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第五話



「進捗は順調かな、ロバート」

「可もなく不可もなく、ですかねえ」

「それはなんとも、困ったものだね」

「ええ、本当に」

「うん……私は君に言ってるんだよ、ロバート」


 心底困ったように呟いたアルフレッド殿下を前に肩を竦めると、彼はその端正な顔立ちをなんとも気苦労の滲む表情へと歪め、溜息を落とした。


 『エルフィン伯爵家の違法薬物研究、並びに人体実験による被害の究明』だとかいう、王族直下部隊に課せられた任務は、正直に言って芳しい成果を上げられてはいなかった。

 王宮内の精鋭たちが揃いも揃って全力をかけているのに、さっぱりの状態なのである。


 これは明らかに上位の存在──つまりは『精霊』が関わっている、というのが特務機関の判断であった。

 精霊の導きによるものであれば、人の手に余るのは当然の話だ。

 ガーシアル・エルフィン伯爵は、明らかに精霊の力を借りてあらゆる薬物への叡智を手に入れている。


 それ自体は構わないことだ。精霊の導きによって人類に更なる発展がもたらされるのならば、それは素晴らしい進歩の一助でしかない。

 だが、今回はその精霊に導かれた人間が問題だった。エルフィン伯爵は数年前から、自身の開発した薬のせいで人格がどんどんおかしくなってしまっている。

 『極めて優秀なだけで元よりおかしい男である』というのが面識のある貴族たちの言らしいが、それを置いても尚、という状態なんだそうだ。


 まあ、さもありなん、と言った感じである。

 精霊は人間が大好きだけれど、別にわざわざ正しい道に導いてくれる訳ではないのだ。

 特に、気に入ってしまった人間がとんでもない奴だったりした時には大惨事である。


 これまでの歴史でもそれは明らかだ。

 なんたって、大戦が起きた時には必ず、精霊の寵愛を受けたと思しき碌でもない人間が観測されている。


 だから、今回の件も放置しておけば目も当てられないような事態に発展するのだろう。

 それを防ぎたいがために、王宮内の組織は総出で極秘裏にことに当たっている訳なのだが。


 如何せん、今の王宮機関には精霊の導きに対抗できる人材が揃ってはいない。

 二十七年前に同盟国に嫁がれた王妹のジャスミン様は当時は精霊にとても愛されていたようだし、陛下も十五年前までは導きを正しく聞けていたそうなのだけれど、今では囁きを受けていると自覚できる人間すらいない状態である。


 ────と、いうわけで、僕が駆り出されている訳だ。


『やあ、ロバート・アルメール。君が〈精霊の落とし子〉だという話は本当かな?』


 なんて、多分信じてはいないだろう笑顔と共にやってきたアルフレッド様に、別に隠す気もないので肯定を返したのが二月前。

 そこから今回の件を聞かされた僕は、手当たり次第に知り合いの精霊に呼びかける日々を送っている訳である。


 右も左も上も下も、西も東も南も北も、兎にも角にも、これまで二十年もの間エルフィン家に協力している強大な精霊に打ち勝てるほどの知り合いに、声をかけまくっている訳である。


