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【書籍化】政略結婚の相手は推しの魔王様 このままでは萌え死してしまいます! (旧 推しの魔王様!)  作者: 葉月クロル


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お嫁入り その3

 わたしが違和感を感じたのは、そろそろ魔道を抜けてアランダム国の王宮近くの森に出るという辺りだった。


 この不思議な馬車は、本当に数ヶ月の旅を半日に縮めてしまったのだ。セルニアータ国が、魔王の存在を警戒しながらも友好関係を保ち、積極的な交流を心掛けている理由には、このような驚くべき技術を自分の国に取り入れたいという事もある。

 人間の国には空気中の魔力が少なくて、アランダム国のようにはいかないけれど、魔力の込められた石である魔石をはめて使用する簡単な魔導具は輸入している。

 遥か遠くのアランダム国からどうやって我が国に運び込まれているのかが、今日わかった気がする。


 かたん、という振動を感じると、エルがカーテンを開けて「普通の道に戻りました。もう景色を楽しんでいただけます」と木々を見せてくれた。

 アランダム国の木は、セルニアータのものとさほど変わらないように見える。そよ風に若葉が揺れて、気持ちのよい風景だ。

 森には鳥などの生き物も住んでいるのだろうか。そして、それらの生き物も魔力を操ることができるのだろうか。

 可愛い子リスに手を差し伸べたら、魔法の火で燃やされてしまった、などという羽目に陥らないようにしなければならない。


「とても美しい森ね」


 わたしが褒めると、エルは「はい、住みよくて素敵な森でございます」と微笑んだ。そういえば、エルは森の精霊と言っていた。それは通称なのか、本当に精霊であるのかわからないけれど、ゆったりと落ち着いた表情で森の中に視線を走らせているので、ここは彼女にとって馴染みのある場所なのだろう。


『花嫁候補様も、森で遊ぶのー』


『楽しいのー』


『美味しい木の実もなってるのー』


 わたしの両肩と頭にちゃっかりと腰を下ろしたちびっ子たちが、口々に言ってわたしの髪をつんつんと引っ張った。


「そうね、落ち着いたら寄らせてもらうわね。みんなで案内してちょうだいな」


『わーいわーい』


『楽しみなのー』


『花嫁候補様、可愛くていい子なのー、好きー』


『好きー』


『好きー』


 さっそくアランダム国に可愛らしいお友達がたくさんできたみたいなので、嬉しく思う。


 しかしその時、リラックスしていたわたしを異変が襲った。


『森の中の道を、魔法の馬車が進む。その先に待つのは……』


 頭の中に、そんなナレーションと、ちゃららららーん、という曲が流れた。


「え? 今のは何かしら?」


 ちびっ子たちの声も頭の中に聞こえてくるのだけれど、それとは違う声と音が頭の中にはっきりと聞こえる。わたしは、これもアランダム国特有の出来事なのだろうと、不思議な現象にも動じないでいたのだが。


 ちゃらんちゃらんちゃんちゃん♪ ちゃららんらんらんらーん♪

 

『ルールー♪  ルーラララルー♪ ル・ル・ル・ルーーーーーーー♪』


 クラシックっぽい音楽にロングトーンがよく響く美しい声がハモった。


「え、ちょっと待って、この曲って……」


 わたしな記憶を辿った。

 このコーラス付きの『オープニングテーマ』は聴いた覚えがある。


『愛と魔法のミステリック・ラブが今、始まる。ようこそ『ファンタジック・プリンセス〜愛の息吹と魔法の麗人〜』の世界へ』


「……え? このナレーションは」


 これ、知ってる!

 知ってる!

 超マジ知ってる!


 わたしが首までどっぷり沼にハマって喜びに身悶えていた、ロマンスゲームのオープニングじゃないの!


 ドット絵のキャラクターでRPGゲームを進めていくと、ご褒美に美麗なスチル絵、つまりその盛り上がったシーンをぎゅぎゅっと詰めた静止画を見ることができる、ちょっと変なゲームなのだ。

 9割がドットで、たまにご褒美。

 明らかに制作費のほとんどをイラストに注ぎ込んでしまった、ビジュアルバランスが悪いゲームだった。

 しかし、ご褒美の人参をぶら下げられた我ら乙女は、推しのスチル絵見たさに「くうっ、時間をかけた経験値稼ぎか、課金か!」という選択を迫られながらゲームに取り組んだ。

 やがて「心を込めた経験値で推しを拝見させていただくのが本当の愛!」とちまちまと経験値を稼いでキャラのステータスを上げ、やがては「ゲームが楽しすぎて笑える! ドット絵なのに推しの笑顔が浮かぶのはなぜ? 最近は声まで聞こえてくるような気がする……そして、RPGめっちゃ楽しい!」と、わたしたちはドット絵の世界を泳ぎ出したのだ。


 イラストのバランスは悪いがゲームバランスが神という評判で、意外な人気を呼んだこのゲームは大ヒットして、漫画になったり映画になったり派手に展開しキャラグッズもたくさん発売された(というわけで、推しへの愛を込めてゲームは自力で進めたが、結局かなりの金額を推しのためにお布施させていただくことになった)。

 ひとり暮らしのわたしの部屋には、カラーボックスで作成した推しのための『神棚』があり、買い込んだキャラグッズやレースやラインストーンをふんだんに使った手作りの飾りで華やかな一角に仕上げて、毎日祈りを捧げた。


 そのゲームの中に生きているわたしの一推しが、アランダム国の魔王のゼルラクシュ、愛称ゼル様なのだ。

 月の光に星のきらめきを振りかけたような輝く長い銀の髪に、澄んだアイスブルーの瞳を持つゼル様は、麗人とか佳人とかの言葉にふさわしい美貌をお持ちになる、クールなキャラである。

 常に無表情なところが乙女心にキュンキュン来てしまうゼル様が、こちらに向けてちらりと流し目をくださっているスチル絵をゲットした時には、あまりの尊さでときめきが止まらず、切れ長の色っぽい目を見つめると呼吸困難に陥るほどであった。


 そのゼル様が。

 尊きゼル様が。


 わたしの婚約者なのですか?


