1 使えないスクロール(1)
ジャックは転生者
前世の記憶は朧気で、家族や友人、知り合い、そして自分の名前を思い出せない。
ダンジョンで倒れていたところを冒険者に助けられた。
今では一人前に冒険者をやっている。
酒場「赤狐」でのジャックの居場所はいつだって隅の方、二人掛けのテーブルだ。日が沈む少し前になるとやってきて、日替わり料理とお酒を注文する。
「もし冒険者ジャックに相談事があるなら、彼が日替わり調理を食べ終えた直後が良い。満腹で機嫌の良いときの彼は、気前よく依頼を引き受けてくれるからだ。」
実のところ、機嫌の悪いジャックを見た者は居ない。また、元々、ジャックは困っている人を見捨てられない性分である。依頼人が本当に困っているなら、滅多なことが無い限り引き受けてしまう。ジャックの半分くらいの背丈の子どもが銀貨1枚だけを握りしめて来た時でさえ、彼は断らなかった。しかも銀貨1枚で引き受けた依頼が、最終的に隣国との戦争回避という形に落ち着いたこともあり、この都市では彼はちょっとした語り草となっている。1年前までは、料理を待つ間にも依頼を持ってくる者がいたので、給仕の一人が噂を広めたのだ。おかげでジャックは料理を食べ終えるまでの間、誰にも邪魔されなくなった。
今日の日替わり料理のメインは酢漬け魚の炙り焼きだった。果実酒ともよく合い、一日働いて疲れた心を癒すのには十分な満足感だ。食べ終えたところで、初老の男がジャックの隣に座った。男の服は豪奢という程ではないが、身なりはきっちりとしている。今回の報酬は期待できるかもしれない。
「初めまして。私は魔術ギルドでスクロールの管理をしております、ワイズと申します。」
ジャックは軽く会釈し、向こうが名乗ったのなら、こちらも名乗らねばと口を開いた。
「ジャックだ。冒険者をやってる。」
「もちろん存じております。」
そうでなければ、混んでも居ない店で相席などしないだろう。
「実は、私どもの取り扱うスクロールのことで相談があるのです。」
スクロールは魔術が付与された紙だ。魔術適性の無い者でも、書かれた魔術を扱うことのできる消耗品であり、ジャックも何度か使用したことがある。魔術ギルドの看板商品であり、その製法や原料は秘匿されている。
「数か月前から、偽スクロールが市場で出回っているのはご存じでしょうか?」
心当たりが無いわけではない。ジャックはズボンのポケットから、皴の酷い紙切れを出した。
「こいつのことかな?」
ワイズは顔を顰め、神妙な面持ちで話を続けた。
「まさにこの紙屑のことなのです。ジャック殿、このスクロールは発動しましたか?」
「ライトの魔術が発動した・・・偽物なのか?」
市場で格安で手に入れたこれは、ダンジョンの中層探索で使用したものだ。この時のジャックの目的の素材は小さく、明り役と荷物持ちを兼ねるポーターを雇うより、このスクロールを使って自分で荷物を運んだ方が安価だった。消耗品なので1回使えばそれで終わりだったのだが、なかなか使い勝手が良かったので、同じものを手に入れようと、使用済みを取っておいたのだ。
「どうやら、発動するものと、そうでないものがあるようなのです。」
「俺は運が良かっただけという訳か。」
「中には帰還のスクロールと思い込み、紙屑を握らされてダンジョンから命からがら逃げてきた者も居るのです。」
考えたくもない話だ。帰還のスクロールがあれば、ダンジョン内から入り口まで一瞬で転移することができる。危険なモンスターやトラップにより深手を負っても、帰ってくることのできるアイテムだ。非常に高価ではあるが、命あっての物種、ダンジョンに入るなら何が何でも持っておきたいスクロール・・それがいざという時に発動しないというのはぞっとする。
「市場のものは、魔術ギルドで売ってるやつの4分の1くらいの価格だった。このスクロールを売っていた店員も、”使えるかどうかは分からない”と念押ししていたな。」
ワイズはため息交じりに言った。
「紙屑を渡されてしまった者たちは、その製造元が魔術ギルドであると思い込み、苦情を持ってくるのです・・・その数も少しずつ増えてきております。使えないと持ってこられたものの中に使えるものが混じっていたり・・・ギルドで作っているものではないと言っても、なかなか聞き入れてもらえなかったりして困っているのです。」
ワイズによると、使えるものとそうでないものは半々といったところらしい。それもまた厄介でワイズを追い詰めているのだろう。
「ジャック殿には、このスクロールの出どころを調べて頂きたいのです。」
ワイズの顔をよく見ると、疲労で目の下にクマができており、頬は少しこけている。どうやら心底疲れ果てた末に相談に来たようだった。助けてやりたい気持ちはあるものの、依頼内容が少し気になる。
「出どころをつかんだ後はどうするんだ?偽造品の生産者として市警団に引き渡すのなら、最初から市警団に依頼した方が早いんじゃないか?」
「そうですね。まず偽造スクロールの製造が、中規模以上の組織ぐるみの犯行である場合には、市警団や場合によっては王城の騎士様にも相談しなければいけないと考えております。」
当然の考え方だ。しかしその場合は、やはり市警団に依頼した方が早い。
「次に、数名のマジッククラフト達によるものである場合です。今回の偽造スクロールは出回っている数がまだ千枚程度と少ないことから、この可能性が高いと考えています。その場合には全員、魔術ギルドに加盟して頂き、スクロールの生産者として雇いたいと思っております。」
なるほど、スクロールの作成が出来るマジッククラフトは少数と聞く。一部でも使えるスクロールを作ることが出来るなら、魔術ギルドにとっても即戦力になり得る人材であり、大きな商売敵になる前に囲ってしまいたいのだろう。
「通常より安いスクロールの作成法も気になるのではないか?」
「おっしゃるとおりです。もし4分の1の価格で販売するスクロールで採算がとれているなら、我々もその手法を知り、皆様に安全な形で安価に提供出来るようにしたいのです。もちろん、ギルドの利益も大切ですから、可能なら手法は独占したいところです。」
ジャックは何となく、この男は信用できると感じた。また、依頼内容も暗殺や破壊の類ではない。何より、ワイズは心底困って疲れ果てた末ここにたどり着いたのだ。無下にはしたくない。あとは報酬である。
「報酬はどれくらい用意できる?」
「金貨10枚ではいかがでしょうか?」
平均的な冒険者の稼ぎ5カ月分程度だ。悪くない。安価なスクロールの作成方法にはもっと価値がある可能性もある。もしそうならば、その時に再度値段交渉だ。
「8枚で良い。その代わりに冒険者ギルドを通して正式に依頼してくれ。それとギルド付の公証人を通して契約したい。」
「ええ、承知いたしました。では明日の朝、冒険者ギルドに伺います。よろしくお願いいたします。」
ワイズはそう言うと、依頼を受けてくれそうなことに安堵したようだ。酒と料理を注文し、ジャックに御馳走した。ジャックは酒が入れば入るほど機嫌がよくなる。ダンジョンで見つかった珍しいマジックアイテムの話や、ワイズの孫がかわいい話、ジャックの過去の冒険の話などで盛り上がった。ジャックはこんなことなら、飯を食べ終わる前に依頼に来てほしかったと愚痴を零した。
しばらくは毎日更新です。
何も考えずに書いているので粗いですが、楽しんで頂ければ幸いです。




