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紙吹雪の舞う夜に関連作品

『紙吹雪の舞う夜に』3周年企画『林間学校の一件』

作者: 暴走紅茶

プロローグ


 千羽智鶴がウキウキしながら開いたのは、『林間学校のしおり』だった。

 そこには


 林間学校日程


 1日目

 09:00 学校出発

 11:30 到着

 12:00 飯盒炊さん(カレーライス) 班ごと

 13:00 会食・後片付け

 13:30 登山 クラスごと

 16:00 下山・温泉

 18:00 夕食 班ごと

 19:00 風呂 クラスごと

 20:00 キャンプファイヤー

 22:00 就寝・??? 班ごと・バンガロー


 2日目

 07:00 起床・朝食

 08:00 体験学習 自由選択

 14:00 ワークショップ 自由選択

 16:00 キャンプ場出発

 18:30 学校到着


 と、日程表が書かれていた。

 

 1


「おーい、全員いるか~? 学級長は点呼して報告しろよ~」

 学年主任の先生が、腕時計で時間を確認しつつ、学級長に呼びかける。

 これは丁度千(せん)()()(づる)(じっ)(しょ)(りょう)()が打ち解け始めた頃、7月上旬のお話。

 学校指定の緑ジャージに身を包んだ智鶴と(どう)()()(はや)()の二人は、(けん)(りつ)(せい)(りょう)(こう)(とう)(がっ)(こう)の生徒として、一泊二日の林間学校へと向かう。遠方の領地外へ出るとなると()(じゅつ)(じゅ)(じゅつ)(かん)()(きょく)への手続きが大変であるが、県内のちょっとしたキャンプ場へ行くなら、なんという手間も無い。

「ちーちゃん、起きれてよかったね」

 智鶴の前に居た木下日向が、振り向いて話しかけてくる。

「失礼ね。人を遅刻魔みたいに言わないで」

「あ、そうだね。ごめんね。ちーちゃん、朝だけは起きれるもんね」

 フンと偉そうに胸を張る智鶴。裏に秘められた「授業中は寝てるもんね」というからかいには、気がついて居ない様子だった。

「よ~し、全員揃ったな~! じゃあ出発するぞ!」

 学年主任の先生が指示し、みながバスに乗り込んでいく。

「百目鬼~! 一緒に座ろうぜ」

 (さい)(とう)(いつき)が彼の肩に腕を回してバスに乗り込んで、いや連れ込んでいく後ろ姿が見えた。

「いい、けど、離して……くるしい……」

 顔が青ざめていく中で、腕をタップし、ギブアップを宣言していた。

「男子は元気よね~」

 ガヤガヤとうるさいバスの中、通路を挟んで隣に座った(まえ)()(しず)()が、智鶴に話しかける。

「静佳は元気ないの?」

「え~だって、ダルじゃない」

 普段遊べる機会のない智鶴にとって、今日は(こと)(さら)楽しみな日であり、だから静佳の発言の意味が分からなかった。どこが? と首を傾げる彼女に、ジトッとした目付きで静佳が詰め寄る。

「まず、ついて直ぐの(はん)(ごう)(すい)さん。シャバシャバのカレーに、焦げたご飯なんて、食べたい? それに、その後は登山よ? 強制登山を喜ぶ女子高生なんて少数派だわ」

「そ、そうなの。大変ね」

 普段の仕事や遠征の仕事で、飯盒の扱いにも山歩きにも(何なら走ってだって登頂出来る)慣れている智鶴には、ピンとこない話だった。

「智鶴ちゃんは嫌じゃ無いの? 少数派なの?」

 ここで智鶴はしまったと思った。運動部に所属していないどころか帰宅部で、昼寝三昧の学内生活も見られているなら、自分の運動神経を誇示するような事を言うのは、変な疑いを持たれてしまう原因となる。

「あーやっぱ嫌かもー。汗かきたくないー」

 何とか棒読みになり過ぎないよう気を付けて、そう主張した。

「わかる。体力に自信ないし」

 反対隣の日向も、同意の声を上げてくれたから、場が収まりそうな気配がした。

「でも、そう言えば智鶴ちゃんって、マラソンの時大して速くはなかったけど、汗かいてなかったような?」

「そんな事ないわ。真面目に走ってるもの、汗くらいかいてたわよ」

「そうだっけ……?」

 怪む様に見つめる静佳の目線をかいくぐり、智鶴は穏便に会話を続けるのだった。


 一度のサービスエリア休憩を挟み、バスは定刻通りにキャンプ場へ着いた。

 その後施設の職員へ挨拶を済ませると、各自バンガローへ荷物を置きにいき、(はん)(ごう)(すい)さんの時間になった。智鶴はここでもうっかり実力を発揮し、程よいお焦げがつきながらも、米粒が立ったご飯を完璧に作り上げ、「さ、最近キャンプに興味が……」というしどろもどろな嘘をついた。

 ただ、カレーの方はというと、同じ班の日向と静佳と智鶴が名前を覚えていない女子2人が、これでもかと料理音痴を発揮し、宣言通りシャバシャバで味の薄い液体が完成した。

 時折聞こえてくる、「指切った!」とか「あ、火が消える!」とか「下味付けたっけ……?」などという発言に不安を覚えていた智鶴の思いは、無念にも的中したわけだった。

「ちょ、ちょっと……。このジャガイモ芯があるわ」

「うう……ごめん……」

 智鶴のピカピカ光るような銀シャリに引け目を感じた班員は、うつむいて食事を摂るはめになった。それでも、なんだか楽しかった。


 *

 

