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【書籍化】政略結婚の相手は推しの魔王様 このままでは萌え死してしまいます! (旧 推しの魔王様!)  作者: 葉月クロル


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混乱 その3

 わたしはシャザックを斬り捨てる気満々な黒薔薇の騎士を止めた。


「こんなわたしの為に、ラミアお姉様のお手を汚さないでくださいませ」


 あと、あんなに駄目な人でも仕事だけはちゃんとできるので、いなくなるとゼル様の負担が増えて困るのだ。


「妾の剣はアネット姫の為にあるのじゃよ。姫の為なら、わらわは修羅の道を歩もうぞ」


「お姉様……」


「アネット姫……」


 わたしは凛々しい黒薔薇の騎士と見つめあった。


「どうでもいいですから、早くこれを解いてください、わたしの誤解でした、はい、すみませんでした! さあ、解いて!」


 全然反省していないシャザックが喚いている。


 やっぱりラミアお姉様の剣でみじん切りにしてしまった方が良いかしら? シャザックの下で働く文官たちもかなり仕事ができるから、彼の穴はすぐに埋まる様な気もするわね……。


 わたしがゴミを見る様な目で逆さ吊りの宰相を見ると、彼は「えっ、斬らないって言いましたよね? さっき言いましたよね?」とまた元気なミノムシの様に暴れ出した。


 うるさい影男を無視して、わたしはゼル様に向かい合った。


「ゼル様は……わたしが心変わりをしたと、そう思われていたのですわね」


 胸が痛い。

 なぜなら、わたしはこの世で最も辛い目にあったからだ。

 それは、推しに、推しへの愛を疑われた事。

 わたしは前世でも今世でも、すべての愛と人生(とお金)を推しに捧げてきた。その想いを推し本人に疑われて……別の人を愛したと思われてしまった。

 推し以外に浮気をしたと!

 これはすなわち、アネット・シュトーレイに対する全否定なのだ。

 わたしの存在は塵芥ちりあくた以下だと、推しに判断されたのと一緒である。


「アネット……」


 わたしは両手で首輪を持った。


「悔しいです。本当に、悔しいです。わたしの気持ちはゼル様に伝わっていませんでしたのね、わたしがお慕いする殿方はゼル様ただひとり、生まれる前も生まれた後もずっとゼル様だけがわたしの愛を捧げるお方ですのに! それを疑われていらしたなんて、わたし、わたしは……」


 両手に膨大な魔力が流れ込み、力を失った首輪と鎖は元の長い髪の毛に変わって床にはらりと落ちた。


「なんと、我のかせを自力で外すとは……」


「そんなゼル様のお心に気づかないで、わたしったら……」


 そう、悔しいのもあるけれど、それ以上に問題があるのだ。

 わたしったら勘違いして、ゼル様に向かって、あんな事を言ったり、あんな事をやったり!


 いやあああああーっ!

 恥ずかしいーっ!


『ゼル様の変態趣味は存じておりますわ、うふふふ』と、大暴走してしまったわたしの事を、ゼル様はどうお考えだろうか。四つん這いになって、お尻を示す婚約者を見て、ゼル様は……。


 うわああああああーっ、穴があったら入りたいわ!

 わたしの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ーっ!


「ごめんあそばせ!」


「アネット!」


 わたしは両手で顔を隠しながら猛ダッシュで部屋を後にした。





 そのまま王宮の建物を出て、大好きな庭園に行く。そして、ゼル様の青い薔薇の植え込みの前まで走って足を止めた。ドレス姿だから速度は出なかったけれど、少し息が弾んでしまった。シュトーレイ家にいる時は、こっそりとお転婆をしてセオドアと追いかけっこなどしていたから、これくらい走ってもなんという事はなかったのに、アランダムではスポーツは乗馬しかしていないから、身体がなまってしまった様だ。


「こんな体力ではとても王妃など務まらないわ……王妃になれるかどうか、わからなくなったけれど」


 わたしが悲しい気持ちで半透明の薔薇に手を伸ばすと、「我の王妃はそなたしかおらぬ」と声をかけられたので、驚いて飛び上がり、振り向いた。


「ゼル様、いらしたの? 全然気づきませんでしたわ」


 音もなく忍び寄るとは、さすがはゼル様ね。

 彼は目尻を2ミリ下げて哀しげに笑うと「そなたとふたりきりで話したかったのだ」とおっしゃって、そのまま「すまぬ!」と頭を下げた。


「おやめくださいませ! 国王たるものが、わたし如きに頭を下げるなどと……」


「不確かな言葉に心を揺るがせてそなたの真心を疑った我には非がある。そなたには辛い思いをさせてしまってすまなく思っておる。怒り心頭なのはわかってあるが、なんとか、堪忍して……我を許してくれぬか?」


