休み〜師団長シグルド視点
観劇を見て、俺は反省した。
いくら好きでもやってはいけないこともある。
俺とセシルは、同じ第7師団にいる、女性騎士のイザベルと魔法師のマルサから、ユーリとララの情報を得ていた。この2人は24歳で俺達より入団が1年後で訓練では直接教えることが多かったこともあって気安い関係だ。
イザベルとマルサは第7師団に恋人がおり、俺やセシルに興味ないところも接しやすかった。
ユーリとララはイザベル達に懐いていて、相談などもしているようだ。
今回も祝勝会でユーリ達と話せなかったから会の後で、会の最中のユーリ達の様子を聞いた。おおよそは、いつもと同じくユーリとララ2人で過ごしていたみたいで安堵する。話しかけていたユーリ達の同期には少し訓練の難易度を上げておこう。
「師団長、そう言えばユーリ達明日は2人で街に出掛けるそうですよ」
イザベルの最後の一言で明日の予定は決まった。
祝勝会から帰ってすぐ明日の予定をキャンセルし、朝から動けるよう準備をする。宿舎に向かい、秘密裏にイザベルの恋人のマイクを呼び出す。
「明日、ユーリ達の跡をつける。ユーリとララが宿舎を出る前に俺のところに知らせを寄越せ」
マイクが残念な目で俺をみる。マイクは剣の腕は良いが、身体が大きく、熊に例えられる風貌だ。羨ましいことに、あの試練は課されていない。だから、イザベルと恋人同士になれて、人前でも話したりできるのだ。
俺やセシルがどれだけ羨ましいかわかるか?このぐらいのことを頼んだってバチは当たらないはずだ。
翌日、マイクからの知らせで宿舎に向かい、セシルと合流した。
ユーリとララは宿舎を出たばかりで楽しそうに2人で歩いている。
俺とセシルは2人の前に出て直ちに外出を取りやめるように言いたかった。可愛いすぎるのだ。ブラウスにスカートがこんなに暴力的にかわいいなんて信じられない。この格好で宿舎のエントランスを通ってきたとかありえない。みた団員の記憶を消したい。
でも外出をやめさせる大義名分もない。ここに自分達がいる理由も説明できない。それ以上に楽しそうな彼女達を悲しませたくない。
苦渋の選択だがそのまま彼女達の跡をつけて、影から見守る。
雑貨屋やカフェでは、平和に過ごしていた。どちらも女性が多い店だし、彼女達も楽しそうだった。店を出てから、街歩きをしていた時、恐れていたことが起こった。男4人組みがユーリとララに声をかけたのだ。下位の貴族の令息か富裕層の平民だろう。自分達に自信があることが伺える。
そのうち、ユーリの手首が捕まえられ、ララが羽交締めにされた。それを見たセシルから凄まじい殺気が発せられた。
俺はセシルが男達を殺してしまう前に男達に魔力を乗せた声で声をかけた。男達は俺達が誰か分かり、セシルからの殺気も感じたのか、直ぐに立ち去って行った。
もうこの時点で俺達の理性は振り切れていた。好きな女が目の前で攫われそうになったのだ。本能で彼女達を自分に縛り付けたくなった。
観劇に行くと言うので、行く予定だったと嘯き、自分を陰から守っていた家の影に、ハンドサインで、劇の後に馬車を使うことを伝える。セシルも多分同様のことをしただろう。たぶん今日は俺達、彼女達を男の多い宿舎には帰せない。
劇場への道中は阻害認識の魔法をかけ、本能のまま彼女を離さず、無理矢理こじつけて手を繋いだ。
劇が始まる前に、今からみる劇が人気なこと、俺とセシルに似た俳優がダブル主役と言う話しを聞いた。