「よーし、じゃあ、今から登山だ。引率してくださる方の注意事項をきちんと聞いて、安全な登山を心がけるように」

 通例である学年主任の一言から山登りが始まった。

 普段から山で修行をしている智鶴はもちろん、百目鬼も平気であったが、怪しまれない程度にはゆっくり歩いた。

「ぜぇ……はぁ……。し、しんどい……」

 適当に歩調を合わせていた智鶴だったが、流石に日向の運動不足振りには笑えなかった。いつもは綺麗に結われている三つ編みも、既にボロボロになっていた。

「大丈夫? 先生に言って休ませて貰う?」

「だ、大丈夫……何とか、ギリギリ、大丈夫……」

「ねえ、それ、大丈夫じゃないでしょ」

 運動部の静佳はそれなりに平気そうだ。二人で日向に合わせて最後尾を付いていく。

 と、そんな時だった。智鶴の目の端に(あやかし)が映り込んだ。遠目でよく見えないが、その妖は自分に向かって手を振っている様だった。百目鬼の姿を探してみたけれど、どうやら前の方に居るらしく、直ぐ声を掛けられそうな場所には姿が見えない。

「しょうがないか……」

 智鶴は小声で独りごちると、こっそり靴紐を解いた。

「ごめん。靴紐が解けちゃったみたい。直ぐに追いつくから、先に行っててもらえるかしら?」

「え、いやいや、待つよ?」

 日向が休憩のチャンスだとばかりに、智鶴と止まろうとしてくる。

「止めた方が良いわ。休憩したら最後。動けなくなるわよ」

「確かに……。じゃあ、先行ってるね」

 靴紐を結び直し、クラスの集団が遠ざかった事を確認すると、智鶴は素早く斜面を駆け上がり、妖の近くへと移動した。

「邪気は発していないようね……」

 一度遠巻きに見て、悪意を確かめる。妖が(よう)(じゅつ)を使う際、(よう)()では無く(じゃ)()を放つから、その有無を確かめるだけでも自衛になるというわけだ。

 唯雄の一件があり、全ての妖は害悪で無い事を知った智鶴は、邪気も発していないようだし、この妖に寄り添ってみようと思って近づいてく。

「何か用かしら?」

「ああ、引き留めてしまってすみません」

 そこに居たのは、(わらべ)姿(すがた)の妖だった。

「私は小豆洗といいます。川で小豆を洗うだけの妖です」

 言葉を発しているが上級でない事は、感じる妖気の圧で分かった。

「それで、何か用かしら? 時間がないから手短に頼むわ」

「話を聞いてくださるのですね。では、手短に。今この山の中にある妖の里で、意見が分裂してしまっていて。今、揉め事に発展しているのです。困ったことに大分激化していまして、おちおち小豆もを研いで居られない。そこでお願いなのですが、その(いさか)いを仲裁して頂けませんでしょうか?」

