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到着した花嫁候補 その1

 わたしが日本人として地球で暮らしていた前世の事は、実はあまりはっきり思い出せない。けれど、推しに対する愛と萌えの大きさだけは覚えているし、どのような最期を迎えたのかはぼんやりとしか思い出せないのに、ゼル様に捧げる推し活動の具体的な内容ははっきりと覚えている。


 わたしの頭の中はいったいどうなっているのかと、自分で自分に呆れてしまったが、来世には想いの強いものしか持っていけないのかもしれないし、わたしは推しの他にはあまり幸せな記憶がなかったのかも……家族とか、友人とか、恋人とか……あれ? と、そこまで考えて、やめにした。


 だって、それが本当だったら、わたしの以前の人生が悲しすぎるから!

 違うの、ぼっちじゃないの!


 それよりも、今ははっきりと覚えているアネット・シュトーレイとして生きてきた人生の方が大切だし……済んだことをくよくよ考えても碌な事はないのだ。

 

 窓の外を眺めるふりをして考えを巡らせ『アランダム国というなんだかワクワクする不思議な国にやってきて、何より全世界、いや全宇宙で一番素晴らしい尊き存在である、ゼル様の三次元のお姿にお会いできそうなのだから、それ以外のことは些事である!』という結論に達した頃、森の中をしばらく進んでいた馬車が止まった。


「アネット様、ここで降りて少しお散歩などいかがですか? 今日は風が気持ちよいし、ここから季節の花が咲き誇る自慢の花園をのんびり歩いて通り抜けると、王宮の玄関に着くのです」


「まあ、それは素敵なお散歩ね」


 エルが馬車の扉を開けてくれた。


 半日という信じられない時間で到着したとはいえ、ずっと座席に座っていたので少し身体を動かしたいし、アランダム国の空気を直に感じてみたい。


 家から持ってきた荷物は、見えない馭者が部屋まで運ぶ手配をしてくれるとのことなので、わたしはエルに手を貸してもらって馬車を降りた。

 振り返ると、やっぱり馬も馭者も姿が見えないが、わたしは「馭者さん、お世話になりましたね。良い旅でした、ありがとう」とお礼を言った。


「恐れ入ります。この王宮の庭園には沢山の花々が開き、香りの良いお茶になるハーブも植えられていますので、どうぞ散歩をお楽しみください、お姫様」


 馭者の返事に、見えない馬のぶるひん、といういななきがかぶさったので、わたしはくすっと笑った。


「そうそう、お馬さんも、馬車を引いてくれてありがとう。姿が見えたら耳の後ろを掻いてやれるんだけど……」


 わたしがそう言うと、馬がもう一度ぶるひん、と言って、馬車の向きが変わった。どうやら馬が勝手に動いたらしい。


「おいおい、どうしたんだ?」


 馭者の男性の苦笑が聞こえ、わたしの顔にふんっと息がかかる。手を伸ばすと、温かな馬の鼻に触れる感触がした。


「あら、いい子ね」


 わたしが手探りで耳の後ろを見つけて、そこを「よしよし」と掻いてやると、ぶるるるん、と満足そうな馬の声がした。


「こいつは驚いたな。うちの夢馬は人に懐かないのに……」


 見えない馭者が、そんな事を言う。


 わたしが「もしかして、見えないからといって、あまりこの子に構わなかったのではないですか?」と見えない馬の耳の後ろを両手で掻きながら言うと、こちらもまったく見えない馭者は「確かにそうかもしれんな。この俺に話しかけてくれるお姫様も、滅多にいないがな」と笑い、「おっと、気安い口を聞いてしまってすみません」と慌てた。


「あら、気になさらないで。お客さんではなくて、これからここで暮らすんですもの。仲良くして頂戴な。……ふふふ、お前も仲良くしてね」


 よく掻いてやると、馬が嬉しそうにぶるるるひん、と答えた。そして、もやもやっと光るとぼんやりと輪郭が見えて、エルが「まあ!」と驚きの声をあげた。


「アネット様、夢馬が昼間に姿を表すなんて、大変珍しいことなのでございますよ」


「そうなのね。虹色に光って、美しい馬だわ」


 褒められたのがわかったのか、向こうが透けて見える馬は、ぶるっふ、ぶるっふ、と尻尾を振りながら鼻息を荒くした。





 わたしとエルは、ヨーロッパのお城に似た雰囲気の宮殿へと向かって歩いた。薔薇を始めとした様々な花が咲き乱れ、良い香りが漂う中を歩くのはとても楽しいし、気分がすっきりする。