 精霊が原因で尻尾が掴めないというのならば、更に上の存在をぶつければ良いのだ。

 幸いにして、僕にはそれを可能にできるだけの手段があった。

 まあ、色々。

 出自とか、体質的なところで。


 〈精霊の落とし子〉とは、出生時に何らかの理由で天界の記憶を持って生まれてしまった人間のことである。

 一般的には、精霊に語りかけ、働きかけることができる存在だとされているが、別に精霊を思い通りに動かせたりは一切しない。


 〈落とし子〉は精霊が見えるし居場所も分かるし話も出来るが、定義的には彼らの望む『人間』からやや外れるため、人間大好き!の精霊からすると、扱いが雑になるのだ。


 実際、現状でも呼びかけにいった上級精霊が誰一人として応えてくれないので、ちょっぴり泣きそうになっている状態だった。なんとも酷い話である。


 だがしかし、このまま放置することによってマリーが大戦に巻き込まれてしまう恐れがあるというのなら、僕だって手段は選ばないつもりだった。

 上級精霊は、通常の精霊とは違い、基本的には存在すること(・・・・・・)そのものを面倒がっている節がある。

 そんな彼らに積極的に働いてもらうからには、それ相応の対価が必要になってくるという訳だ。


「分かっているんだろう? このままでは君の大事なマリーディアさえ、この事態に巻き込まれてしまう恐れがある」

「もちろん。分かっておりますよ、殿下」

「だったらもう少し真面目に取り組んでくれると嬉しいな。僕は君の実力を買って信用したんだ」


 うーん。これでもかなり真面目に取り組んでいる方なんだが。

 僕はどうにも必死さが足りないのか、頑張っていることでも気が抜けているだの気合いが足りていないだの真剣さが足りないだと言われることがある。

 隊長になってからは表立っては言われていないが、あれだけ本気で取り組んでいる剣術でも、個人で相対しない限りは『訓練を怠けている』と思われるのだ。なんでだろうね。


 落とし子ってみんなこういう扱いを受けるものなのだろうか。他の落とし子に会ったことが無いので今ひとつ分からない。

 ただ、殿下にそれを言ったところで結果が出せていないのだから意味はない。なので、代わりに笑みを浮かべておいた。


「まあ、このままだと殿下の大事なアマリリス様に不義理を疑われてしまいますものね」


 軽い調子で呟いた僕に、殿下は普段と同じ笑みを浮かべてから、誤魔化しきれない徒労を含めて溜息を落とした。

 リエナ・エルフィンは、自身の意思でもってわざと高位の貴族令息と関わっている。特務機関の調査員は、初めはそこにエルフィン伯爵の思惑があるのでは、と思っていたのだ。


「リエナ・エルフィンは伯爵家の研究については何も知らされていないようだからね。探ったところでただの徒労だったよ」

「みたいですね」


 他の令息たちはともかく、王太子である殿下は、これを好機と見てしばらく彼女の懐に入り込み、精霊の隙を突けないかと探りを入れていた訳だ。

 噂を見るにあまり良い手段とは思えないが、殿下としては、もはや手段を選んでは居られないのだろう。精霊の導きを相手にしなければならないのだから。



 エルフィン家への調査では、違法薬物に関する具体的な証拠こそ一つも出なかった。

 だが、伯爵家の実態は比較的早い段階で判明している。


 リエナ・エルフィンは、父であるエルフィン伯爵から教育虐待を受けている。幼少期から今に至るまで、彼女はほとんど幽閉に近い状態で過ごしていた。

 エルフィン伯爵夫人は何年も前に病死しているが、これも薬物実験によるものと推察されている。


 男として、魔導師として優秀だからと言って、それが親として優秀かどうかは別だ。

 どうにも我が国の高位貴族の男達は、能力は高いのに碌でもないのが多いようだった。

 マリーの父親にしてもそうだし、リエナ嬢の父親にしてもそうだ。


「彼女は成績も優秀で、薬師としての才能も申し分ない。エルフェン家の問題を秘密裏に処理した後には、彼女に当主となり事業を引き継いで貰わなければなるまい。懇意にしておいて損はない筈だよ、全てが問題なく片付けばね」

「現状問題ばっかみたいですけど」

「だから君を登用したのだけれど……僕の判断は誤りだったかな、ロバート」


 アルフレッド様は疲れの滲む顔で、本当に困ったように笑った。

 今回の件は元々は王家の特務機関が引き受けていた。通常の事態であれば、まだ学園も卒業していないような僕らの耳に入る前に、専門の部隊が無事に解決しただろう。


 今回の件が殿下にまで回ってきてしまったのは、それこそ精霊の導きによるものとしか思えない。我が国は周辺国とも比較的良好な関係でここ二十年特に大きな問題は起きていない。

 けれども、近頃の陛下はこの件を殿下に任せなければならない程にお忙しい。問題の芽となるような小さな引っ掛かりがあちこちに生まれているせいだ。


 殿下は『無理でした』と言って投げ出す訳にはいかない立場にいる。

 それは第一王子だから、というのもあるが、何より彼自身が王太子に相応しい人間である、と証明しなければならないからだ。


 アルフレッド様は基本的に権力にも血筋にも興味を持たない方だ。加えて言えば、第二王子のギルバート様の方が相応しい、などとまで影では囁かれている。

 本人もきっと分かっているだろうに、あまり王族には向いていない彼が、何故僕のようなものまで頼って事態の解決を目指すのかといえば、答えは一つ。


 アマリリス・クロスタレーをこの国に引き止めるには、王太子という身分が必須だからである。

 大陸の剣術大会にて、クロスタレー伯爵令嬢は類まれな剣技と、その美貌を全土に知らしめた。隣国やら南国やら北国やら、強く美しい令嬢を求める王子にとって彼女は喉から手が出るほど欲しい存在だった。