「……。話は分かったわ。さっきも言ったように、今時間がないから。そうね……」

 智鶴はポケットからスマートフォンを取り出すと、時間を確認する。

「1時間後、山頂で返事をするわ。そこに来て頂戴」

「ええ、わかりました。ありがとうございます」

 人の時間はイマイチ判りませんので、先に行って待ってますと返事をし、小豆洗がペコリと頭を下げる。

「まだ依頼を受けるなんて言ってないわ。がっかりさせてしまったらごめんなさいね」

「いえいえ。では、また後程」

 妖は闇に消え、智鶴は疾風の如く山道を駆け抜け、クラスに追いついた。

「あれ、智鶴ちゃんいつの間に?」

「え? ずっと後ろを歩いてたわよ?」

「そうだっけ……?」

 日向に不審がられたが、取り敢えず笑ってごまかした。

 何とか百目鬼と話がしたかったが、どうやって呼び出したものか分からないまま、気がつけば山頂に近づいていた。約束の時間まであと10分を切っている。

「よし、山頂だ! いったん休憩にする!」

 クラス担任の声が前の方から聞こえてきた。

「休憩……?」

 ようやく休めると分かると、日向は急に元気を取り戻し、山を駆け上っていった。

「あの子、絶対帰り道までもたないよね……」

「私もそう思うわ」

 呆れた智鶴と静佳だったが、お陰でペースアップでき、予定よりも早めに山頂へと着いた。

「え~と、百目鬼は……いたいた」

 智鶴が辺りを見回すと、水分補給しているところが目に入った。近寄り、小声で話しかける。

「どう、したの?」

「小豆洗って妖が、助けて欲しいらしいの」

「智鶴が? 妖を? そんな、ことある?」

「失礼ね。って、もう時間が余りないのよ。そろそろ返事をする時間だわ」

「そう、なの? う~ん。抜け出せるかな……?」

 妖を助けるかどうかでなく、どうやってキャンプを抜け出すかばかりを考えてしまうあたり、学生にはしがらみが多い。

「2人して腹痛なんて変よね」

「そう、だね。流石に、怪し、すぎる」

 百目鬼がリュックサックから旅のしおりを取り出して、行程表を確認する。

「就寝時間、早いから。ここで、抜け出す?」

「それしかないわよね……。もう十分怪しまれているのに、何てごまかそうかしら」

「俺も、あつらえ、向きな、言葉、探さなきゃ」

「……何はともあれ、依頼は受けることでいいのよね?」

「うん。何とか、して、あげよう」

 今まで妖は悪としか思っていなかった、智鶴の凝り固まった思想が、ようやく解れてきたのだ。百目鬼は、それなら今は背中を押そうと思った次第である。

「分かったわ。ありがとう。で、妖がどこに居るか分かる? もう時間なんだけど」

「智鶴は、気配取り、練習、すべき」

「ごめんて」

「しょうがないな……」

 百目鬼が小さく対面の木の根元を指さした。

「ありがとう。行ってくるわ」

 百目鬼から離れ、怪しまれないように迂回しつつ、ゆっくりと気配を断ち、木の根元の茂みに入っていく。

「待たせたわね」

 百目鬼の指示通り、小豆洗がそこで待っていた。

「いえいえ。それで、如何ですか?」

「ええ、依頼を受けるわ。よろしくね」

「ありがとうございます! では、早速!」

 小豆洗が智鶴のジャージを引っ張るから、抵抗して引き留めた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい。今は無理なの。夜が更けたら行くわ」

「そうですか……では、待ち合わせはどうしましょう?」

 小豆洗は不服そうに小石を蹴っている。そんな様子を見て、智鶴はごめんなさいねと一言謝ると、問いに答えた。

「時間がはっきりしないから、里へ直接向かうわ。人が近づいてきたら分かるでしょう?」

「分かりますが……そちらこそ分かるのですか?」

「一応確認しておきたいのだけど、妖の里と言うからには、妖が沢山居るのよね?」

「ええ、と言っても10体くらいですよ?」

 何を聞くのだと、訝しげな表情を向けられる。

「こっちには優秀な探査術を使える人が居るの。それだけ妖が集結しているなら、直ぐに分かると思うわ」

「なるほど。では、また夜に」

「ええ、なるべく月が一番高くなる前には行くようにするわね」

「ありがとうございます」

 小豆洗が闇に消えたと同時に、タイミング良く先生が出発の号令を掛けた。


 *


「もう無理……私の屍を、超えていって……」

 日向が死にそうな呼吸を繰り返しながら、地べたに這いつくばっている。

「大げさよ。もうすぐそこで山道は終わりよ」

「この数歩がしんどいの~~~~!」

「そんな大声上げられるなら、元気じゃないの」

 智鶴と静佳の予想通り、日向はゴール目前にして、動けなくなっていた。

「しょうがないわね。静佳、私の荷物持ってくれない?」

「良いけど……え、平気なの?」

「まあ、あと少しだし」

 智鶴は静佳にリュックサックを渡すと、日向の前にしゃがみ込んだ。

「さあ、乗って。もうすぐで温泉よ」

「ち~~~ちゃ~~~~ん。ありがと~~~~」

 感極まった日向が、涙を浮かべて喜んでいた。


 *


「おい、百目鬼。この柵越えたら、女子がいるんだぞ」

 百目鬼が男湯で露天風呂に浸かっていたら、佐藤斎がニヤニヤしながら小声で話しかけて来た。

「そんなの、だめ。犯罪、だよ」

「分かってるっつーの。真面目だなぁ。全く」

 斎はやれやれと首を振る。彼は百目鬼の肩に腕を回すと、真剣な眼差しで先を続けた

「いいか? 実際に覗こうって話じゃない。ただ、いつも教室で一緒に居る奴らが、今あの柵の向こうで風呂に入っている……そう考えただけで、こう、胸が熱くならないか?」

「ならない。変態は、さっさと、風呂、上がって」

「お前! 本当に高校生か!? 枯れすぎてねぇか!?」

 憤慨した斎は、更に近づき、耳元で囁く。

「中には、千羽さんも、居るんだぞ」

「だから? 俺、そろそろ、上がる、ね」

 智鶴と同じ家で暮らす百目鬼にとって、彼女が風呂に入っている状況など日常茶飯事であるはずなのに――

「顔が、赤いの、火照った、から」

 誰にもなく小さな声で、言い訳を口にした。


 2


 すっかり日が落ち、夜になった。

 月が(かす)むほどメラメラと激しいキャンプファイヤーを囲み、様々なレクリエーションが繰り広げられる。近年のコンプライアンス云々で手を繋ぐようなフォークダンスはないが、その場で簡単にできるようなものはあり、他にもちょっとしたゲームや有志での芸披露などが行われた。特に着火式での生徒によるファイヤーダンスは見物であった。

「もう、一日終わりだね~。いや~終わってみると登山も楽しかったね」

「よく言うわね。最後負われてたくせに」

 舌の根が乾いたのか、日向が暢気な事を言っていた。

「あ~。それは言わない約束だよ~。いや、本当にありがとうね」

「それにしても、智鶴ちゃんって力持ちだよね」

 恥ずかしい記憶を振り払おうとする日向と、感心の目を向ける静佳。面倒な勘ぐりにならぬよう、智鶴は前もって適当なごまかしをしておいた。だが、そろそろ辻褄が合わなくなりそうで、ヒヤヒヤしているのも事実である。

 それに、今の智鶴には他の()(ねん)があった。

(さて、どうやって抜け出すかよね……)

 そろそろ就寝の時間が近づいてくる頃合い。言い訳を考えては却下し、却下しては悩む。なんと言っても今日は林間学校中なのだ。決まり通りの就寝時間に眠る様な人は居ないだろう。そうなると、皆が寝静まってからでは、遅くなってしまう可能性があるのだ。

