辺境の星のファイロー、六歳で忍びの寺小屋に入る
とてつもなく長かった。六歳で任務を与えられ、砂だらけの辺境の星からこの地球に送り込まれて早二十二年。いまや気持ちも行動もすっかり忍びだ。
◇◆◇◆
私が送り込まれる前、乾いた星であったことは、こういうことだった。
その日、いつものようにマスクとゴーグルと布頭巾を被り、私は砂だらけの地面を走り回って友達と遊んでいた。遠くで博士が叫んでいた。
「おおーい、ファイロー!戻ってこーい!」
私はしぶしぶ、年老いて白髪だらけで太った博士の元に走って戻った。
博士は汗をびっしょりかいていた記憶がある。
「ファイロー!ついに見つけた!」
「何をですか?」
「歴史の分岐点じゃよ!!」
はあ、出たと内心思ったことを、私は覚えている。
博士はいつも研究をしていて、なぜ私たちが我らの故郷、地球を終われるハメになったのかについて研究を重ねていた。昼夜研究を続けて早五十年らしかった。博士は、これまでも時々、こう叫んだことがあった。
「ファイロー!ついに見つけた!」
そう、この時の『ついに見つけた』発言は、博士としては四回目ぐらいだった。私の記憶がある限りで四回目。毎回大興奮の博士と対面することになり、めちゃくちゃな熱量で分岐点について博士が語るのを聞かされるのだ。
「よかったですね。」
私は一応話を合わせた。
博士は私の親代わりだ。私の記憶では、博士が面倒見てくれるから、私の親は他の惑星を探す旅を続けられていたはずだ。
「今度は本当だ!ここを変えれば、絶対に地球を終わらせることはない!」
よく分からなかったが、私は黙って「はい」と小さくうなずいた。
「この分岐点を変えるには、お前の力が必要だ。」
「はい」
「だから、お前は昔の地球にワープして、忍びとして育ち、分岐点の瞬間は今と違う結果になるように歴史を変えるのじゃ。」
「はい」
私はよく分からなかったが、ひとまずこくりとうなずいた。
意味がわからないが、いつも博士の話は意味が分からなく、この時の話もそうなのだった。
「でな?帝のお妃候補になる沙織と、同じ寺小屋に入れ。」
博士は鼻の頭に油汗をかきながら、私にそう言った。
「はい」
お妃候補って誰だろう。沙織って誰だろう。
まず、帝って誰のこと?
私はさっぱり意味が分からなかった。
「今からわしが話すことをよーく聞け。」
「はい」
「昔の地球は、わしらが追われた地球ではない。そりゃあ豊かな地球じゃ。」
「はい」
それは知っていた。
「忍びが支配者だ。」
「はい」
それも知っていた。
「わしらはちょっこし魔術が使えるが、忍びは使えん。代わりに忍術というものが使えて空が飛べる。」
「はい」
それも知っていた。
「お前は、忍びに混ざって育ち、寺小屋で忍術をならい、魔術を封印して、確実に忍術をマスターするのだ。」
「はい」
全く意味が分からなかった。
この日の次の日、私は六歳で、過去の数億年前の地球にワープさせられた。目的は、博士の算出した歴史の分岐点に、最も自然な形で力を加えて結果を変えるためだ。
地球の破滅を救うためだと言い聞かされた。
あれよあれよという間に、とある忍びの男の子として生きることになっていた。亡くなった忍びの子の身代わりだった。この辺りは、辺境の星の博士が使った魔術でクリアした。
博士は、私を寺小屋まで連れて行くと、沙織という女の子の忍びの家を教えてくれた。沙織はまだ一歳だった。
『承継門前の術』が彼女は使えると博士はささやいて、私を置いて、名残惜しそうな様子で辺境の星に戻って行った。
博士に歴史の分岐点は忍歴2020年と言われた。私が忍びとして寺小屋に通い始めてから、二年後に帝の祖父がなくなって今の帝の父親の時代が始まった。
途中、帝の父親は亡くなった。代わりに幼い帝が忍歴の帝の座に、十歳でついた。
「もっとも自然な形で歴史を変えられる唯一の分岐点だ。」
私は何度も何度もそう言い聞かされて、博士に言われた通りに任務の時が来るのをひたすら待った。
奉行所で間宮沙織に再会したが、彼女は私のことを覚えていなかった。それは何手目かの、決まった打ち手だった。
私は沙織と同じ寺小屋に通ったのだが、沙織は私のことを覚えていなかった。沙織は私の五つ下だ。私が寺小屋に通い始めて四年経過した十歳の時に、沙織は同じ寺小屋に入ってきた。だから、私自身は沙織のことを覚えていた。
魔術ではなく、忍術を使い続けて早二十二年。私は両方使える忍びになった。