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第二話




 さて。そういうわけで月日は流れ、僕とマリーは婚約者として二年の時を共にした。


 十五歳になった僕らは王立魔法学園へと入学し、マリーディアは立派に入学生代表としての挨拶まで務めた。壇上に立つ彼女の磨き上げられた美貌に、式の間は何度か他の生徒からため息が落とされたほどである。

 美しい上に聡明だなんて、全く、剣を振るうことしか能のない僕には勿体無いほどの婚約者様だ。


 あのあと本当に僕と婚約を結ぶことができたマリーディアは、王太子の婚約者にならずに済んだことに安心したのか、その後はのびのびと勉強に励み、きつく詰め込む様にして教育を施されていた時よりもむしろ成績が伸びた。やっぱり気持ちの余裕って大事だよね。

 上手い気の抜き方も覚えたようで、穏やかで優しく、それでいて凛とした佇まいでみんなに接するマリーディアは令嬢たちの憧れの的なんだそうだ。


 そしてそんな麗しの公爵令嬢の婚約者である僕はといえば、『騎士団と魔導師団の仲を取り持つためだけに政略で結ばれた、ちょっとばかし剣ができるだけの冴えない男』として名を馳せている。

 更に言えば、『しょっちゅう家を抜け出して遊び呆けている放蕩息子』との評判も携えている。


 実際に僕は剣ができるだけの冴えない男だし、なんなら休日は家を抜け出して魔物討伐にばかり行っているので、何一つ間違ってはいないし特に否定するつもりはない。

 今の時点でも、両組織の関係はかなり良好なものへと変わっているし。これも偏に、マリーディアの尽力のおかげだ。


 魔道師団長の娘として産まれたからには父の役に立つことをしたい、と周囲に告げ、言葉だけではなく献身的な態度でその思いを示したマリーディアは、騎士団の仕事の過酷さや魔導師団の研究の苦労をそれとなく伝え合いお互いの組織への印象を変え、更には政略で結ばれた婚約者である僕を『とても愛している』と公言し健気に振る舞うことで紳士淑女の心も掴んでみせた。

 まさしく完璧な御令嬢である。


 近頃ではローヴァデイン公爵も、流石は自分の娘だ、と認める素振りすら見せているのだとか。

 気づくのが五年は遅くないか?と思ったが、マリーが素直に喜んでいるので一緒に祝っておいた。


 まあ、とにかく、僕とマリーは両組織の融和の象徴でありつつも、少し不釣り合いよね、という印象で受け止められているのだった。ちょっぴり切ない話だ。


「それはそうでしょうとも。何せ隊長は、騎士団の中でしか実力を見せないではありませんか」

「しょうがないじゃん、十三歳の子供に王立騎士団員が揃いも揃って負けただなんて、国の威信に関わるんだから。今更言ってもなんか嘘くさいし」

「ですから二年前に隊長が素晴らしい神童だと売り出せばよかったのですよ」

「売り出したとして、神童に見える? 金と権力で噂を買ったと思われない?」

「……それはその…………、……えー……私に意見はありません」

「ほらね」


 途端に作戦行動中と同じ態度になった部下へ苦笑を向ければ、彼は目を逸らしつつ曖昧な笑みを浮かべてみせた。

 第一部隊の副隊長である彼は四十路に近く僕より大分年上だが、温和な上に周囲を冷静に見る目を持つ気のいい人で、大人としても尊敬の出来る男だ。平民上がりでありながら第一部隊の副隊長にまでなっている時点で、実力も指折りである。


 こうして休日に訓練場での自主訓練にも付き合ってくれるあたり、かなり人が良い。

 貴重な休日を潰して本当に大丈夫なのかを本人に聞いたところ『休日に家にいるな隊舎に戻れと怒られるんです……娘に……』と悲しい顔をするので、あんまり休日の予定は聞かないでいる。どうやら難しい年頃らしい。

 まあ、付き合いが長くなった今となっては、家族との予定が入っている時はウキウキしているのが分かるので聞かなくても把握できるのだが。


「ていうか、考えてみたら僕が名を売るのってあんまり得策じゃないんだよな」

「何故です? いずれは団長になる身なのですから、今の内に実力を示しておくのが最善ではありませんか」

「普通ならそれで良いんだけどさ。マリーが自由になりづらくなっちゃうじゃん」

「…………と言いますと?」


 訝しげに眉を顰めるような会話の最中でも彼の剣筋が乱れることはない。

 弛まぬ訓練の末に身に付いた、非の打ちどころの無い剣技だ。


「いやほら、マリーが本当に好きな人と心を通わせたい時に僕があんまり立派な団長として有名だと困るかなと思って。今くらいの扱いの方が、もし周りに知られたとしても『あの夫なら仕方ないよね』と言いやすいというか」