『リンゴーン』

 みんなの携帯が震えた。

 画面の表示に、智鶴は助け船が来たと心から感謝した。

 そこには、学級長からのメッセージが表示されていて、内容は、先生主催の『自由参加肝試しイベント開催』のお知らせだった。日程表の『???』はこれだったようだ。

「ねえ、どうする?」

「行ってみる?」

 班員の女子達は、怖い物みたさといった様子で、ちらちら皆の顔色を覗いながら、参加を決めかねているようだった。

「私、怖いの苦手だからやめておくわー。みんなは、私を気にせず、いってらっしゃいよー」

 智鶴は少し大きめの声でそう告げると、目線で「早く行け」と訴えかけてみた。

「そう? でも、どうしよう。確かに怖いのいやだなぁ」

「ちーちゃん残るなら、私も残ろうかなぁ」

 などと、皆が急に消極的になる。

(あ~もう、これだから最近の女子は~~~~)

 一人の意見に皆が流されそうになる空気を感じ、マズいと思った智鶴は、追い込み漁をするような心持ちで、言葉を投げていく。

「でも、折角の機会よ? 本物の肝試しなんて、そうそう出来るもんじゃないわ」

「でも~」

「担任の先生が折角やる気になってくれているのよ? 学校公認で夜遊びなんて、こんな機会じゃないと中々無い事よ」

「そうだけど……」

 本物の肝試しってなんだ? と思いつつも、もう一押しね! と智鶴は更に追い出しにかかる。

「私、ちょっと疲れちゃって、一人になりたい時間なのよ……」

「あ、そうだったの? ……なら、行ってくるね。ゆっくりしてて」

「うん。アリガトー」

 完全な嘘だった。何なら智鶴だって、遊びたかったくらいなのに。

 普段の智鶴が内向的な性格を知っているからこそ、日向もすっかり信じ込み、名前も知らないクラスの女子を先頭に、班員が全員バンガローから出て行った。

「ツイてるわ! 早速抜け出しましょう!」

 彼女は旅行鞄から巾着袋を取り出すと、ロール紙が欲しいけれど、しょうがないわねと独りごちて、バンガローから去って行った。


 *


 待ち合わせ場所に来ると、百目鬼は既にそこで待っていた。

「お待たせ」

「待ってない。大丈夫」

 大体の方向はもう捕捉してあると言う百目鬼の後について、山を登っていく。昼間の登山とは違い、木々の枝を飛び移りながら、一直線に目的へと進む。

「そっちは簡単に抜けられたの?」

 飛びながら、智鶴が問いかけた。

「うん。みんな、肝試し、って、直ぐに」

「あのいつも一緒に居る子は大丈夫だった?」

「う~ん。大丈夫、かって、聞かれる、と、ちょっと、大変だった、な」

 足下の枝を蹴ってから、話を続ける。

「行こうぜ~、って、言われた、けど、体調、悪いって、押し切った。智鶴、は?」

「私もそんなところ。お化けが怖いなんて嘘ついたわ」

「大き、過ぎる、嘘は、バレ、にくい、のかな」

「さあ? どうかしらね」

 そんな無駄口を叩きながらも、常人離れしたスピードで目的地に到着した。

 里と言っても別に家がある訳でもなく、森の中が少し開けている程度の場所に思われた。

 キョロキョロ辺りを見回すと、里の入り口らしい木と木の間に、小豆洗が立っていた。

「お待ちしておりました。ささ、こちらへ」

 妖は智鶴たちを見つけると、他の者が待っている場所へと先導していく。暫く行くと、木と茂みの影になっていたようで、山小屋がぽつぽつ見えてきた。何もない場所ではなかったようである。その小屋から声が漏れ聞こえてくる。小豆洗は声のする小屋の戸を開くと、中へ招いた。

 中に入ると土間があり、直ぐに板の間といった普通の山小屋であったが、沢山の妖がひしめき合っており、一般人が間違えて入ってきたら卒倒すること間違いなしの光景であった。

「だから、何回言われても、答えは同じだって言ってるだろ」

「そんな、頭ごなしに言わなくてもいいじゃないですか!」

 声の主は、妖立ちに囲まれた部屋の中心にいた。そこでは(きん)(こつ)(りゅう)々(りゅう)の鬼に見える妖と、(かっ)()(がた)の妖が何やら揉めている。

(ここまでは小豆洗の話通りね。さて、本題は何かしら)

「お前達、一時休戦です。第三者として人間の術師を連れてきましたよ!」

 小豆洗の声に、争いの声が途切れ、皆の視線が智鶴と百目鬼に注がれる。

「初めまして、私……」

「おい! 人を連れ込むなんて、どうかしてるのか!?」

 片方の派閥を仕切っている筋骨隆々の妖に自己紹介を遮られ、智鶴は少し、ほんの少しイラッとした。

「百目鬼、こいつら滅して帰りましょうか」

「智鶴、落ち着いて」

「仕方ないわね……」

 智鶴はここに居る妖達の名前を知識として知っていた。

 今し方話を遮ってきた憎いのは()()という名で、怒っている人に取り憑き、ツバを飛ばせる妖である。低級~中級の妖ではあるが、人と共に長きに亘り存在し続けたおかげで、言葉を獲得したらしい。

 一方、唾鬼の対面に座るのが、(どろ)(かっ)()。田んぼなど(どろ)()に生息する河童である。その特徴は、川や沼にいる河童と比べて乾きに強く、泥を掻き分ける為に水かきや筋肉がより発達していることだ。