劇の内容は、俺とセシルがユーリとララにしてきたことが忠実に描かれていた。ストーキング(跡をつけて見守る)に始まり、権力を使った他の男への牽制(権力っていうか剣力っていうか)、私情を挟んだ業務(他の師団から遠征に貸し出し依頼がきても絶対受けない)等、身に覚えのあることが沢山ある。
俺達がやってることって見方を変えれば犯罪スレスレなんだなと反省した。ただ救いは劇の中のヒロインの女性が、そんなに私のことを想ってくれて嬉しいと言っていたことだ。
劇の後は本能のまま自宅に連れ帰ることにしていたけど、劇を
みて躊躇してしまった。
彼女達が帰ろうとしたところ、雨が降り出した。すぐに雨脚が強くなり、彼女達が雨で濡れてしまった。自分達も雨具もなく、上着も着ていなかったので咄嗟に対応出来なかった。
どうするか考えを巡らせて再び彼女を見たら、肌にシャツが張り付いて、柔らかそうな双丘の谷間が透けた服越しに見えて、雨に濡れた首筋から色気が匂い立つ。こんなの他の男に見せれる訳ない。本人は無自覚でそのまま宿舎に帰るって言うから、もう問答無用で自宅に連れ帰ることにする。
とりあえず、風邪を引いてはいけないので、風呂の用意をするよう申しつけ、侍女に彼女の世話を任せる。実は彼女がいつ自宅に来ても良いよう女性のものを数点購入していた。彼女に何か聞かれたら、適当に答えるよう指示しておいた。
風呂から出てルームウェアを着た彼女は真実天使だった。
俺の家に女性の下着がある説明がつかないから、下着の用意はなかった。侍女に下着はないと説明させて服が乾くまで下着をつけないよう誘導させた。恥ずかしそうに佇む彼女をみて、自分を落ち着かせる為にソファに座らせお茶を勧める。
でも、今日の様々な要因で振り切れた理性は戻らず、ソファの隣りに座りキスをしてしまう。甘く痺れるようなそれに、思わず気持ちを吐露し、抱きしめる。
彼女から、掠れた声で自分も好きだと告げられた。
もう二度と離せない。そういう気持ちで、角度を変えて何度も口づける。脳が焼き切れそうだった。
ユーリに今日は泊まるように伝え、宿舎には連絡をしておくと言った。マイクに家の影からユーリが泊まることと、イザベルにユーリが親戚の家に泊まると伝えるよう伝言した。
彼女が客間に行こうとしたので何もしないからベッドを共にしようと説得した。離せないと。ユーリは恥ずかしがりながら了承してくれて、何もしないというところを約束ですからねと何度も念押しした。
晩餐を食べて、ユーリは侍女に下着がまだ乾かないか確認していたが、私の意図を汲んで、侍女は乾いていないと伝えていた。
晩餐後、ユーリは恥ずかしそうに部屋に来た。ベッドに誘い口づける。深いキスをし、彼女を抱きしめたまま、眠るように促す。
俺は自分を褒めたい。ユーリをすぐに自分のものにしたいが、最後の最後で踏みとどまった。愛してる彼女の寝顔をみて、同じベッドで寝て何もしないなんてどんな聖人君子だ。
たぶん、あの試練がなければ彼女を自分のものにしただろう。けど、愛し合っていても誰に知れることもできず、陰でコソコソと会うしかできない。後10年は結婚することもできない。そんな不安定な関係を彼女が続けてくれるだろうか。
この国の女性の結婚適齢期は25歳くらいまでだ。ユーリが他の男と結婚なんて耐えられない。
騎士を辞職することも考えたが、すぐにその考えを打ち消す。自分が辞めること、それは自惚れではなく、大きな戦力ダウンとなる。魔獣の被害が多いこの国で公爵家の名を掲げるものが、色恋沙汰で捨ててしまうことはできない。
暗く重い気持ちが伸し掛かる。
彼女を強く抱きしめた。
ユーリの寝顔をみて、幸せな気持ちと悲しい気持ちが相反する。どうかこのまま俺のことを好きなままでいてと願ってしまう。