな」
「……意味不明です」
通り過ぎる僕を見たくてここにいる?
まったくもって理解しがたい。
我知らず眉間に皺が寄る。
レイは喉の奥で低く笑い、次いで親指の腹で顎を撫でる。
「今日は、剣を抜かないんだな」
一瞬何を指摘されたのかわからなかったが、数秒遅れて気付く。
頬に触れるレイの手を、僕は止めなかった。
レイは僕が前に、王族に許可なく触れたら死罪と言ったことを揶揄している。
僕はそれを思い出して告げた。
「治療の際に私から触れましたから。このくらいは許します」
何度もレイの肌に触れ、唇を押し当てもした。
それを考えれば、今レイがしたことは許容の範囲内だ。
「では、私はこれで」
僕は一礼し、今度こそ食堂に向かおうとした。
「ルカーシュ」
レイに幼名で呼ばれて、僕は振り向かないでいようかと思った。
だが、それも面倒なため、仕方なく足を止めて顔を向ける。
「また、明日」
何だそれは。
足を止めさせてまで言うことか。
「ええ、明日まで安寧に」
リデアス式の挨拶を返し、僕は今度こそレイと別れた。