 この両者が言い合っているのだが、まだその理由は分からない。

 人の参戦に異議を唱える唾鬼の前に、小豆洗がドカッと座ると、真剣に瞳を見つめる。

「唾鬼さんよ、ここんとこずっと、こちらの新参さん達との対話、平行線を辿っているのは気がついてます? このままじゃ(らち)があかないんですよ。確かに我ら妖の時間は無限に等しいですが、それでも日々の日常があります。そろそろ落ち着いてくれないと、おちおち小豆も洗ってられんのですよ。そこで、中立の者として別種の人間を連れてきたんですけど。その辺理解して頂けませんかねぇ」

 先程までとは打って変わった、攻めの言葉遣いをする小豆洗に、唾鬼もたじろいだ様子を示す。

「ああ、ああ、分かってるよ。でも、人間はねぇぜ。今の原因だって人間だってこと、忘れてねぇか?」

「それは――

「ちょっといいかしら?」

 小豆洗が言葉につまったところで、智鶴が口を挟んだ。

「私たちは言っても人間の子供よ? 別に何が出来る訳でもないわ。だからこそ、一旦私に話すという方法で、状況を整理してみるのはどうかしら?」

 強い(しっ)(せき)が帰ってくるのではないかと、恐る恐るのつもりではあったが、対妖となると普段より強気な智鶴である。

「あくまで決定権はこっちにあるという訳か」

「ええ」

 だが、不要な叱責は飛ばなかった。智鶴はどこか肩透かしをくらった気持ちがした。

 どうやら唾鬼は、中立の立場として積極的に決議しない旨を聞き入れ、それを害意や敵意がない(しょう)()としたのか、反発心が弱まったらしい。

「それなら、試してみてもいいのか……? 泥河童の方はどうだ?」

 唾鬼が視線を相手に向ける。

「人が加わるというのは、確かに面白くないですが、このままで状況が変わるとも思えませんし、試す価値はあると思います」

「両者同意だ。じゃあ、悪いが人間の子供。少々付き合ってもらうぞ」

「ええ、最初からそのつもりよ」

 話がまとまると、智鶴と百目鬼に座布団が勧められ、二人はそこに正座する。

「え~先ずは俺たちの現状だ。そっちの泥河童側にいる妖の殆どが、別の里から流れてきた新参者で、今俺たちはこいつらを受け入れるかどうかで揉めているという訳だ」

「ちなみに里を負われたのは、人間の森林開発で住み処がなくなったからです」

 泥河童の発言を聞いて、人間に懐疑的な理由が分かった。

「なるほど。で、なんで受け入れたくないのかしら? 普通に聞いていれば、別に居させてあげても良いんじゃないかって気がしてくるのだけれど」

 智鶴の意見に、新参サイドが「そうだそうだ」と盛り上がる。

「うるせぇ! 今は議論の時間じゃねぇだろ」

 新参サイドが盛り上がった事に腹を立て、唾鬼が声を荒らげる。

 そして、先程繰り広げられていた平行線の言い争いが、議論だったと知った智鶴は、(あき)れて力が抜けそうになった。今夜はまだ長いらしい。

「で、訳を話してくれないかしら」

「そうだったな。そりゃ、俺たちとしても受け入れてやりたい気持ちが無い訳じゃない。でもなぁ。ここも狭いし、いつ人の手が入るか分からねぇ。これ以上妖が増えたら明らかに密度が過多だ。だから無理だ、と言っている」

「でも、私たちが見た限り、ここの広さと人数的に可能ではあると思うのですがね」

 二人の話に、またもや室内が騒がしくなる。

「う~ん。どっちの意見も分かるわ。確かに平行線ね」

「だろう?」「ですよね」

 両者が自分たちに共感してくれたと思い、満足げに首肯するものだから、智鶴を取り合うような構図で、視線が火花を散らした。

「ちょっと待ちなさい。まだ話は終わってないわ。次は泥河童に質問だけど、他に宛ては無いのかしら? もっと探せば別の里もあると思うのだけど」

「我らは元々隣の山にいました。ここはお隣ということもあり、自然環境が近いのですよ。遠くに行ったらどんな環境が待っているか分からない。そこで隣山のよしみと、こうして願い出ているのです」

 そうよねと、智鶴は腕を組み、思案顔を浮かべる。

「百目鬼は? 何か質問とかしなくていいの?」

「じゃあ、遠慮、なく。里が、狭い、らしい、けど、拡張は、できないの?」

「ああ、それも話し合ったけどな、これ以上広げるのは、人との関わり的に厳しいものがある」

「そう……。俺は、一応、混じり者、だから、何となく、分かる、けど、妖でも、環境、大事」

「そうなのね。でも、広さの問題を出されると、簡単に新参派閥に肩入れする訳にもいかないわよね。それに、ここが使えなくなった時。あ、人が――とかじゃなくて、災害もあるしね。路頭に迷う仲間が増えるのは、結構痛手よね。管理しきれないというか」

「おお! 人間の娘もなかなか分かっとるな! そうだ、お前らが来ても、責任はとれん!」

「それも、こっちは勝手にさせてくれれば良いと、言ってるじゃないですか!」

 智鶴の一言を種火にして油を注ぐものだから、両者が更に盛り上がり、収拾がつかなくなり始め、また平行線の言い合いに戻っていく。彼女のイライラを感じて、百目鬼がソワソワしはじめた。

