前庭でのパーティー
冒険者たちが頭を下げる中、勇者であるレイもまた会釈した。
召喚された時よりはマシだが、王族に対する態度としては礼に欠く。
僕からしたら目に余るのだけれど、父王は気にした様子がない。
父王の後ろには、王妃である母と兄二人、そして姉が続く。
姉であるアリシアと顔を合わせるのは、召喚の儀の前だから二か月ぶりとなる。
毒見役を通してから酒杯を受け取ると、父王は高く掲げた。
「討伐、大儀である。無事の帰還を祝し、乾杯」
短い挨拶の後、酒杯が打ち鳴らされた。
僕も手にしていた酒杯を掲げ、飲むふりだけして下げさせた。
冒険者たちは、テーブルに用意された食事を皿に盛り付け、銘々食べ始めている。
父王たちは席に着き、訪う神官たちと話している。
僕はそこに加わらずに、パーティーの様子を遠巻きに眺めていた。
「食べないのか?」
不意に声を掛けられて振り返ると、レイが酒杯を手に立っていた。
レイの方こそ、飲むだけで食べてはいないようだ。
「どうぞ、私のことはお気になさらず、レイ様はお召し上がりください」
「吞んでもいないんだな。酒は呑めないにしても、せめて乾杯くらいは付き合ったらどうだ」
なぜ口にしなかったことがバレているのか。
一体いつから見張られていたのだろうと、僕は警戒した。
「別に監視していたわけじゃない。講義中もティーを飲んでいなかったし、あまり飲み食いしない質なのかと窺っていただけだ」
講義中のことまで言い当てられて、僕は面食らった。
そんなに観察力が高いとは、思いも寄らなかったのだ。
どういうことかと視線で問われ、僕は答えるべきか惑う。
僕が人前で飲食しないのは、過去に毒を盛られたことがあったからだ。
それ以来、一人でいる時以外は、毒味役がいないと口にする気になれない。
だが、そんなことを言われれば、レイは自分が信用されていないと気分を害するかもしれない。
レイ相手に構う必要はないとも言えるが、なるべく弱みを見せたくなかった。
「そういうレイ様は召し上がらないのですか?」
こちらから尋ね返すと、額に手をやって言い淀んでいる。
レイもまた警戒しているのだろうか。
そう思っていると、口端を上げて笑う。
「さっき前祝いだと宿場で飲まされたばかりなんだ。これ以上、酒を呑んでしまったら、酔い潰れてしまうかもしれない」
まさか、そんな理由だったとは。
荒くれ共を相手に断れなかったのだろうが、それにしたって軽率だ。
「呆れたんだろ」
「私見を述べる立場にありません」
自分もまた、理由は違えど飲めないのだから、レイのことは言えない。
そうして、料理の載せられたテーブルの脇で話していると、王太子である兄のエメリックが近付いてきた。
「いい夜だな」
微笑まれて、僕も笑い返して頷いた。
「お久しぶりです、エメリック兄様」
「そうだな。ここのところ、私の部屋には寄り付かなかったようだが」
エメリックはそこで意味ありげに言葉を切り、僕とレイを見比べる。
「勇者とは頻繁に会っていたようではないか」
頻繁にと言われて、僕は否定しかけた。
けれども、実際のところ毎朝ともに講義を聞き、ダンジョンにも赴いた。
二人きりではないにしろ、顔を合わせているのは事実だ。
否定しきれないでいると、もう一人の声が加わる。
「二人はキスし合う仲らしいからなあ」
ニヤリと笑って言うのは、第二王子であるリュシアンだ。
人の悪い笑みで、僕の答えを待っている。
「キスをし合った事実はありません。私からの口付けは、ただの治療です」
どこからキスをし合うなんて妄言が出たのかと、少し強い口調で否定した。
「堅っ苦しい言葉は使わなくていいぞ、ルカーシュ」
エメリックは、僕を幼名で呼んだ。
僕は苦笑し、「はい、兄様」と返した。
ここ数年は個人的に会って話すことは少なくなったが、王太子である長兄のエメリックはいつだって僕を気遣い、優しく語りかけてくる。
「お前の治療の仕方は、この国でも特殊だ。物珍しくはあるのだろうが」
首を傾げ、顎に指先を当ててエメリックは考え込む。
すると、隣に控えていた姉のアリシアが言う。
「あら、ルカーシュには似合うからいいじゃない。これがロランドなら絵面的に苦しいものがあるわ」
騎士団に所属する人間の中でも筋骨隆々の男の名前を挙げて、アリシアは笑う。
周囲にいた冒険者たちは、王家の人間が現れたことで、食べる手を止めて僕たちを窺っている。ハロルドとフィランはまだいいが、顔を強張らせて固まり、中には震える者すらいた。
レイはというと、会話に参加せずに、興味深そうに僕を見つめている。
動じないのは良いことだが、せめてさっきのキス云々については否定してほしかった。
「僕だからいいということはないと思いますが」
「そうかしら。ルカーシュになら委ねたいという人は多いと思うの」
僕だから治療を委ねたい?
意図がわからず、僕はアリシアに問い直そうとしたのだが、神官たちが近寄ってきたために話は頓挫した。
「麗しのアリシア王女。今宵はお招きいただき、ありがとうございました」
「ラキアンさんもお変わりない? その後、膝はいかがかしら」
兄たちも離れていき、僕は腑に落ちない気分でいた。
結局否定しきれず、誤解はとけていない。
レイとの仲を疑われるなんて、さすがに冗談だと思いたい。
「家族の前では『僕』なんだな」
突然ぽつりと、レイが言い出した。
そういえば、レイの前で「僕」というのは初めてだったかもしれない。
「俺の前でもそうしてくれ」
対して近しくもないレイ相手に、そんな呼称を使えるわけもない。
「ご命令ですか?」
「お願いだ、ルカーシュ」
僕はその呼び名に、我知らず眉根が寄った。
「それは私の幼名です」
「だが、近親者はそう呼ぶんだろ?」
お前は近親者ではないだろう。
喉まで出かけた言葉を、僕は辛うじて呑み込む。
「レイ様にその名で呼ばれる理由がありません」
きっぱりと別の角度から否定すると、お手上げとでも言いたげに空を仰ぐ。
「お前と話していると、異世界での対話は難しいと感じることが多い」
会話が成立しないのは、風習の違いというより、レイの無節操な態度のせいだ。
よっぽど言ってやろうかと思ったが、そこでレイは僕に一歩近づき、顔を寄せてきた。
思わず退こうとしたところで肩に手を置き、前髪に口付けてくる。
見上げれば、間近から微笑まれた。
「おやすみ、俺の王子」
何が俺の、だ。
たしかに召喚の儀では勇者に捧げられたが、僕は認めていない。
僕は挨拶を返さずに、その黒い双眸を見返した。
それにしても、どうして僕がパーティーを辞そうとしているのがわかったのだろう。
ちょうど父と母が帰ろうとしているところで、周りがそちらに気を取られている間に僕も城の中に戻った。
兄姉やレイとの会話を思い出して、現状が解せなくなったが、ただの悪い冗談に違いないと僕は自分を納得させた。
側仕えに軽い食事を用意させて、僕は食べ終わると寝台に横になった。
徹夜がたたったのか、目を瞑ってすぐに眠りに落ちたようだ。
夢も見ずに、一度も起きることなく、僕は翌朝までぐっすりと眠った。




