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【書籍化】政略結婚の相手は推しの魔王様 このままでは萌え死してしまいます! (旧 推しの魔王様!)  作者: 葉月クロル


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到着した花嫁候補 その3

 尻尾をふりふりして嬉しそうなミーニャとメイド達(一見普通の人間に見えたが、話を聞いてみると妖精の血を引いていたりエルフのお婆様がいらしたりと、それぞれユニークな個性があった。そして、皆美人さんである)に手伝って貰いながら、わたしはお風呂に入って旅の疲れを流してもらった。半日といえど、ずっと馬車に揺られていたので、全身をマッサージしてもらったら筋肉がほぐれて、とても気持ちが良かった。


「こちらが、魔王陛下との謁見でお召しになるドレスでございます」


 エルが見せてくれたのは、繊細なレースが美しいシンプルな白いドレスと、レースで編まれたベールである。雰囲気がウェディングドレスを思わせる、上質なドレスだ。これを着て、とうとうゼル様にお会いするのである。

 

 ああ、本物の、生きたゼル様に!

 三次元の、立体の、ゼル様に!

 生ゼル生ゼルなまぜるうううううーっ!

 ハアハア!

 ハアハア!


 いけないわ、わたしはセルニアータ国を背負ってお嫁入りするアネット・シュトーレイ伯爵令嬢よ。いくら前世の人生をすべて捧げていた推しに会えるからと言って、興奮して鼻息を荒くするなんて淑女にあるまじき振る舞いをしたら、扇を振りかざしたブリジッタお姉様に叱られてしまうわ。

 

 けれど、美麗なイラストのゼル様が現実に現れたら、どんな感じなのだろうか。

 ドキドキしてしまう。

 アニメ化された時もドキドキしたけれど、今回は実体化したゼル様なのだ。

 萌えのあまりその場で心臓が止まらないか、本気で心配になってしまう。


 そんな事を考えて百面相をしているうちに、わたしの支度は終わった。よくブラッシングして艶々になった髪をハーフアップにして背中に流し、白いベールで覆われる。顔にもふわりとベールをかけられて、鏡を見たらまさに花嫁姿である。


 むしろ……このままゼル様の花嫁になってもよくて?

 ハアハア!

 ハアハアハアハア!


 鼻息で、ベールが揺れた。




 興奮を押し殺しながら、わたしはフレッドに先導されて謁見の間に歩いて行った。


「アネット様、とてもお綺麗でございますわ。ゼルラクシュ魔王陛下は大いなる魔力を身体に内包されているが故に、強大な覇気を発しておられますので、かなりの威圧感がございます。けれど、決して恐ろしい方ではございませんので、どうか誤解なされませんようにお願いいたします」


「わかったわ、エル」


 王族というのは皆様特別な存在感がおありだという事は、セルニアータ国でも感じていた。ゼル様はそこに魔力が加わった魔王様なのだ。

 あらかじめエルが注意する必要があるほどの大変なお方なのだろう。


 さすがはわたしのゼル様!


 と、謁見の間に到着したようだ。


「セルニアータ国からいらっしゃいました、アネット・シュトーレイ伯爵令嬢をご案内申し上げます」


 扉の前でフレッドが名乗りをあげると、ぎいいいというアニメの効果音のような音と共に内側に開いた。

 フレッド、わたし、エルの順で臙脂色の絨毯の上をゆっくりと進む。視線は斜め下にして、魔王陛下の方は見ないのが正式な作法だ。

 謁見の間には、この国の重鎮らしき人々も集まっているらしく、並んだ脚が見える……馬のような四つ脚はケンタウロス族の方なのだろうか。


 フレッドが足を止めたので、わたしも止まる。

 彼が斜め後ろに下がり、代わりにエルが前方に進み出た。


「アランダム国の森を統べるエルエリアウラがご紹介申し上げます。セルニアータ国よりお連れいたしました、花嫁候補様でいらっしゃるアネット様でございます。大地の色の髪と森の色の瞳を持ついと尊き姫君が、魔王ゼルラクシュ陛下にご挨拶申し上げます」


 口上が終わるとエルも下がり、今度はわたしの番だ。


「セルニアータ国シュトーレイ伯爵家の次女、アネットにございます。この度は偉大なるアランダム国が国王にして魔王陛下にあらせられますゼルラクシュ陛下に御目通りいただく栄誉を賜りまして、恐悦至極に存じます」


 顔を下に向けたまま、舌を噛みそうな敬語の挨拶を無事に終えて、わたしは片脚を後ろに引き、深々と頭を下げた。


「ふむ。面を上げベールを取るが良い」


 うわあああああ、ゼル様が喋った!

