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お嫁入り その1

「国と国を結びつけるための他国への輿入れだというのに、アネットにたったひとりで行けと? そのようなお話はおかしいですわよ!」


 扇を振り回して、ブリジッタお姉様がぷんすこと荒ぶっておられる。

 荒ぶっても美しいうちのお姉様、マジ女神でございます。


 正式に婚約が決まったので、アランダム国の要請でわたしは馬車一台に乗せられる荷物と身体ひとつで魔王の元に輿入れ(まだ婚約者だが)することになったのだ。これはわたしの前にアランダムへ向かった姫たちも同じだったらしい。


「それではいくらなんでも、アネットが可哀想すぎますわ。侍女のひとりも連れて行けないなんて、心細くてたまらないでしょうに」


「お姉様、それほどまでにわたしの事を……」


 感激の面持ちでブリジッタお姉様を見つめると、眉間にしわを寄せながら扇を開き、顔を隠してしまった。


「違います、誤解しないの! もちろんわたしはアネットの心配などしているわけではなくてよ! わたしはただ、シュトーレイ伯爵家にふさわしい婚礼道具の用意もできずに輿入れするなどという、不名誉があってはならないと考えているだけ! それだけですわよ!」


 ああ、今日も素晴らしいツンデレぶりである。

 ぷんすこ怒るツンデレ美女は、国の宝だと思う。身体から金色のオーラがぬおおおおーっと放たれて、辺りが燃え盛るように輝く。


「ブリジッタお姉様は今日もとってもお綺麗……はあ、素敵……」


「知ってるわ!」


 ちょっとだけ照れてぷんすこが弱まる美女をわたしがうっとりと見ていると、荒ぶる扇使いをなさるお姉様にお父様が言った。


「ブリジッタよ、気を鎮めなさい。それには事情があるのだ。あちらの国の都合で寂しい輿入れとなるが、伯爵家の姫にふさわしい調度をアランダム側が用意するし、王妃となることが決まったら、改めて部屋を整えると言われている。それに、アネットには充分な使用人が仕えるとの連絡が来ているから、安心するが良い」


 しかし、気がお強く妹思いのお姉様は、お父様をキッと睨んだ。


「でも、その使用人はあくまでもアランダム国の魔人たちでございますでしょう? この子の味方となり、親身に仕えてくれる者となるかどうかという点では不安がございますわ。……いえ、別にアネットが孤立して辛い思いをしたら可哀想だとか、そのような事を言っているわけではございませんわよ」


 ぷいっと顔を背けるお姉様は、明らかにわたしの心配をなさっている。

 尊い。

 優しい。

 お姉様、好き。


「令嬢が侍女も連れずに旅に出るなどという事はですね、この伯爵家の、沽券こけんに、関わると、わたしはそう申し上げているのです! アネット、にやにやしない! 顔がだらしないわよ!」


「はい、お姉様」


 わたしは良いお返事をしてから、涙目になってドレスの端っこを掴んでいるセオドアの頭を撫でた。

 輿入れの話が出てから、こうしてずっとわたしの側にいるのだ。シュトーレイ伯爵家の跡取りとして、横槍を入れたり寂しさを口にしたりということができない弟は、唇を震わせて気持ちをこらえている。


「しかも、一週間の猶予しかないですって? たった一週間でどうやって嫁入り道具を揃えろというのかしら、ふざけた話だわ」


「お姉様、お気に入りの物だけを持っていけば、あとは全てアランダム国のお道具をご用意くださるようなので大丈夫ですのよ」


「アランダムの物よりも、使い慣れたセルニアータの物の方が良いに決まっているわ!」


「あらまあ」


「……やはり、わたしがアランダム国に輿入れした方が」


「嫌です! わたしが、このアネット・シュトーレイが、アランダムに行って魔人ウォッチングするんです! おさわりも可なのですから! こればかりはいくら大好きなお姉様といえど、お譲りする事はできませんからね!」


 わたしが激しくお断り申し上げると、呆れたお姉様にため息混じりに言われてしまった。


「アネット、手をいやらしく動かすのはおやめなさい、伯爵令嬢にあるまじき下品な振る舞いですわよ」


「あら、いえ、これは……」


 どうやら、エアお触りをしてしまったようだ。

 わたしがセオドアを抱っこしてごまかすと、弟は嬉しそうな顔をした。


 うーん、やっぱりこの子を嫁入り道具として連れていっちゃ駄目かしら?