「あ~~~~~~~~~~~~~~~~! もう! うるさいわね!」

 智鶴が大きな声で怒鳴った。

「そんなに話し合いが苦手なら、じゃんけんでも、相撲でも、なんでもいいから、分かりやすい方法で決めなさいよ! 勝者が決まったら、そっちの意見に従うこと! いい!? 唾鬼は認めて住まわせる。泥河童は諦めて他を当たる!!」

 人のせいでこうなっているのに、智鶴はなんと自分勝手な物言いをしているのかと自嘲したが、それでもこの場を手っ取り早く収めるには、これしかない気もしていた。

「相撲か! いいなそれ!」

 だが、予想以上に唾鬼の食いつきが良かった。

「相撲で河童に挑むと? 受けて立ちましょう!」

 こちらはこちらで、別のプライドに火がついたのか、意気込みが良い。

「百目鬼~。なんか、話が決まっちゃったみたいよ」

「智鶴の、蒔いた、種。最後まで、ちゃんと、面倒、見なきゃ、ね」

 いつになったら戻れるのかと、智鶴ががっくり肩を落として、自分の発言を恨んだ。


 3


『お腹痛くなったから、トイレに籠もってるわ。鍵は入り口横のプランターに隠してあるから、それで入って頂戴』

 肝試しが終わる時間に合わせて、智鶴は日向にそうメッセージを飛ばした。長丁場が決まった今、日の出までに戻れれば御の字だと、満天の星を仰ぐ。

(はぁ。また言い訳考えなきゃ。次は先生用にも確りしたの考えなきゃね)

 何てことを考えている内に、着々と相撲の準備が進んでいく。

「おい、人間の娘。お前が行司をしろ」

 唾鬼から思いも寄らぬ使命を受け、智鶴が驚きの様子を示す。

「え、私? いいの?」

「ああ、元はと言えばお前が言い出したことだろ。それに、今のところお前は中立を守っている。今ここで勝敗の判定が出来るのは、お前くらいしかいねぇよ。泥河童もそれでいいな?」

「はい、認めましょう」

 両者がほぼ勝手に承諾し、智鶴は不安を感じながらも、軍配団扇代わりの葉っぱを手に、木の枝で線を引かれただけの土俵に上がる。

 最初の取り組み、保守派は(かわ)(うそ)の亜種、「若手のチカラ持ち『ぬまうそ』」対する新参派はひょろりとした見た目の、「嘘つき『()(まい)(じた)』」。相撲の細かいルールを知らない智鶴は、適当に東だの西だのと両者を紹介する。妖たちも拘泥しなかったから、恐らくここに居る全員が、人間の相撲に対して、あまり知識がないようだった。

「行くわよ! 見合って見合って~~~~はっけよい、残った!」

 この辺も勿論適当である。

 智鶴の号令で飛びだした両者。身長差で言えば、二枚舌はぬまうその二倍以上あり、優勢かと思われたが、それが(あだ)となった。ぬまうそは評判の通り力持ちであり、二枚舌の足をガシッと掴むと、そのまま上手投げの要領で地に叩きつけたのだ。

「勝負あり! 勝者ぬま~~~~うそ~~~~!」

 勝敗が喫すると、保守派からは歓声が上がり、新参派からは残念そうなどよめきが上がる。

 嘘つき二枚舌は、地に伏せながら、申し訳なそうに「勝った勝った」と連呼していた。感情とは裏腹に嘘をつき続けてしまうようだった。


 *


「準備は良いかしら?」

 第2回戦は保守派の「悪夢の番人『()()』」。対する新参派は「あなたの枕元に『(まくら)(がえ)し』」。どちらも人の眠りに関する妖だ。

 両者土俵に上がる。

 智鶴の呼び出しが暗い山の中に木霊した。

「いくわよ! 見合って見合って~~~~~はっけよい! のこった! のこった!」

 かけ声と共にぶつかり合う。押し合い()し合い。背格好が近いだけ会って、今回は1回戦よりも駆け引きの時間が長い。だが、ジリジリと枕返しが()されていく。

 焦る枕返し。3回戦なら自分が押し負けた途端、自分らの負けが確定してしまう。背後から見守る仲間達が息を吞むのが分かった。みんなの(あん)(ねい)を守るためにも、ここで力を出さなくて、いつ出すのか!

「うおおおおおおお!」

 妖の雄叫びが響いた――

 

 ある朝起きたら、枕がひっくり返っていた何てことを経験したことはないだろうか? それは枕返しの仕業である。枕返しは夜な夜な人の枕元に現れて、枕をひっくり返していく妖である。なぜそんなことをするのか、人には理解できない。だが、枕返しは枕返しとしてこの世に存在するようになってから、毎日毎日人の枕を返してきたのだ。

 返して返して返して返して……。そうして今がある。

 

――今、俺が、返すのは!!