「…………………………」

「グスティン? どうかした?」

「…………今のは聞かなかったことに致します」

「あー、ごめん。違う。せっかく良好になった騎士団と魔導師団の間に亀裂を生じさせるとか、そういうつもりの話ではなくてさ。あとマリーが不貞を働くとかそういう話でもなくて。いや、なんて言えばいい? えーとね」

「聞かなかったことに致します」

「……はい」


 うっかりの失言だった。とんでもない失態だった。グスティンは部下の中でも一番付き合いが深いし、何より頼りになる大人なものだから、つい気が緩んでしなくてもいいところの話までしてしまうのだ。


 こういうところが組織には全く向いていないと思うのだが、自分で決めた以上は腹を括るしかあるまい。マリーは今の所は順調で安心している様子だが、それでもいまだに『平民出身の特待生』とやらを警戒する気持ちは消えていない。

 予想とは違い今年の入学生の中にはそんな存在はいなかったようだけれど、卒業まで油断はできないと考えているようだ。


 時折不安そうにしているのを見るし、「もしもそんなにも魅力的な女性が現れて、ロバートが狙われてしまったらどうしようかしら」なんて心配している時もある。

 残念ながら僕は何一つ見目が麗しくはないので、心配するだけ無駄だと思っているのだが、マリーディアは今の平穏な生活が壊れてしまうのが恐ろしいようで、起こりもしない未来を思っては気を落としているような場面が度々あった。


 とにかく、彼女が完全に安心して、精神が安定して断罪の心配がなくなるまでは側で支えるつもりだ。

 こういう方法をとった以上、もしかしたらそれは一生になるかもしれない訳で、だからこそ僕は組織というやつに馴染む努力をしなければならない。

 全然、これっぽっちも向いていない訳だけれど。まあ、仕方がない。何せ僕はマリーが好きだからね。好きな子を守るためなら、ちょっとぐらい頑張る気概はあった。


 ところで、マリーは僕が『好きだよ』と伝えてもちっとも信じてはくれない。

 表面上良好な婚約者としての関係を築いて、周囲にもそう認識してもらえれば良いだけなので、別に信じてもらう必要はないのだけれど、それでも此処まで信じてもらえないと不思議な気持ちになってくる。


 だって、マリーから聞いてくるのに。

 「ロバートは、少しは私のこと好きになってくれたかしら」なんて、断罪とやらを心配して尋ねてきては、「もちろん、大好きだよ」と告げる僕にちょっと困った顔をしている。


 割と大真面目に伝えているんだけれど、そんなに嘘っぽく聞こえる? 顔のせいかな。顔が不真面目に見えるのかな? だとしたら結構悲しい。

 肯定されたら悲しすぎるので、僕はいまだにその辺りはちゃんと確認できないでいる。


「隊長、差し出がましいことを申し上げますが、婚約者にはきちんと思いを伝えたほうがよろしいですよ。思っているだけでは伝わらないのです」

「……いや、結構伝えてるんだけどな?」


 首を傾げながら呟いた僕に、グスティンはあんまり信じていない顔で「そうですか」と適当な相槌を打った。






「ねえマリー、僕って言葉が足りないかな?」

「急にどうしたの? ロバートの言葉が足りないのは今に始まったことじゃないけれど」

「えっ? そ、そう? 自分では結構お喋りだと思ってるのに……」


 僕とマリーは、婚約者であるからには当然、月に何度かは会う時間を作っている。

 学園に入学した後は授業で顔を合わせる機会も増えるかと思ったのだが、一般教養科目と合同科目を除けば剣術科と魔術科はあまり授業が被らないので案外顔を見る日は少ない。

 こういう分離も騎士と魔導師の間の溝を深める要因になっているのでは、と教育課程の見直しも計画されているらしいのだけれど、まだまだ先の話になるだろう。


 ちなみに、僕とマリーは基本的に婚約者として仲睦まじくしていること自体がある程度良い効果をもたらすので、なるべく人目につくところでいい感じの逢瀬をするように、と命じられている。