 それに、この宮殿の姿はゲームのイラストで見たことがあり、それが今目の前に立体となって存在しているので感激する。こんなものが見られるなんて、なんて贅沢なんだろう、とわたしはため息をついた。


「素晴らしい建物ね」


「はい。石造りですが、魔法を組み合わせて内部は住み良い建物になっております。この国の空気中には沢山の魔素が含まれておりますので、それをエネルギーとして利用しているのですよ」


「空気中からだなんて、エコだわ……」


 とってもクリーンなエネルギーに、わたしは感嘆する。

 空気中から利用できるのなら、水素エネルギーのようなものだろう。しかも、水素よりも容易に使えるならば……っと、それはどうでもよい。


「この国には魔素が多いから、それを体内に取り入れて変換した魔力を身体の隅々まで循環させて、特別な力を放つ生き物が多いと聞いているわ」


「はい。この花々をご覧になっておわかりだと思いますが、アランダムの地にはアネット様もよくご存じの魔力を持たない花も、アランダムでしか育てられない魔力を持つ花もございます。同じように、馬などの動物も、人も、魔力を持つもの持たないものと様々なのです。魔王陛下はお身体が特に魔素に馴染まれた存在なので、その身に多くの魔力を宿していらっしゃいますし、陛下の近くで働く者たちにも魔力を持つ、いわゆる普通の人間とは違った存在も多いのです。それぞれが特技を生かして、ゼルラクシュ魔王陛下にお仕えしているわけです」


「そうなのね」


 エルも、思いっきり魔力寄りの『精霊』という人種だものね。

 あと、ゼルラクシュ魔王陛下って呼ばれるゼル様、カッコいい!

 ハアハア、ゼル様ハアハア!


 わたしはにやにや笑いを必死で噛み殺したが、小さく「んむほっ」と声が漏れてしまった。


「ゼ、ゼルラクシュ魔王陛下っ、の、お身体からは、かなりの魔力が溢れておられるのかしら?」


 きゃん、名前を呼んじゃった! 恥ずかしい!

 前世では、脳内で叫ぶか部屋で独り言を言うしかなかったから、他人の前で口にするのは初めてなの。だから、照れちゃう。


 照れ照れ状態になって少々挙動不審なわたしの様子を見たエルは「まあ……アネット様は魔力への対応に不安を抱かれているのですね」と誤解した。

 

「大丈夫でございますわ。他国から訪問される方によっては、あまりにも強い魔力に触れると体調を損なう方もいらっしゃるようですが、元々人間の皆様にも体内に魔力があるのですよ。それに、濃い魔素や魔力に慣れてくるに従い、その影響が軽減することも確認されておりますので、あまり気になさらなくても大丈夫かと存じますわ」


「そういうものなのね」


「もちろん、お身体がお辛い時にはすぐに対処させていただきますので、気軽にお申し付けくださいませ」


 頼りになるお助けキャラのエルは、そう言って微笑んだ。

 彼女は何度見ても美人である。

 美しいものが大好きなわたしは幸せな気分になって、ほうっとため息をついた。





 わたしたちが花を楽しみながら(魔力を持っているらしく、『わたしをお摘みなさい』とアピールしてくる主張の激しい花を集めて編み、エルがわたしの髪に飾ってくれたりして、ピクニック気分である)玄関に向かっている間に、羽の生えたちびっ子たちが勢いよく宮殿に向かってわたしの到着を知らせてくれた。


 玄関からくるくると赤い絨毯が広げられて、扉が大きく開かれた。奥にはたくさんの人が見えて、その間をキラキラと光りながらちびっ子たち(森に住む妖精だそうである)が飛び回っている。


『花嫁候補様の到着なのー』


『とても可愛いのー』


『お友達になったのー』


 ちびっ子たちが、誰彼構わずにそんな事を言い回っている。


『髪も目も素敵なのー』


『大地と森の姫なのー』


『空の魔王様にぴったりなのー』


 空の魔王様?

 そういえば、ゼル様は夜空に光るオーロラのような髪と、星のような淡いブルーの瞳を持っていたんだっけ。

 ふたつ名を持つゼル様、カッコいい!

