その兄妹はエルフ?
僕たちは息を切らしながら走っていた。
妹であるフローリンの手を必死に引っ張る。
後ろから聞こえる獣の息遣い。
その音から逃げるために、僕たちは森を駆けていた。
「おっ! おにっ! おにぃちゃん!」
息も絶え絶えな妹の声が聞こえた。
だが、ここで止まるわけにはいかなかった。
奴の視界から逃れるように、木の間を通る。
だが、その先は木の間隔が広い開けた場所だった。
そのことにしまったと顔を歪める。
ここでは奴の視線を遮る木が少なく、僕たちの姿は丸見えだ。
「グルルゥ」
唸り声が聞こえて、慌てて振り返る。
奴が追いついてきた!
そこには真っ赤な毛をした獣が牙をむき出しにして、先ほど僕らが通った木の隙間からこちらを見ていた。
その視線を感じて、僕は震え上がる。
妹だけは何としても助けなきゃと思い。
ぎゅっとその小さな身体を抱きしめる。
そしてその獣を睨みつける。
「何でフランマウルフがこんなところにっ!」
そう叫んだ。
そいつはフランマウルフという狼であった。
フランマという名を冠する通り、火操作魔術が得意な為、火を吐くことができる凶暴な狼である。
草原で群れでいるはずの狼で、森に入る事は殆ど無いはずであった。
一匹だけはぐれて、腹を空かせていたのか、そいつは僕らを見つけると、執拗に追いかけてきた。
「おにぃちゃん……」
「大丈夫だっ! お兄ちゃんが守るから!」
不安そうに呟くフローリンに、そう言って強く抱きしめる。
奴はゆっくりと木の隙間から出てきた。
そして余裕そうに、僕たちの周りをぐるぐると回り始めた。
僕たちの恐怖する様子を楽しんでるのか、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「うぅ……」
恐怖に涙を流す妹を見て、こんな事なら一人で食料を探しに来るべきだったと後悔した。
僕たちが居た村は決して裕福な村では無かった。
だが皆、助け合いながら生きていた。
村人同士の仲も良く、大人たちが畑の野菜を収穫したり、狩が成功した日には、皆で祭をしたりもする。
子供達も皆それを手伝っていた。
そして村からもそんなに遠くない場所に、アププの実が成る木の群生がある。
村の子供達も良くそこに行き、おやつとしてアププの実を取りに行く。
その日も偶々、僕と妹はアププの実を取りに村の外へと出ただけであった。
アププの実を取り、妹と一緒にその実を齧っていた。
そこに油断があったのだろう。
僕がふと木々の隙間に動く影が見えた気がして、そちらを向くと、フランマウルフの赤い目がこちらを捉えているのが見えた。
一瞬硬直して、すぐに妹を見た。
妹も手に持っていたアププの実を落として、フランマウルフを唖然と見ていた。
フランマウルフの赤い影が揺れた瞬間、僕は妹の手を掴んで走った。
そうして今に至る。
「来るなら来いっ!」
そう言って妹の前に立つ。
恐怖で足が震えた。
だが、その恐怖を抑えて拳を構える。
それを見たフランマウルフは口の端を上げて、まるで笑うように唸った。
そしてその赤い身体を、大きく縮めてこちらに飛びかかろうとした瞬間。
「うぉおぉお! と、止まれぇ!」
そんな大きな声と共に大きな音を立てて、一部の木が根元からへし折れるのが見えた。
そして、そこからものすごい速さで動く影が見えたと思った瞬間。
僕とフランマウルフの間にあった、わずかな空間が轟音と共に土埃を上げて抉れた。
その捲き上る土と聞いたこともない大きな音に僕と妹だけでなく、フランマウルフもビクっ! と身体を硬直させた。
「と、止まった?」
そう言った人は、土埃を上げてがばり勢いよく起き上がった。
銀色の髪と、少し尖った耳、そして青色の瞳その姿は、僕たちの種族から稀に生まれるエルフという種族に似ていた。
その姿をみて僕は驚いて呟く。
「エ、エルフ様……?」
「え?」
◇
ようやく止まった俺の身体は、盛大に地面へと叩きつけられた。
ここに来るまで、かなりの数の木を吹っ飛ばしてきた。
木をなぎ倒したことによる衝撃により、スピードが落ちたのか、ようやく地面へと落ちたのだ。
水平に飛んで行ったのに落ちるとは、ニュートンさんに喧嘩を売っているとしか思えない現象であった。
そうして、地面に埋まった俺は、勢いよく起き上がる。
「エ、エルフ様……?」
「え?」
そして、起き上がった瞬間、そんな声が聞こえた。
そちらを見ると、低くなった俺の身長より、さらに低い、腰ぐらいの高さの男の子と女の子が居た。
男の子は女の子を守るように前に立っている。
小さいが、耳が少し尖っている。
どことなくヒーリィさんとも似ている気がする。
エルフの子供か?
「えっと、どなた様で?」
「危ない!」
「え!?」
俺の疑問に、その子供は俺の後ろを指差して叫んだ。
驚いて後ろを振り向くと、視界一杯に広がる火が見えた。
その光景に硬直した俺は、もろにその火を被ったのだった。
「エルフ様!」
「うぉおお! あつ! 熱い! あつ? 熱くない?」
「え!?」
もろに火を被り、服に移った火を慌てて手で払って消すが、俺の身体は全く熱さを感じなかった。
そして火が消えた先には、呆然とした表情でこちらを見る、赤い大きな犬? が居た。
なんだこいつ?
よく見ると犬にしてはでかいな。
そいつは一度唸って、息を吸ったかと思うと。
口から火を吹いた。
さっきのはこいつかよ!
しかも見た感じ、俺がさっき魔力操作術によって作った火の玉に似た感じがする。
だったら! と俺は両手を前に突き出した。
「そんなちっちゃな火じゃ、この水は蒸発させれないだろうっ!」
そう言って、火の三倍は大きい水の塊を目の前に出した。
差は歴然だった。
奴が出した炎は、水の塊にぶつかると一瞬で消えた。
そしてそのままその赤い犬に、その水をぶつけるべく魔力を操作した。
勢いよく犬にぶつかる水の塊。
キャインッ! と情けない声を出して吹っ飛ぶ犬。
かなり遠くまで飛んでいったが、すぐに立ち上がる。
そして、傷ついた身体を引きずりながら、森の奥へとその姿を消した。
「なんだったんだ、あの犬……」
「あの……」
「ほえ?」
そう言って後ろを見ると、さっきの子供達が、俺を見つめていた。
どちらの子も、なんだかすごい目が輝いてる。
「助けていただいて、有難うございます、エルフ様……」
「え? 君たちこそエルフじゃないん?」
「え!? いや、僕たちは小妖精族っていう種族ですが?」
「ぴくしー?」
「はい、そうです」
小妖精族ってなんだろう?
素直にそう思う。
どう見ても、ちっちゃなエルフにしか見えんのだが?
不思議そうに二人を見る俺の瞳と、純粋な輝きに光る二人の瞳が交差する。
こうして俺が異世界に来て、ヒーリィさん以外の異種族と初めて出会ったのである。




