異変 その6
ラミア姫の身を包むのは、煌びやかであり実用的であり、しかも鑑賞に耐え得る芸術的な騎士服である。
濃い紫のかっちりしたデザインの服には、ミスリルで作ったモールをふんだんに使ったので、それが虹色に光を反射して華やかな雰囲気に仕上がっている。胸元には水色と白のストライプのリボンが飾られて、その中央には蛇一族の瞳の色とされている美しい大粒のルビーをあしらった。
白いパンツに黒のロングブーツを履いている脚はすらりと長く、先程ラミア姫が『剣を振るう』と言っていた通りに訓練で鍛えられた美脚である。
「大変よくお似合いでございますわね」
エルが声をかけると、ラミア姫は「……うむ。これは予想外だが、この殿方用の服はわたしにしっくりと馴染んでいるように感じるな」と鏡の中の自分の姿に驚いている。
「着心地が良いし、動きの邪魔をしない素晴らしい服じゃのう。いやはや、妾は驚いたぞ。アネット姫に花開いた才能は、かなり稀なるものであるな」
「お身体に吸収したのが、ほとんど魔王陛下の魔力でございましたからね。そのせいもあるのでしょう」
「なるほど」
騎士服を身につけたラミア姫は、背が高くて背筋がすっと伸びた姿勢の良い女性だし、戦闘にも慣れているので動きにキレがあるし、違和感なく着こなしているのだ。
さっきのごてごてした真っ赤なドレスを着ている時よりも、美人度が十倍上がって、もはや『尊い』域に達している。
ラミアたん、ハアハア。
等身大の着せ替え人形にしたい。
いや、する♡ これ決定♡
この気持ちがバレるとものすごーく嫌な顔をされそうなので、ぐっと押し込めて表情には出さないけれど。
ちなみにわたし達は「きゃあっ、ラミア様が素敵すぎるっ! これは、この気持ちは何かしら?」「皆様、これは『萌え』なのよ。やっぱりラミア姫は男装の麗人だったわ。わたしの魂にビビッと来たのよ、この方に騎士服を着せなくてはならないって」「さすがですわ、アネット様」「まさかラミア姫がこんなにカッコいいなんて、誰も思わなかったにゃ」「新しい扉が開きましたわね」などときゃあきゃあ騒ぐのに忙しい。
メイド女子のひとりが重々しく頷いて言った。
「まさしく天啓でしたわね。さっきの、頭にとぐろを乗せていたラミア姫は、なんというか、収まりの悪さが先に立ってしまっていらしたもの。今のお姿とは別人ですわね」
「そうだにゃ、あの頭は変だといつも思ってたにゃ。こっちの方がずっといいのに、なんで蛇のお姫様は頭に巻きぐ……」
「それ以上は駄目よ、ミーニャ!」
わたしは素早く猫ちゃんの口を塞いだ。
黒髪で作られたアレは、先端が髪油でツンと尖らせてあるし、確かに淑女が口に出してはならない言葉の『巻きぐ◯』にそっくりだった。しかし、それは心で思っても、絶対にぜーったいに口に出してはならない言葉なのだ。
わたしは蛇一族の女性陣と戦争をしたくない。
「あれはおそらく、とぐろを巻く蛇を表した髪型として蛇の女性の皆様がしているのだと思うの。きっと伝統あるスタイルなのよ」
「あ、とぐろだったにゃん! てっきり、巻き……」
メイド女子が三人がかりでミーニャの口を塞いでくれたので、わたしは安心した。
幸いラミア姫は服装のチェックに夢中で、ミーニャの失言に気づいていない。
「しかもですね、ラミア姫」
『黒薔薇の騎士コスプレ』を完成させるために、表は黒、裏は赤のマントをラミア姫に着せ掛けながら、エルが説明をする。
「この服は魔導具となっております。蛇の皆様は動きが素早くて高い攻撃力がおありですわね」
「うむ、そうじゃ」
「しかしその一方で、防御にはあまり長けていないという難点がございます」
「残念ながら、否定はできぬな」
身体が軽く俊敏であるため回避特化である蛇一族は、防御力がかなり低いのだという。
「この服には魔力をよく通すミスリルを使って、魔法が重ねがけされていますのよ。これを身につけていれば、ラミア姫はほとんどの攻撃をノーダメージでいなすことができる筈です」
「なんと! それが真ならば、これは国宝級の防具ではないか!」
そう、この騎士服をセットで着ると、攻撃が表面でつるっと滑って通らなくなるのだ。キラキラのミスリルをたくさん使いたくて天啓のままに作ったら、そんな効果が勝手についていたので驚いたけれど……それがアネットクオリティだと納得するしかない。ゼル様うちわだって、回復能力を付けようなんて全然思わなかったけれど、いつの間にか魔導具になっていたのだ。
「……どれほどの財宝を積めば、この服を手に入れることができるのじゃ?」
「あ、それ、ラミア姫のです」
「……何と申した?」
「だから、ラミア姫の身体に合わせたラミア姫専用の騎士服ですからね、差し上げますわ」
「そなたはまた、戯けたことを! 国宝級の魔導具を、そう簡単に貰うわけにはいかないじゃろうが!」
「別に国宝を作ろうと思ったわけではないんです。ラミア姫の魅力を引き出すファッションを求めたらそうなってしまっただけで……だから、貰ってくれないと困りますわ」
他にもテールコートとかファンタジー世界の戦場よりも舞踏会が合う軍服とか、ラミア姫にはいろいろと着せたいデザインがあるし……真っ白なシルクのふりふりが付いた服で、窓辺で風に吹かれながら紅茶を召し上がる姿をずっと眺めていたい、なんて願望もあるし。
この国にお嫁入りする重要な目的は、政略結婚というのは勿論だけれど、美人さんの観察でしたものね。
一番の美人さんはゼル様ですけれど。
「いや、対価は支払おう。我らは施しを受けるような真似はせぬのじゃからな」
蛇一族は、お堅い一族のようだ。
だが、このお堅さではこの先のコスプレ祭りに支障があると思って悩んでいると、エルが助け舟を出してくれた。
「それでは、ラミア姫にはアネット様付きの護衛騎士になっていただく、というのはいかがですか?」
「護衛騎士とな?」
「ええ。ご覧の通り、アネット様のお部屋は諸事情により男性は立ち入り禁止となっておりますの。男性の騎士は、この部屋に近寄る事すら禁止となっていますから、今は部屋の外で羊一族が護衛の任務についているのですが……やはり身近に女性騎士がいてくれれば安心だと思いますのよ。ねえ、アネット様?」
ナイス!
ナイスですわ、エル姉さん!
よくわかっていらっしゃる!
「そうなのよ、ラミア姫。わたしはこれから王妃となるわけだし、そうなると公務にも関わっていく為、行動範囲もかなり広がってくるわ。腕に覚えのある女性騎士が近くにいてくれたら安心だなって、ずっと思っていたのよ。もしもラミア姫のご都合がよろしかったら、引き受けてくださるとありがたいのだけれど……どうかしら?」
「妾がそなたの騎士となるわけか……確かに、妾は剣技には自信があるし、正式な王妃の護衛騎士になるのは名誉ある事であるから、我が一族から任命されたとなると……」
小娘の護衛なんてできるか! という事態にはならないようで、ほっとする。
「任務中に身につける服は、わたしが責任を持って良いものを支給するわ。ラミア姫の戦力が上がることで、わたしの安全度も上がるのですから当然よね。その服を始めとして、今後も防御力の高い服を作るつもりよ」
本音は『趣味に走ったコスプレ服を作るつもりよ♡』ですけどね!