 ハアハア、ゼル様ハアハア!


 ちびっ子たちがなかなか詩的な言い回しをしてくれたので、絨毯の上を進んで宮殿に足を踏み入れながら、わたしは微笑んだ。というか、にまにま笑いを抑えきれなかった。なにしろ、この建物の中に尊き存在であるゼル様がいらっしゃるのだ。

 生ゼル様なのだ。

 それは顔も緩んでしまう。

 息も荒くなってしまう……が、こちらはなんとか堪えた。


 ちょっとしたホールになっているそこには、パーティでも開いていたの? と思えるくらいの人数が集まっていて、そこをにこにこしながらエルと進んでいくとざわめきが起こった。


「おお、姫様が笑ってらっしゃる!」


「あのような表情をされるということは、我が国を気に入っていただけたのか?」


「今度こそ、我らが王妃にあらせられるのか?」


「我らを恐れずにいてくれるだろうか?」


 わたしは笑顔のままで、遠巻きに見ている人々を見返した。


 まあ、すごいわ。

 話には聞いていたけれど、いろんな人たちがいるのね。

 頭につのとか耳とかがついていたり、半透明な人も、尻尾のある人も、翼のある人も、周りで風が渦巻いている人も、鉱物の結晶みたいな人も、形が常に変わり続ける人も……ああ、多すぎて全部を確認できないけれど、とてもユニークで素敵だわ。


 まるでファンタジーゲームとホラーゲームから出てきたような人達だけど、映画や漫画などのメディアに慣れているせいで、わたしは『キャラが立体化してる!」と感動したけれど恐ろしくは思わなかった。


「ご静粛に!」


 居並ぶ人々に両手を大きく広げて、ついでに長く枝を伸ばしたエルが高らかに言った。


「セルニアータ国よりアネット姫様のご到着でございます! さあさあ皆様、我らがお待ち申し上げていた姫君が、遠路遥々とアランダム国にいらっしゃいました。けれど、まずはご存分な休養を取っていただきたいので、お披露目は落ち着いてからになりましょう。この場はどうぞ、慌てず騒がずにご解散をお願いいたします」


 すると、人々は「おお、これは失礼」「お披露目を楽しみにしています」「姫様、ごゆるりとお休みくださいませ」などと言いながら、わたしに会釈をして散って行った。


 エルはわたしの様子を伺いながら、困ったような表情で言った。


「アネット様、大変失礼を致しました。驚かれたでしょう? 皆、姫様にお会いしたくてたまらなかったのです。ご容赦いただけると幸いにございます」


「あら、歓迎してもらえてとても嬉しく思っているのよ。落ち着いたら、ぜひ皆様と交流したいものだわ」


 風変わりではあったけれど、人々は皆、基本的に美形であった(不定形な方々も、一瞬人型になる時はめちゃくちゃ美しかったため、わたしは生ける芸術品に出会ったようなときめきを感じて見つめていた)ので、美人大好きなわたしとしては絶対にお近づきになりたい。

 あと、みんな親切そうで感じが良かった。お父様の言っていた事は本当のようで、安心する。

 わたしは茶目っ気を出してウインクをしながらエルに言った。


「だから、驚いたとしても嬉しい驚きだったわよ」


 すると、エルは目を見開いた。


「まあ! アネット様はなんと素晴らしき姫様であられるのでしょう……我らを異形のものと忌み嫌われませんか?」


「全然、そんな事は思わないわ! 嫌うわけがないじゃないの、いろんな方々がいらして、それぞれ個性的で素敵だと思うわ」


「……あの、わたしも、少々、枝とか葉とか、根などを出してしまう傾向がございますが……ご無礼ではございませんか?」


「もちろん気にしないわ。それがエルの個性だと思うし、枝も葉っぱもエルの一部だし、好きなだけ出してもらって大丈夫よ。そういう所もみんなまとめてエルは美人さんだから、素晴らしいと思うわ。ええ、あなたは本当に綺麗ね……」


 髪に若葉を絡ませた緑の美女をうっとりと見ていると、エルは胸の前で両手の指を絡み合わせて「ありがとうございます。でも、誰よりも美しく素晴らしき方は、アネット様だと思いますよ?」と可愛らしく首を傾げた。

またまた長くてすみません。

早くゼル様を出したいので、ガンガン進みますよ(*´Д`*)

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