 頭を下げたままのゼル様が、少し顔を上げて上目遣いにわたしを見た。その顔が、大変失礼だけど、悪い事をしてごめんなさいしている犬の様に見えてしまい、わたしは思わず噴き出してしまった。


「んもう、ゼル様ったら。許さないわけにはいきませんわ。だって、わたしはどんなゼル様のお姿も大好きなんですもの」


 その美しいかんばせに両手を差し伸べて、そっと持ち上げると、わんこと化した魔王陛下の顔に赤みが差した。


「そ、そうか。やはりそなたは……アニーは優しくて可愛くて心の広い素晴らしき姫であるな。そなたをアランダム国の王妃に迎えねば、我は全国民に非難されて地の果てに追いやられてしまうであろうぞ」


 ゼル様が冗談をおっしゃってるわ!

 クールなゼル様が!

 なんてレアな……このご褒美を頂いただけで、アネット・シュトーレイは大満足ですわ。


「アニー、そなたに先入観を持たれぬ様あえて口止めをしていたのだが、シュトーレイ国よりやって来たふたりの姫達について、話そうと思うのだ」


 そうしてゼル様は、ずっと気になっていたミシェール様とマリアンヌ様の顛末てんまつを話してくれた。


「……そのように、我の元に輿入れするはずであった姫達は、我以外の男と……真実の愛を育んで……我は、仕方がない事だと割り切ろうとしたが、裏切られたという思いで心をさいなまれていたようだ。そして、シャザックの勘違いの報告を聞いた途端、自分でも驚く程の焦燥に駆られてしまったのだ。どのような非道な手段を取ろうとも、そなたを他の男には渡したくなかった……それは、国王としての判断ではなく、我の……我の独占欲と醜い嫉妬心だ」


 ゼル様は、自分を恥じて辛そうな表情になった。


「そうでしたのね」


 冷静なゼル様が、まさか事実の確認を怠る程動揺して嫉妬するなどとは思いもよらなかったのだが、二度も花嫁候補に裏切られたという辛い事件があったと聞いて納得した。


「……ゼル様。その姫達のことは、これっきり忘れておしまいになってくださいませ」


 わたしは淡いブルーの瞳を覗き込んで言った。


「ミシェール様とマリアンヌ様には、細い糸ほどの縁すらなかったのでございますわ。ゼル様の妻となるのは、ゼル様を全世界で一番お慕い申し上げて、何があろうとも微塵みじんも揺るがない愛をお誓いする、このアネット・シュトーレイなのですから! わたしとゼル様の間には、とてもとても強い運命的な絆があって、余計な縁など断ち切ってしまったのでございますわ」


「アニー……」


「ゼル様、わたしは貴方を永遠に……」


「お待ち、アニー」


 ゼル様の細くて長い人差し指が、わたしの唇をそっと押さえた。


「可愛い我のアニー、それは我に言わせてくれ」


 陽の光を透かして輝く青い薔薇の園で、この世のすべての美を集めた様な麗しい魔王陛下はわたしの手を取り、指先にその唇を押し当てた。


「アニー、我はそなたを愛している。そなたが他の男となにかあったという疑いだけで気が狂いそうになる程、我はそなたに夢中なのだ。我のすべてはそなたのものだ。我の永遠の愛を受け入れて貰えるだろうか?」


「……はい、ゼル様。わたしも貴方を心から愛しております。わたしの心も、何もかもすべてが、永遠にゼル様のものですわ」


「アニー……我は本当に、そなたを永遠に離さぬぞ?」


「ええ、ずーっとずーっとゼル様のお側におりますわ。離したりしたら、堪忍致しませんわよ?」


「望むところだ」


 泣き笑いするわたしの涙を指でそっと拭ってから、ゼル様はわたしの鼻先にちゅっとキスをした。

 そのまま見つめ合い、ふたりの唇が……。


「陛下ーっ! 緊急事態ですよ! 大変な事が起きましたーっ!」


 大騒ぎをしながらやってくるのは、不粋な宰相シャザックだ。

 わたしは内心で溜め息をついたが、彼の話を聞いて顔をこわばらせた。


「先日の封印の時に、ドラゴンにあざむかれておりました! 奴は弱体化したように見せかけて、実はドラゴンゾンビと変異していたのです。封印を破って地の底より舞い上がり、陛下のお力を恐れてかアランダム国より遥か遠くへと飛び去ったのですが、その先には人間の国、セルニアータがあるのです!」 

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