 こうして、毎日ぷんすこぴーのお姉様に叱られ(どうやらお優しいブリジッタお姉様は、ご自分の幸せのためにわたしが犠牲になるのだと感じてしまい、いつもよりもお気持ちが不安定になっていたらしい)潤んだ瞳の美少年に見つめられながら、わたしは身の回りの荷物をまとめてアランダム国からの迎えを待った。


 それにしても、遥か遠くにあるアランダム国の迎えがたったの一週間後に到着するとは、この話はずいぶんと前から進んでいたのね。

 どうしてお父様はぎりぎりまで隠していらしたのかしら?

 まさか、国王陛下にお断りを申し上げ続けていたとか?

 陛下に歯向かったということでお父様のお立場が悪くなっていたら大変だから、わたしがしっかりとアランダム国の王妃の座につけるよう、努力しなければならないわ。


 魔人たちの国からとんでもない馬車(?)が到着するまで、わたしはそんな勘違いをしていたのだった。






 そして、一週間後のこと。

 玄関ホールには、大きな旅行鞄や衣裳鞄が並んでいる。服やアクセサリーや、お気に入りの小物が主な荷物だが、ちゃんと馬車一台に乗るのか心配である。

 お父様は「持って行きたい物は、遠慮なく荷造りして大丈夫だぞ」と笑っていたので、きっとアランダム国の馬車は巨大なのだろうと思う。


「そろそろ到着の時刻になるが」


 こういう時には、時間を調節してなるべくちょうどの時刻に馬車を到着させるのがマナーである。

 そして、見事なジャストタイムに、ドアがノックされた。


「おかしいわ。馬車が着いた音がしなかったわね」


 馬が引く(まあ、馬車ですものね)ので、ひずめの音や車体がガタガタと揺れる音がかなりするはずなのに、なぜかほとんど無音だったので、わたしは不思議に思った。


「それでは皆様、ご機嫌よう」


 旅行用のドレスを着たわたしは、玄関ホールに並んだ家族と使用人たちにお別れのお辞儀をした。


「アネット、達者で暮らしなさい」


「姫様、どうぞお健やかに」


 別れの言葉に笑顔で応えて、わたしは執事が案内してくるはずの迎えの客人を待った。


「旦那様! あの、これは、なんというか……」


 執事がひとりで戻ってきて、かなり狼狽えた様子を見せたので、その場にざわめきが起きた。


「本当に、ご案内してよろしいのでしょうか?」


「……構わぬ」


 お父様は落ち着いた様子で答えた。


 どうしたのだろうか?

 うちの執事はいつも冷静沈着で、何があっても動じない初老の男性なのだ。

 それが、動揺を隠しきれていない。


 執事が足早に玄関に戻り、大きく扉が開かれた。


 え、何これ、眩しいわ!


「アランダム国の魔王陛下の命により、花嫁候補様のアネット姫様をお迎えに参りました、エルエリアウラと申します。ご当主よ、この屋敷に足を踏み入れるご許可を」


「うむ、許す」


「ありがとう」


 にっこりと笑って玄関ホールを滑るように進むのは、長い緑の髪に緑の瞳をした、緑のロングドレスに身を包むスレンダーな美女であった。身体の周りには、陽光のきらめきのような金の光が揺らめいている。


 一目で人外の存在だとわかる美女は、驚愕で口を開けた、玄関ホールの一同に向かって笑いかけながら言った。


「ご機嫌よう。わたしは花嫁候補様の世話役を申しつかっておりますエルエリアウラですわ」


『おりますなのー』


『花嫁候補様なのー』


『わあ、可愛いなのー』


 美女の周りには、背中に羽の生えた緑色のちっちゃな子どもたちが飛び回っていた。彼らは『花嫁様ー』『花嫁様ー』『花嫁様に決定なのー』と口々に言いながらわたしに近づいてきて、笑いさざめきながら周りを飛び回った。


 一目でわかる!