 アニメの声も良かったけれど、本物はもっと広く深く響いてキラキラとした輝きがあるとんでもないイケボだああああ!

 今マジで心臓がキュン死するかと思った!

 ヤバいわ、声だけで百万の乙女をキュン死させる悩殺ボイスだなんて、生きる凶器だわね、さすがはゼル様魔王様!


 内心で激しく萌えに悶えていたけれど、わたしの身体はぴくりとも動かさない。これは長年の厳しい訓練の賜物である。


 エルが静々と近寄ってきて、わたしの顔と髪を覆っていた白いレースのベールを取り去った。そして、エルが元の位置に戻ったところで、わたしはゆっくりと顔を上げた。


 数段上ったところに玉座があった。

 

「…………………」


 はい、死んだ。

 わたし、今死んだ。

 そこに推しがいたからです。

 遠くからそっと応援することしか許されない何よりも尊き存在が、イラストを見てほおっと切ないため息をつくだけでこの上ない幸せに包まれるような、遥か高みにいらっしゃる存在が、そこに、座って、いたからです!


 もう人生の幸運をすべて消費した、もう昇天するしかない、はい終了、この場で尊死とうとし


 何度も何度もそれこそ髪の流れの一筋まで覚えるほどイラストを見尽くしたゼル様がそこにいらっしゃる。

 星のきらめきとオーロラでできた長い髪を肩から滑らせ、その瞳の澄んだ美しさは淡くはかないブルーの夢。

 頭の横には夜空を切り取ったような艶かしいほど黒いつの

 すらりとした細身の身体なのに、背は高く、男性のたくましさに満ち溢れている。

 すべてが神の戯れから生まれた芸術品。

 時間の狭間はざまを切り取って、この世の美を凝縮して磨いた宝石を散りばめたようなお方。


 ああ、ゼル様が、ゼル様が!


「遠路をよく参った。我はそなたを歓迎する」


 ゼル様がわたしに向かって喋っている!

 見てる!

 こっちを見てる、視線が合ってる、ゼル様の瞳にわたしが映っている!

 見えないけどきっとそう!

 あっ今瞬まばたきした、素早く動くまぶたが尊い!

 瞼の動きまでが美しい!

 

「……?」


 うわあ今ゼル様の眉がちょっと動いた!

 表情があまりないと言われるゼル様だけど、わたしには0.1ミリ動いたってすぐわかる、だって推しだから!

 この命も財産も捧げてひたすら愛する推しだから!


 ゼル様の姿がぼやけている。

 口を開けたままのわたしの両目から、滂沱ぼうだたる涙が溢れて止まらないからだ。


 ゼル様、ありがとうございます!

 存在してくれてありがとう!

 今ここに、生きてくださってありがとう!


 わたしはきっと、ゼル様に会うために生まれてきたに違いない。

 尊いゼル様のためなら、足置き台になっても構わない。なんなら汚れた靴を拭くマットになっても構わない。むしろご褒美。


 ありがとう、ありがとう、ゼル様ありがとう!


 その時、ゼル様の手が玉座の肘掛けをぎゅっと握った。

 ゼル様が動いた!

 尊い!


「ひいっ!」


 誰かが息を呑んだ。ざわめきが起こる。


「アネット様! 早く、救護班を! 担架をお持ちしなさい!」


 ゼル様を見つめるわたしの顔に、布が押し当てられた。


「なんという事でしょう、アネット様、どうぞわたしに寄りかかってくださいませ」


「……エル?」


 夢の中にいるようなふわふわした気持ちで、わたしはエルを見た。


「こんなに血を流されて……おいたわしい」


「血?」


 我に返って、顔に当てられた布を見ると、先程被っていた優美なレース編みのベールが血に染まって真っ赤になっていた。


「こ、これは」


 鼻血である。

 推しに会えて興奮が極まり、わたしの鼻の毛細血管が決壊してしまったのだ。

 あらやだ、ちょっと恥ずかしい。


「魔王陛下の強い魔力に、アネット様のお身体が耐え切れず……」


 いやそれ違うから。

 単なる鼻血だから。


 わたしが玉座の方を見ると、ゼル様がわずかに顔を引き攣らせて、少し腰を浮かせているところだった。

 中腰のゼル様が尊すぎる。

 中途半端な姿勢でもカッコいいなんて、なんなの神なの、神に違いない!


 そんな事を考えていると、担架が到着した。

 そこでわたしの緊張の糸が切れた。


 万感の思いを込めて、ゼル様に右手を伸ばす。

 ゼル様、ありがとう、もう一度ありがとう!

 わたしは幸せです!

 好き!

 もう、好き!


「ゼル……す……」


 淡く光る瞳に向かって、笑顔で想いを込めようとして。


 そのまま、わたしの意識がなくなった。

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