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1 使えないスクロール(5)

「見失ったか・・・」

 そう呟いて、路地を後にした。潜伏を発動させてこちらをやり過ごすつもりだろう。ここは一度下がり、相手の油断を誘う。ジャックは紙束を確認した時、細工をした。金華蝶の粉を一番下の紙に塗っておいたのだ。暗闇の中ではごく僅かに光る鱗粉だ。その光は等級の高い星のように、目を凝らさなければ見えない程淡い。

 防錆の為の粉をこのように使うことになるとは思っていなかったが、やはりオリーの『ラッキーアイテム』は本物だ。しばらく経った後、ジャックは注意深く目を凝らし、光る粉の後を追った。


 粉は地下水道に続いている。地下水道は完全な暗闇だ。鱗粉はまるで星の川のように続いていたが、段々とまばらになってきた。粉が切れかけている・・・命運付きたかと落胆しそうになった時、入り組んだ道の先に僅かに明りが見えた。恐らく奴の根城だろう。気取られて先ほどのように逃げられては厄介だ。ジャックは息を殺し、ゆっくりと近づいた。


 そしてジャックは見た。この世のものとは思えないほど美しい娘が、この世の終わりのような哀しい目で泣きながら、紙を溶かした鍋を焚いている姿を・・・



 娘の歳は20を超えないくらいだろう。長い睫毛、憂いをたたえた大きめの眼、小さな鼻は少し高い。眩しいばかりの白髪は長く美しく、長耳がちらちらと髪の間から見える。白髪、長耳とくれば、ハイエルフだ。このあたりで見かけることはまず無い。痩せているのか、細い手足は彼女をより華奢に見せる。おそらくこの女に言い寄られて落ちない男は居ないだろう。そんな絶世の美女が泣きながら鍋をかき回す姿が妙に現実離れしており、ジャックはしばらく声を掛けられず呆然としていた。

 女は水路の水で手を洗い、何かに気づいた様子でこちらを見た。

「誰?」

 女はおびえた様子で尋ねた。

「俺はジャック。先に言っておくが、敵対する意思はない。」

 ジャックは短剣を床に捨てた。無防備の美女を刃物で脅すなど、冒険者の名が無く。

「いくつか聞きたいことがあるんだが、構わないかな。」

 女は杖で短剣を部屋の端に弾き、杖の切っ先をジャックに向けた。

「地下水道とはいえ、ここはそこまで深い場所じゃない。ここで戦闘すれば、地表の人間は気づくかもしれない。何より、俺の仲間には、俺が定時に帰ってこなければ乗り込んでくるよう伝えてある。手荒な真似はお互い止さないか?そのつもりでナイフを置いたんだ。」

 仲間の件はブラフだが、彼女には効果があったようだ。杖を落とし、泣き崩れた。

「そう・・・おしまいなのね・・・やっと自由になれると思っていたのに・・・」


 何か盛大な勘違いが生まれている。しかもジャックは女性の涙にめっぽう弱い。それがこんな若く美しい娘のものならなおさらだ。

「な・・何か勘違いしてしてないか?俺はそちらに危害を加えるつもりはない。」

 ジャックがそう言っても女は泣き止まない。泣き顔まで美しいとは恐れ入った。鍋から煙が出ていて焦げ臭い。ひとまず、ジャックは鍋が焦げ付いてしまいそうなので、鍋を火から外した。

「この紙をベースにしてスクロールを作っていたのか。一人で作っているのか?」

 女はすすり泣きしながら、答えた。

「・・・そうです・・・」

「実は君の作ったスクロールには俺も助けられた。ライトのスクロールを使わせてもらった。便利なものだ。しかも破格に安い。インクには何を使ったんだ?」

 女は少し落ち着いたのか、ゆっくりと質問に答え始めた。

「インクは、ソウルイートレイスの残滓に・・・炭を溶かして作りました。」

 こうもあっさりと製法を教えてもらえるとは意外だった。

「他の原料は何だ?紙にどうやって魔力を載せた?」

「他の原料はありません。魔力も載せてません。」

 その答えにジャックは驚愕した。魔力を載せないスクロールなど、発動するはずもない。

 次の質問をしようとして、肝心なことを聞いていないことに気づいた。

「すまない。最初に尋ねるべきだった。君の名前は?」

「フィリスです。市警団の方、私は捕らえられてしまうのでしょうか?」


 あまりに尋問らしい口調だった為か、フィリスはジャックを市警団の一員と思い込んでいたようだ。これはこれで便利な勘違いだ。

「偽造スクロールの製造は前例がないが、悪質な模造品をそうと知りながら販売する罪は存在する。ただし、それはスクロールが本当に模造品である場合だ。君のスクロールは少なくとも私の分はしっかり発動した。一方、スクロールが使えないと苦情を述べる者もいるのも事実だ。」

 ジャックは市警団のような口ぶりだ。

「お願いです!スクロールは偽物などではありません。あと数日の間、見逃してもらうことはできませんか?!」

 そこまで言って、フィリスの腹が鳴った。フィリスは顔を赤くしている。

「まずは、飯にしよう。」


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