 誰が好いた女性をわざわざ別の男に、それも、『自分の身を守れること』を前提として妻を欲するような危険な場所に送りたいと思うものか。

 殿下の行動理念にはいつだってアマリリス様がいる。そして、陛下もそれは見抜いているだろう。好いた女の為に行動を起こすことそのものは、まあ、やる気になるのならそれで構わないが、一国の王となる人間に相応しい振る舞いを見せるには、実力を示さねばならない。


 殿下は本当に、ありとあらゆる手を使ってエルフィン家の事態へと迫ろうとした。その手段の全てがただの徒労と化したところで、僕という存在を藁をも掴む思いで引き入れたのだ。

 王子というのは大変なものである。


「とりあえず会った中で交渉に乗ってくれそうな上級精霊にもう一度話を持ちかけてみますよ」

「頼んだよ」

「ちなみに、これって僕が死んだらアルメールとローヴァデイン家に補償金とか出ます?」

「…………保証するよ。アルフレッド・レラディナールの名においてね」

「マリーに素敵な旦那さんも用意できたりします?」


 割と本気でお願いしたのだが、殿下は眉を下げて曖昧に微笑むだけだった。


「……君の大事なマリーディアを悲しませるような真似はするべきじゃない、と思うけどな」

「大丈夫ですよ。上級精霊に持ちかけた取引が失敗した時は大抵、存在ごと消えるので」


 存在の消失は死ではない。誰も僕を覚えてはいないし、世界は僕を失った場所を補完してまわっていく。

 上級精霊と取引をする、というのはそういうことだ。断っておくと、別に彼らが命を求める訳ではない。

 超常のものが生身の人間に『何か』を与えようとすると、最悪の場合与えられた側が耐えられなくてそうなるだけの話だ。存在としての強度の問題である。

 上位の存在に此方から手助けを持ちかけて、何のリスクもなく利益が得られたりはしないのだ。

 まあ、失敗した時に悲しまれないで済むのは逆に有難いかもしれない。


「おっと、殿下。そんな顔しないでください。多分大丈夫なので」

「……すまないね、君に頼るしかないんだ」

「まあ、しょうがないでしょう。二十年も精霊と仲良くやってるような人が相手ですからね」


 正攻法でなんとかなるのなら、とっくに陛下や宰相がなんとかしている。どうにもならないから、僕のような男のところまで話が回ってきたのだ。


 エルフィン伯爵家は貴族社会を代表する魔法薬師の家柄である。秘密裏に、出来れば都合のいい形で収めるのが理想だ。

 人体実験や違法薬物と言った不祥事を表沙汰にすれば、流通する正規の魔法薬そのものへの信頼すら揺るぎかねない。

 正当な魔法薬にも忌避感情が生まれ、本来は薬で治る筈のものまで治療院に駆け込まれるようなことになれば、治癒術師は次々に過労で倒れていくことだろう。


 リエナ・エルフィンは実父への憎悪から既に高位の令息と不必要に絡みんで学園で悪目立ちをし、そこに王太子が絡むことで怪しさが増している。

 そろそろ解決して、身内にだけは真相を話しでもしないと不味いことになってしまうだろう。


 いっそ、ただの憎悪であった方がまだ楽だったかもしれない。己を虐げる父をただ恨んでいるのなら、きっと彼女はエルフィン伯爵を陥れる為に此方に協力してくれただろう。

 だが殿下が言葉を交わして来た上で分かったのは、彼女の父親に対する感情はもはや捩れ過ぎていてまともな解決を望めそうにない、ということだった。


 まあ、だからやっぱり、ここは僕が頑張るしかなさそうである。精霊さえなんとかすれば、あとはきっと王家の機関が上手いことやってくれるんだろう。


「それに、将来の国王陛下に恩を売っておくととっても便利そうなので」


 安心させる為に冗談混じりで微笑んでおいたが、陛下から返ってきたのは何故か溜息だった。



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