私は蛇神の供物として、今日死ぬ。
私は今日、神の供物となる。
私はそのために、この村の中で育てられてきた。
湖に住む蛇神は、十五になる娘を一人、十五年ごとに食される。
穢れを知らない娘を一人。
私はちょうどその十五年後のための供物として、育てられた。
奴隷商から買われ、そのためだけに私は何も知らずに育てられたのだ。
「……」
身体を清め、清楚な服を着て、私は湖の壁のない御殿に座っている。
この日の正午にて、私は命を捧げるのだ。
「……ふふっ」
これまでの生涯を振り返る。
両親からは散々に扱われ、五歳の時に売り飛ばされた。
その年のうちに私は彼らに買われ、飼われ続けた。
優しい人たちだと、そう想い、そう信じて幸せに生きて来た。
十五になるまでは恋愛は禁止と言う不思議な掟に疑問を抱きながらも、私はすくすくと成長した。
十五になるまでに、私は村の外から来た青年と恋仲になったけれど、それがバレて彼は殺された。
その時になって私は気づかされた。この村の異常性を。そして知った。
私はただの餌だと――十二の時だった。
それから私は、まるで死体の如く生活をした。
絶望だった。
何も信じられなくなり、私の大切な人が殺されて。
そして今日、私はようやく死ぬ。死ねるのだ。
この無意味な生を、ここでようやく終わらせることができるのだ。
短いようで長い三年間だった。
その時が刻一刻と近づいてくることに、恐怖はない。
今こうして座っていても、私は至って冷静だった。
死を目の前にして、むしろ気分が良かった。
ようやく彼に会える。
そう思うと、早く蛇神に食べられて死にたいとすら思う。
そして正午。
湖の岸で、私が逃げないように監視する村人たちがいる。そして一人が鐘を鳴らし、正午を知らせた。
すると湖面が膨れ上がり、せり上がって。
巨大で真っ白な身体をした蛇神が私の前に現れた。
傷一つない、無垢な身体だった。
長い舌を動かして、私を探り。
顔を近づけて舌を這わせてきた。
顔、首、胸と。
ベトベトして気持ちが悪かった。
「嗚呼、活きの良い女子だ。故に不快だ。絶望して尚何故に希望を持ち、我の目を見るか」
怒りを滲ませ、蛇神は私を見下す。
「応えよ。なぜ絶望せぬ。なぜ失望せぬ。お主は何故にそのような希望を持ち合わせているのか」
「……愛する人に、直に出逢えるから」
「……嗚呼、なるほど」
そしてニヤリと笑う蛇神。
「何がおかしいの」
「おかしいに決まっているではないか。聞いていないのか? お主は何とも不憫な奴だな。いや、敢えて言わなかったのか」
そして村の奴らに視線を向ける蛇神。
「男との繋がりによって、お主の魂に男のそれが混じってしまうからこそ、穢れの無い女子を求めているのだ」
「……何が言いたいの」
「ふふ、我は魂を食すのだ。穢れの無い魂をな」
「……た、魂?」
それを聞いて。
私は血の気が引いていくのが解った。
「解ったか? 愚か者」
ニイイイっと残忍に笑う蛇神。
私は立ち上がって走り出す。
御殿から岸まで伸びた橋を渡って、けれど村の連中が槍や刀を持って構えた。
関係ない。
あそこに飛び込んで先に死ねばそれで。
「許すと思うか?」
湖から飛び出て来た蛇神の尻尾が私の身体に巻き付いた。
口に先端を噛ませられ、舌を噛み切れないようにされた。
「そうだ。それだ」
私をのぞき込んでくる蛇神。
身体が震えた。
恐怖した。
絶望した。
「お主は愛する者に逢えないのだ。お主は我の一部となり、血肉となり、糧となる。お主はただの餌なのだ」
締め付けられ、意識が薄れていく。
「お主は我のモノだ。誰のモノでもない。我だけの」
口が大きく開かれた。
口の奥は真っ暗で、闇に包まれていた。
あそこに入れば、私は二度と日の目を見れなくなる。
私は私でなくなり、二度と彼に逢うことができなくなる。
涙が出た。
息がつまった。
影が落とされていき、目の前が暗くなっていく。
「た、たすけて……たくお、さん」
そう力なく、口にしていた。
唐突に、雷が鳴った。
雷雲が空を包み込み、湖の近くに雷が一つ落ちた。
ビクッと震える蛇神。
辺りを見渡し、顔色を変えた。
「な、なんだ……嫌な気配が……ッ!」
ピシャアアアンッと轟音が響き、蛇神の頭から雷が突き抜けて引き裂いた。
私の身体は投げ出され、湖の中へと落ちようとして。
抱き止められた。
「ま、初仕事としてはこんなもんでしょ」
聞いたことのある声だった。
力なく瞼を開けて、声の主を見る。
「ん? どっかで見たことある顔だな?」
そして覗き込んでくる彼。
雨が降り始め、まともに顔を見れなくなる。
「んー……思い出せないなあ。おい女、無事か?」
連続して雷が鳴った。
何処かで悲鳴が聞こえたが、雨音に溶けて消えてしまった。
御殿に入る彼。
その顔を見ることができた。
「たくお、さん……」
彼の顔に手を当てて、私は彼を見る。
安心と安堵が胸中に滲み、もう一度彼に逢えたことに私は感極まる。
「たくお……さん」
けれど意識を保つことが出来ずに、私は意識を手放した。
「……やっぱり思い出せないなあ」
目を覚ましたのは半年前。
それ以前の記憶はない。
天上の神から、この土地を護れと言い渡され、山奥の小さな社に住みながらこの地を見守っていた。
胸の中には穴が開いていた。
忘れてはいけない何かを忘れてしまったようなその感覚。
我は神として、豊穣の神として。
此度感じた悪しき存在を滅しようと務めを果たした。
その時に聞こえた声。
助けを求める声。
締め付けられる彼女を見て、何かが吹き飛んだ。
気づいた時には蛇を雷で撃ち殺し、彼女を腕に抱いていた。
懐かしく久しい感じだった。
腕の中で気を失った彼女。
顔にかかった髪をどかし、観察する。
「お前は、誰だ……」
ぽっかりと空いた穴を埋めるかのように、我は彼女を抱きしめていた。
「……」
そして彼女から視線を外して、しきりに振る雨空を御殿から見上げた。
「天上の神よ。初めの務めを果たしました」
そう報告して、労いの言葉を貰う。
彼女に視線を戻し、目を離せずに釘付けになる。
「……無事でよかった」
今度はしかと抱きしめた。
我は誰か、この人は誰か。
彼女が目を覚ました時、少しずつ紐解いていけばいい。
そう思った。
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【集】我が家の隣には神様が居る
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