 枕返しが四肢にグッと力を込めた。

 瞬間、夢魔の足が中に浮く。視界がぐるりと廻ると、背中から地面に打ち付けられた。

「はぁ……はぁ……」

 肩で息をする枕返しを、地から見上げる夢魔。

「俺の、負けだ……」

 大の字で横たわる夢魔もまた、上がった息を整えるべく、荒い呼吸を繰り返している。

 状況を理解した新参派から、割れんばかりの歓声が上がった。


 *


 最終戦は両派閥のリーダー対決。

 保守派リーダー「ツバ飛ばしの『唾鬼』」対「泥にひそむ相撲取り『泥河童』」である。

 本日の大一番。みな(かた)()を吞んで見守る。

「ひが~~~し~~~~~」

 智鶴の呼び出しが、静寂な森の奥まで響き渡っていった。

 両者土俵にあがり、前傾姿勢を取る。妖気が闘気となって立ち上る。

「行くわよ! 見合って見合って~~~~~はっけよい、のこった!!!」

 見合うというより睨み合ったのち、ドッと鈍い音を立てて、ぶつかり合う。

「のこった、のこった、のこったのこった!」

 行司を務める智鶴の声がけにも、責任感故の気迫があった。

 両者、力強く踏ん張る。土が(えぐ)れて、足がめり込んでいく。

 譲らない攻防が繰り広げられたが、流石は河童の名を冠する妖である。泥河童が1枚上手であった。ジリジリと唾鬼が後方へ押されていく。

 マズい! そう判断した唾鬼は、一度強く突っ張り、相手との距離を取る。対する泥河童は一瞬後ろによろめいたが、直ぐに体勢を戻すと、強く地を蹴り、唾鬼の懐に飛び込んでいった。

 一進一退の攻防は第2回戦までとは比べものにならない程続き……。

「あ、うわぁあああああ!」

 搦め手を取られた泥河童が、地に伏すまで続けられた。


 *


 勝った勝ったと喜ぶ唾鬼と保守派だったが、一向に智鶴が勝利者を宣言しないものだから、観戦者達は不審そうに首を捻る。

「おい! 人間の娘! 中立は嘘だったんか!」「新参者に肩入れしとるんか!」

 などと飛び交うヤジに一瞥もくれないから、段々辺りが静かになり、智鶴の次の言動に、衆目が集まる。

「これは難しい判定になるわ……」

 智鶴のつぶやきに、何だ、どういう訳だと、辺りがざわつく。

「唾鬼、あなた最期、泥がっぱにツバを吹きかけたわよね?」

「い~や? 記憶に無いな」

「いや、娘! よく言った! 私は目潰しをされたんです! ですが、よもやツバだったとは……」

 泥がっぱ自身、最初は何が起こったか分かっていなかった。3度目の突っ張りを受け、3度目の突進をしかける最中、目に激痛が走り、気がついたら夜空が見えていた。理解が追いつかないから、抗議も出来ない。

 新参派閥からこれ以上無いブーイングが上がる。

「いやいや証拠は? 言いがかりは困るなぁ」

 唾鬼は高圧的に、相手を小馬鹿にするように、自分の無実を言い張る。

「証拠ならあるわ。ここに居るもう一人の人間が、ずっと妖気の流れを視ていたの。これは体力と体術の勝負だったはず。なのに、なぜか唾鬼から妖気が湧き出した。おかしいと思って視ていたら、口から霧のようなものが噴射されたと証言しているのよね」

「おいおい、人間の証言だけで、反則が証明されるとでも? それはおかしいよなぁ!」

 唾鬼が振り向き、仲間達に同意を求める。「そうだそうだ!」と声が上がった。

「私も目で見たし、これは確かな反則よ!」

「いや、待て待て。100歩譲って俺が妖術を使って反則したからって、何なんだ? そもそも妖術の使用を禁じてた覚えも無いがなぁ」

「それは……」

「何だ言い返せないか?」

 勝利を確信した唾鬼は、気が緩み、ニタニタと笑いながら智鶴に代替案を呈する。

「納得いかないってんなら、そうだなぁ……もしも嬢ちゃんが俺に勝てたら、反則負けを認めてやらんでもないが?」

「私と、あんたが? 泥河童たちが許してくれるなら、乗ってもいいわよ」

「まだ目がシバシバするので、まだ戦えません。お願いできるのでしたら、雪辱を果たしていただきたい」

「そういうことならいいわ。任せなさい!」

 智鶴が胸を叩いた。


 *


「始めますよ」

 百目鬼が喋るの苦手と言ったために、小豆洗が行司をとることになった。

「ひがし~~~~~悪鬼羅刹の千羽智鶴~~~。にし~~~~唾吐きの唾鬼~~~~~」

「え、千羽って、え?」

 唾鬼があからさまに怯えた態度を示した。智鶴はそんな様子すら目に入っていないようで、悪鬼羅刹と言われたことに抗議をしていた。

「まあいいわ。始めましょう」

 智鶴が土俵入りする。

(大丈夫だ、大丈夫だ。所詮は人の子、噂なんて信じるな)

 智鶴の妖に対する見境の無い悪鬼羅刹ぶりは、有名なようだった。

「それではいきますよ。両者見合って~~~~~はっけよい、のこった」

 小豆洗の冷静な語調で、戦いの火蓋が切られた。

 体格差など感じさせないぶつかり合い。見た目は自分より小さく弱々しい智鶴が、互角に張り合ってくる状況に、唾鬼は驚きと恐怖に包まれる。

 だから、思わず先程見せたのと同じ手口で、妖術を行使してしまった。

 一度みた攻撃にまんまとハマる智鶴ではない。体を翻して避けると、反撃に出る。

「ついにやったわね! そっちがその気なら……!」

 智鶴の発する霊気に、唾鬼はゾクッと背筋が凍った。

()(そう)(じゅつ)! (かみ)()(ぶき) 紙つぶて!」

 丸められ、術で硬化された20枚の紙が、唾鬼を殴りまくる。

 保守派からはブーイングが、新参派からは「自業自得だーやっちまえー」と歓声が上がる。だが、皆も注目していたらしく、唾鬼が妖術を行使したことがバレたようで、試合中止とはならなかった。