「信じられないわ。けれど……」


 わたしは両手で口元を覆い「ふひひひひ」と溢れてくる乙女らしからぬ笑い声を抑えた。


 わたしは異世界転生していたんだ!

 そういえば、日本でOLをやっていたわたしは、寝不足で会社の階段を踏み外した覚えがあるわ。

 あの時に死んで、でもってアネットとして生まれ変わったんだね。

 ヒャッホウ!


 段々と前世の記憶が蘇ってくる。

  

 あー、だからこの世界の人たちは美形がやたらに多いんだわ。

 うちの家族も、他の家族も、みんな本当に綺麗なんだもん……わたし以外は。

 ブリジッタお姉様に「卑屈な事を言うのはおやめなさい、シュトーレイ家の令嬢として恥ずかしいと思わないの? アネットは愛嬌があって明るく可愛らしいのだから、それで充分価値があるじゃないの! いえ、わたしは別に、お前のことを気に入っているとかそういう意味で言ったのではなくってよ」と叱られてしまうので、口には出さなかったけれどね。

 わたしがひとりだけ毛色が変わった令嬢だったのは、きっと前世持ちだったからなのだろうと思う。


 わたしは、馬車の中で挙動不審になった花嫁候補を心配そうな顔で見ている、エルにチラッと視線をやった。


 このエルは、ゲームの中のお助けお姉さんだった。

 クエストをクリアできないとヒントを出してくれたり、初心者レベルの時には回復薬をプレゼントして冒険をフォローしてくれた。各イケメンキャラの内緒のエピソードも教えてくれたし、あまりにクリアに時間がかかるクエストに涙ぐんでいた時には、ドット絵のキャラとしてパーティに加わってくれたっけ。

 そう、ファンタジック・プリンセス、略してファンプリのプレイヤーが足を向けて寝てはならないキャラが精霊エルエリアウラなのである。


 ゲーム内ではドット絵とデフォルメキャラの姿でしか登場していなかったけれど、こうして三次元になると美人のお姉様だわね。


「アネット様、ご気分は大丈夫ですか? アランダム国に入って魔素が濃くなりましたから、もしや身体にお障りがあるのでは? 魔素に慣れていないと、時々起こる症状ですが、数日アランダムでお暮らしになりますと治っていくものですので、ご安心くださいませ」


 さすがはお助けキャラ、痒いところに手が届くような面倒見の良さである。


「大丈夫よ、ありがとうねエル」


 わたしは(ゲームで助けられて)高く高く積み上がった感謝の気持ちを込めて、彼女に微笑んだ。


「エルが側にいてくれるから、わたしはとても安心なのよ。あなたはわたしが(ゲームで行き詰まって)辛い時には必ず手を差し伸べて、わたしを救って(先へ進ませて)くれる女性だもの」


 エルにはゲーム内で大変お世話になったし、知り合いが誰もいないアランダム国でのこれからの暮らしでも、ものすごくお世話になることは間違いない。出会ったばかりの世話役の女性であるが、わたしはエルがどのような人物なのかをゲームで知り尽くしていたから、安心して頼ることができる。


 しかし、もちろんそんなことは知らないエルは、わたしの振る舞いに驚いているようだ。


「アネット様……会ったばかりのわたしを、そこまで信頼してくださるとは。なんて純粋で素直な姫君なのでしょう」


 ……ごめんなさい、それは誤解なの。

 わたしは笑って誤魔化した。


「それにね、ふふっ、エルはいい匂いがするし、とても綺麗だわ。森の精霊って素敵な存在ね。これからずっとずっと、わたしと一緒にいて助けてくれるわよね?」


 美人の精霊のお姉さんが「まあ……」と口元を押さえて、可愛らしく頬を染めたので、わたしは心の中で『ご褒美をありがとうございます!』と叫んだ。


 エルたんの薔薇色ほっぺ、マジ尊い。


「も、もちろんでございますわ、アネット様! このエルエリアウラはずっとアネット様のお側に仕えてさせていただきますし、どのようなことがあろうともアネット様のお味方でございますゆえ!」


「よかったわ、ありがとう」


 わたしがにこにこしながらエルの手をそっと握ると、彼女は両手でわたしの手をぎゅっと握り、そのまま頬に押し当てた。


「大地と森の色を持つ、愛らしく美しい、そして気持ちのお優しいアネット様にお仕えすることができて、本当に嬉しく思っております。ようこそ我が国にいらっしゃいました。この地で幸せにお暮らしになれることを心から祈っておりますし、このエルエリアウラが全力でアネット様を幸せにすることをお誓い申し上げますわ」


 エルの髪から細い蔓が伸びてわたしたちの手に絡み、そこから芽吹いた柔らかな若葉がそよそよ揺れる。

 

『ふたりは仲良しなのー』


『花嫁候補様は森の娘なのー』


『ずっとずっと仲良く遊ぶのー』


 羽の生えたちびっ子たちが、馬車の中を飛んではしゃぎ回った。

エルにエスパー能力がなくてよかった(*´ω`*)

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