世界滅亡の日を猫と過ごす話。
世界が滅亡するなら何をする。
なんて質問があるけれど、実際のところそんな状況になってみると、何もできないものなんだ。
けたたましいサイレンの音で目を覚まし、空を見上げてみると、巨大な隕石が空に尾ひれを残しながら飛んでいた。
AIが管理するニュースでは、刻一刻とその隕石が地上に近づいていること、もうすぐ人類含む地上生命はおそらく死滅することを、平坦な声で伝えており、その内容と声音の乖離に少しだけ可笑しくなった。
「死ぬのか、私」
呟いてみても、特に感慨はない。
特段おもしろい人生でもなかった。
16年の人生の中で、楽しいと思ったことなんて数えるくらいしかない。
勉強と仕事の毎日だった。
「ニャ」
飼い猫のアカネが私にすり寄ってきた。
そして、スネをぺろぺろとなめまわす。
これはご飯をねだっている時のしぐさだ。
「ちょっと待ってね」
猫缶を缶切りで開け、お皿に載せてやると、ものすごい勢いで食べ始めた。
「何しようかなぁ」
アカネがご飯を食べるところを眺めながら、呟いてみる。
お酒、たばこ。
飲んだことのないもの、吸ったことのないもの。
最期だし、何か面白いことをしたい。
「よし、コンビニに行こう」
コンビニなら何でもあるし、きっと大丈夫だ。
そう呟いて、ご飯を食べ終わったアカネを抱きかかえて外に出た。
外に出ると、川の向こうで大量の人間が争っているのを見つけた。
川の向こうは、中級国民区域で、私たち下級国民は立ち入ることを許されていない、華やかな街だ。
色とりどりの建材で作られた街。
あそこに住んでみたいと思ったこともあった。
そんな綺麗な街に、血しぶきが舞っているのが、ここからでも見えた。
「わ、すごいね」
「にゃ~」
どうして争っているのか、気になって見てみれば、惑星脱出ポッドの取り合いだった。
そこまでして生に執着するのは、やっぱり本能なのかな。
何台ものポッドが打ち出されていく下で、銃を使った争いがずっと続く。
死体が川の中にぼとりぼとりと落とされていく。
「生きるために人を殺す、まるで人類の歴史の焼き直しだ」
「うにゃ」
「人から争いや力を奪うことはできないんだね、結局のところ」
「にゃあ~」
戦争はダメだ、平和が一番なんて唱えていても、
結局極限状態になれば人は人を殺すし、話し合いなんて意味を成さない。
アカネを抱きかかえ、私はコンビニへと向かった。
コンビニは下級地区と中級地区の橋の中にある。
だから、普段は下級階級の私たちは入ることもできない。
「到着だ、アカネ、何か食べたいものがあったら持ってきな、開けてあげる」
私がそういって彼女の頭を撫でると、彼女はすたすたと走りだした。
「うーん、せっかくだし、いつもできないことをしたい」
タバコをぱかりと開けて、吸ってみる。
金額は36000円。一番高いやつを選んでみた。
「私の月収よりも高いよ」
マッチで先端に火をつけ、吸ってみた。
「あれ、火がついてない」
どうやら、吸いながら火をつけるらしい。
やりなおし。
「すぅうう……ごほっ、げほっ」
むせた。
喉が痛い。
まずいなこれ。
こんなものを好んで吸う人の気持ちがわからない。
「タバコはいい、お酒だ」
次は、酒の缶を開けて飲んでみる。
高そうな蒸留酒だ。
ごくり。
「おえええ、気持ち悪い」
喉が焼けるような感覚と、無理やり嗚咽させられているかのような気持ち悪い感覚。
なんだよ、中級国民はこんなものを好んで飲むの?
「次はこれ」
かしゅっ。
果物の絵が描かれている酒の瓶だ。
「ん、これは割と美味しい」
甘酸っぱい炭酸のお酒だった。
一気に飲み干す。
「にゃ」
私が次のお酒をあけようかと思っていると、アカネが何かを咥えて持ってきた。
「肉まん?」
「にゃ」
「食べていいの?」
「うにゃ」
どうやら私のために持ってきてくれたらしい。
人のこぶしくらいの大きさのふわふわの肉まんだった。
下級国民は、普段こんな上等なものは食べられない。
もっとぱさぱさに乾いたやつだ。肉も合成肉だし。
「それじゃあ、いただきます」
うまッ!
「何これ、美味しすぎる」
私はものの数秒で完食してしまった。
「にゃぁ」
「うん、美味しかったよ。ありがとう」
外に出てみると、先ほどよりも大きく隕石が見えた。
それに反するように、惑星脱出ポッドもひゅんひゅんと飛んでいく。
「暑い」
気温が90度くらいありそうな感じだ。
上着を脱いだ。
暑いというか、熱い……だな。
みるみるうちに気温があがっていく不思議な感覚。
「もう一個肉まん食べよう」
そう思い、コンビニの中に戻る。
「アカネ?」
すると、ホットスナックのショーケースの前でアカネが死んでいた。
どうやら熱にやられたらしい。
そういえば、私も意識が朦朧としてきた。
もうすぐ私も死ぬ。
最後に肉まん食べたい。
「あ、もうないじゃん」
ケースは空だった。