「なんの、これしき……」

 だが、唾鬼も負けていない。紙つぶてをかいくぐると、突進してくる。

「紙吹雪! 滅さない程度の針地獄!」

 先がさほど尖っていない針地獄が放たれる。向かってくる20本の針に突進する勢いが乗り、(なまくら)とはいえども痛かったのか、唾鬼は尻餅をついてしまった。

 あっさりと片付いた戦いに、歓声は遅れてやってくる。

「何か、名前聞いて驚いてたみたいだけど、こっちは名乗ろうとしてたんだからね。自業自得よ」

 


「……という訳で、勝者は私。残念かもしれないけど、唾鬼たちは隣山の妖を受け入れなさいね」

「クソッ。お前が千羽だと知っていたら、もっと他の……」

 地面に胡座をかく唾鬼は、悔しそうに唾を吐いた。

「アンタにはアンタの考えがあって、それを突き通すためだったのは分かるわ。でも、不正は良くない。信念があるなら、自分を信じて正面から戦うべきだったわね。少なくとも私やコイツはそうしてるわ」

 コイツとは百目鬼の事であるらしく、ビシッと親指で相棒を指し示した。

「……はぁ。完敗だ」

 智鶴の言葉に反論できない唾鬼は、己の負けを認めざるを得なく、ため息をついた。

「沼河童たち、約束は約束だ。もてなすことは出来ないし、色々大変な事になった時は、自己責任でどうにかして貰うことになるだろうが、それで良ければ、ここに住んでくれ」

「ありがとうございます。半ば無理矢理のような結果になってしまいましたが、心から感謝します」

 新参派閥の面々が深く頭を下げた。

「さてと、長居してしまったわね。そろそろ帰るわ」

 事態が丸く収まっていく様子を見ていた智鶴は、満足げな表情を浮かべる。

「人間の娘。いや、千羽智鶴殿。この度は世話になった。ありがとう」

「智鶴さん。噂では妖に温情を与えない残酷な人間と聞いていましたが、所詮は噂ですね。本当にありがとうございます。人間に追われて住み処を失い、人間を恨み始めていましたが、アナタのような方を知れて良かった。無闇に、過度に、人を恨まず済みそうです」

 どちらの派閥も関係なく、智鶴たちに頭を垂れ、礼を述べた。

 まだまだ腑に落ちないことがありながらも、きっとここで仲間になっていく。今はいがみ合っている千羽智鶴と十所竜子が、これから無二の仲間になっていくように。

「ええ、もう不要な争いはしないようにね。……守れないなら次は無いわ」

 語尾が酷く冷たく残忍な声音だった為に、その里の妖たち全員が震え上がった。

 その言葉を最後に、手を振り里を後にした。

「……ようやく終わったわね」

「うん。でも……」

「でも?」

 帰り道、百目鬼が不安げな声を上げる。

「ほぼ一晩、抜け出してた、事、バレたら、どう、言い訳、しよう」

「あ」

 妖たちの仲介役を勤め上げ、満足しきっていた智鶴は、今現在学校行事中だったことなどすっかり頭から抜け落ちていた。先生にも同級生にも鉢合わせたくない。願わくばみんな寝ていて、気付かれない内にバンガローへ戻れる事が望ましいが、戻れたとして翌日のレクリエーションは、寝不足でフラフラすること必然だった。

「最悪ね」

 色々なパターンで未来を予想して、忌ま忌ましげに悪態をついた。


 エピローグ

 

 キャンプ場に着く手前で隠形を掛けた智鶴と百目鬼は、難なくバンガローの布団へと潜り込み、誰に咎められる事無く朝を迎えたのだが……。

「おい、百目鬼。お前昨夜千羽さんと抜け出してなかったか?」

「なん、のこと?」

「肝試しの後に姿が見えなかったの、お前と千羽さんだけらしいって聞いたけど~?」

 朝食の時間、食堂の席で、百目鬼が男子から好奇の目にさらされていた。

「いや、ちが……」

 同級生の圧から逃れるべく、脳みそを回転させれば回転させるほど、混乱してしどろもどろになっていく。それまでについたごまかしの嘘と整合性がとれているか、不安でならなかった。

「いやぁ。男子って下世話だね」

 遠目にそんな様子を見ていた静佳が、半眼でそう呟いた。

「千羽さん~」

 智鶴が呼ばれて振り返ると、ソワソワしたクラスの女子(例によって智鶴は名前を知らない)が立っていて、その様子を見ただけでその後に続けられる言葉が、容易に想像できた。

「百目鬼君と抜け出したって、本当?」

 下世話なのは女子も同じだと、寝不足の智鶴は、心の奥底からため息を吐き出した。


 *


 その晩のこと。いつも通り仕事に向かった智鶴と百目鬼は、竜子と合流していた。

「あ、智鶴ちゃん。こんばんは~」

「こんばんは。竜子」

「林間学校どうだった?」

「それが、大変で――

 竜子が、智鶴と百目鬼から、出先での楽しいあらましを聞いたのは、また別の話。

 

どうも! 暴走紅茶です!

最後までお読みくださりありがとうございます。

この度1月17日をもちまして、『紙吹雪の舞う夜に』は3周年を迎えました!

これも偏に、いつもお読みくださる皆様のおかげ。4周年目も(隔週ではありますが)頑張っていきますので、引き続きご支援、ご愛読のほどよろしくお願いいたします!!

では、また本編で!!

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