 よって今日も、海岸沿いで開かれる華やかな祭りを見に出掛けていた。日傘を差したマリーと一緒に、色とりどりに輝く砂浜を見ながらよく冷えた氷菓子を齧る。

 普段は深海にいる妖精が地上に遊びにくる日だと伝えられているレアンの朔日は、砂に混じる魔石の欠片が聖なる魔力に反応して煌めくのだそうだ。

 夜には月光を反射してもっと美しく煌めくそうだけれど、流石に正式に夫婦となっていない女性を夜に野外に連れ回すのはあまり褒められたことではないので、見るとしたら卒業後になるだろう。


「もちろん、いつも話しやすくて心地いいわ。でも、ロバートって一番大事なことはいつも胸に秘めている気がするの」

「なるほど。僕って案外神秘的な男だったんだね。そこが魅力ってことかな」

「…………………………」

「ごめん、冗談」


 日傘を傾けて僕を見遣ったマリーの視線に耐えきれず、両手を降参の形に上げる。

 そこまで冷えてはいなかったけれど、しっかり呆れてはいる様子だった。


「ねえ、ロバート」

「なんだい。何でも買うよ」

「何もねだってないわ。聞きたいことがあるの」

「何でも答えるし、何でも買うよ」

「ロバートはどうして私を助けてくれたの?」


 僕の精一杯の甲斐性は、どうやらそのまま聞き流されてしまったようだった。まあ、氷菓子なんて食べすぎても身体に良くないからね。

 こちらを真っ直ぐに見つめるマリーの瞳は、どこか不安を抱いて揺れていた。一体何をそこまで不安になることがあるのだろう。


「君が好きだからだよ」

「…………本当に?」

「嘘ついてどうするのさ」

「…………ごめんなさい、人目があるところで聞くことじゃなかったわ」


 本当に、心の底から本心として口にしたのだけれど、やっぱりマリーは信じてはくれないようだった。多分、誰かに聞かれたら不味いから当たり障りのない答えを返したと思われている。

 どうしてなんだろうなあ。こんなに好きなのだけれど。いつも上手く伝わらない。表現方法が問題なのだろうか。


「マリーってもしかして理想の愛情表現みたいなのがある人?」

「理想の? いえ、特にはないけれど……」

「本当? 花束を持って傅いてほしいとか、壁際に追い詰めて上から囁いてほしいとか、そういうのない人?」

「花束はもらっても意外と邪魔だし、そんな乱暴なことをしてくる人は嫌だわ」

「じゃあどんな愛情表現だと嬉しい?」


 さっぱり思い浮かばないので素直に聞くことにした僕に、マリーは少し困ったように首を傾げた後、そっと自分の掌を見下ろした。

 日傘を持っていない方の手にあった氷菓子は、食べ終えて片付けてある。

 白い指先をハンカチで丁寧に拭ったマリーは、そっとその手を僕へと差し出した。


「…………それなら、そうね、手を握ってくれると……嬉しいかしら」

「なるほど。じゃあ一旦、その傘僕が持っていい?」

「いい、けど」


 隣り合った僕らが手を繋ごうとすると、僕はマリーの日傘に割り込む形になってしまう。

 身長差を考えると僕が差した方がいいんじゃないかな、と思って手を差し出せば、マリーは戸惑いまじりに、少しだけ頬を染めて僕に傘を預けた。


 空いている手を軽く握って、傘を持って寄り添って歩く。普段は凛と前を見据えて姿勢良く歩くマリーは、何故か乗合場に向かうまでずっと俯いていた。

 それでも距離を取られたりはしていないから、きっと嫌がられてはいない。


「ねえ、ロバート。貴方はとても素敵な人だわ。こんなこと、私が言うまでもなく分かっていることでしょうけれど」

「そうかな。僕のことをそんな風に誉めるのなんてマリーくらいだよ」

「それは貴方が本当の自分を隠しているからよ。みんな本当のロバートを知ったら心惹かれる筈だわ」

「マリーって面白いこと言うね」


 本当の僕、とやらがどんなものかはよく分からないけれど、そんなものマリーだけが知っていればいいのだから、マリー以外が知る機会は一生ないのに。

 なんだか面白くなって笑い出した僕に、マリーはほんの少し沈黙した後、何かを堪えるように小さく笑った。



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