 この子たちもめちゃくちゃ人外だから!


『大地の色の髪を持つのー』


『森の若葉の瞳を持つのー』


『可愛いのー可愛いのー可愛いのー』


 何このちびっ子たち。

 君たちが可愛いのー。


「まあ、アネット姫様はなんと魅力的なお嬢様でいらっしゃるのでしょうか。愛らしき姫君よ、どうか我が君の花嫁になってくださいますよう、森の精霊エルエリアウラからも心よりのお願いを申し上げます」


 緑の美女が両手を差し伸べると、そこから木の細枝が多数生えて葉を繁らせた。

 おおお……と声にならないどよめきが起こる。

 魔人がどのような人々なのか、誰よりもわかっているはずのお父様も、口元をひくひくさせている。

 わたしは心の中で(歩く観葉植物……とってもエコロジカルだわ)と呟いた。


『お願い申し上げるのー』


『お嫁さんになってなのー』


『ねえ、頭に乗ってもいいのー?』


 このちびっ子さんたちもとってもフリーダムな方々だ。

 一匹……じゃなくて、ひとりは頭に乗ってきた。

 可愛いからいいけどね。


「……妖精? あれは、妖精なのか?」


 誰かが言った。


「信じられない……空を飛んで……」


「あれがアランダム国の人々なのか」


 アランダム国の不思議なお迎えの登場に、わたしの背後では皆が凍りついている。

 さすがのお父様も、何も言えなくなっている。

 仕方がないので、頭にちびっ子を乗せたままわたしが挨拶をすることにした。


「エルエリアウラ様、お小さい皆様、遠いところからお迎えにいらしてくださって、ありがとうございます。シュトーレイ伯爵家の次女、アネット・シュトーレイと申します。どうぞよしなに」


 すると、美女の髪が波立ち、さわわわっと葉が噴き出した。さらに緑化が進んだようだ。


「アネット姫様、ご丁寧なお言葉をありがとうございます。わたしのことは、どうぞ『エル』とお呼びくださいませ。親しい者はそう呼びますし、わたしは是非とも姫様と親しくなりとうございますゆえ


 優しく心地よい声音で美女が言い、微笑んだ。

 夢のように美しい。

 こんな綺麗な人がわたしの世話役になって身近にいてくれるなんて、かなり嬉しい。


「では、エル様と」


 エルエリアウラという名前はとても素敵だと思うけど、愛称で呼ぶととても親しい感じがするから嬉しい。

 わたしのことも、『アニー』と愛称で呼んでもらいたいくらいだ。


 美しいお姉様がちょこっと首を傾げて言った。


「いえ、呼び捨てで『エル』とお呼びくださいませ。アネット姫様は、我らが敬愛するゼルラクシュ国王陛下のお妃候補様でございますので、どうぞそのようにお願い申し上げます」


 身分というものがあるので、これは仕方がない。

 残念だが『アニー』呼びをしてもらうのも難しそうである。


「わかりました。エル、よろしくね」


「はい、アネット姫様」


 美女がにっこり笑うと、葉っぱがさわさわと鳴った。


「あら、これは失礼いたしましたわ」


 エルが肩をすくめると、枝と葉が綺麗に引っ込んだ。

 出し入れ自由で楽しそう。


 他にはどんな方がいるのだろう? と、わたしは期待に胸を膨らませるのであった。

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