異変 その5
「それでは早速、この服を身につけてくださいませ。皆様、お手伝いをお願い致します」
わたしがそう声をかけると、忠実な側仕え女子達が素早く服を手に取りお着替えのスタンバイをする。
けれど、それらは本来ならば男性が身につける服なので、ラミア姫はいまひとつ理解できない様子である。
この世界には『コスプレ』というものは存在しないし、男装の習慣はないし、麗しきお姉様方の某歌劇団もないのだ。
「妾にこれを着ろと申しておるのか? 確かに、かなり品質の良い、妾にふさわしい品であるようじゃな。ふむ、この飾りのモールにはミスリルがふんだんに使われているようじゃ。何とも贅沢な衣装であるな。しかし……」
バスローブ姿の美女も目の保養になるが、わたしの萌えはそのようなレベルで満足できるものではない。
なので、瞳に力を込めて、ラミア姫に迫る。
「どうか、着て、くださいませ」
「……正直言って、そなたの感性は優れていると妾も感じておる。だが、妾は確かに剣を振るうが、一族の姫であるぞ。このような殿方の服を着ると滑稽になるやもしれぬから……気が進まぬのう……」
バスローブ姿のラミア姫は服に手を伸ばして、その滑らかな手触りが気に入ったようで「良き品じゃのう……」と何度も撫でながら考え込んでいる。
「これがドレスだったら、躊躇わずに身につけるのじゃがのう」
エルが優しく促した。
「ラミア姫、早く着ないと、せっかく温まった身体が冷えてしまいますわよ? それに、似合うか似合わないかは着てみてご確認なさればよろしいですわ。拝見するのはこの部屋にいるわたし達だけですもの、さほどお気になさらなくても良いのではないかしら」
「そうですわ、ラミア姫。我らがアネット様がお作りになった服の、着心地を確かめてみるという気軽なお気持ちでお試しください」
「ドレスの試着と同じですもの」
「まあ、そう言われてみれば、そうやもしれぬが……」
どうやらラミア姫は、自分がどう見られるか、どう思われるかという事をとても気になさっているみたいである。
先程よりも姫の態度がかなり軟化しているのは、わたしが指示した髪型にしたら、明らかに美人っぷりが増したからというのも大きいと思う。
髪を下ろして良くブラッシングをし、その艶を生かした巻き毛にしたら、ラミア姫はお化粧をしなくても本当に綺麗なのだ。
あ、髪の油と共に、悪役令嬢のようなセンスのないメイクもすべて落とさせていただいた。
それから、お風呂上がりの果実水が美味しかったというのも高ポイントだったかもしれない。飲んだら姫の顔が『ぱああああっ』となり、飲み終わると「お代わりをたもれ」とおねだりしていた。
蛇さん、可愛い。
ぷんすこ美女の見せるあどけない笑顔とか、ご馳走すぎる。うまうま。
考え込むラミア姫に、エルが言った。
「ラミア様、こちらはアネット様がその稀なるお力で、ラミア様の為にたった今作り上げた貴重なお品なのですよ」
「何? たった今と申したか?」
ラミア姫が口をへの字にした。
「これを、この非常に手の込んだ衣装を、見た目も手触りも最高の一級品を、この小娘……アネット姫が、妾が入浴している間に作ったと申すのか? 人間の娘がひとりで? そのような事はとても信じられぬ。そなた達、妾を謀ろうとしているのではあるまいな?」
ラミア姫は服から手を離して、不機嫌そうに言った。
けれど、エルは気にしない。
「そのような事をいたしましても、アネット様にはなんの利もございませんわ。信じられなくとも、真実でございます。それがアランダム国にいらしてからすぐに開花された、素晴らしきアネット様の能力なのですよ」
「能力……ほほう」
そうなのだ。
今はまだ意識して発動することができない(というか、激しく萌えに駆られると身体が勝手に動いて使ってしまう能力だ)のだが、わたしも魔法(推し活動グッズ作成能力)を使えるようになっていたのだ!
魔王陛下のお嫁さんが魔法を使えないのも肩身が狭いと思っていたので、ちょっと嬉しい。
「だが、何故殿方の服なのじゃ?」
わたしは両手を組み合わせてお願いポーズを取った。
ちなみに、ブリジッタお姉様にこの姿でおねだりをすると「アネット、みっともないからあざとい仕草はおやめなさい!」とぷんすこしながら大抵のお願いを聞いてもらえる。
お優しいお姉様、大好き。
「その理由は、そちらのデザインの服がラミア姫から新しい魅力を引き出すからです! わたしの萌えが、ラミア姫の為に服を作るようにとわたしを突き動かしたからです! ああ、お美しいラミア姫がお風邪を召したらいけませんわ、鼻を垂らした姫様などというお姿は拝見したくございませんもの。皆様、速やかにお着替えをお手伝いなさって」
「承知致しました、アネット様」
「お鼻がたらーんしたら、みっともないですものね」
「美人の鼻水なんて、需要がございませんもの」
「そなたらは! 妾を上げているのか落としているのかはっきりせんか!」
文句を言いながらも、鼻水たらーんになりたくない様子のラミア姫はバスローブを脱ぎ捨てて、おとなしく用意した服を身につけてくれた。
「ふむ、妾の身体にぴったりじゃ。これは驚いた事じゃのう、これ程までに動きやすくて快適な服を身につけたのは初めてじゃ」
着てみたら快適だったようで、ラミア姫は笑顔で身体を動かして着心地を確かめている。
「これがそなたの能力であるのか。なかなかのものじゃ」
「……はい、ありがとうございます。先程ラミア姫の……サイズをお測り致しましたから……ぴったりの仕上がりになりましたわ……」
「いつ測ったのじゃ?」
「ちゃんと、『サイズそーくてい♡』と、ご説明を申し上げたではありませんか……」
「何だと? 妾は怪しき呪文を唱えられたのだと思っておったぞ。……うん? そなた、どうかしたのか?」
ラミア姫が怪訝な顔でわたしに尋ねた。
「ずいぶんと顔がだらしないが」
まあ、お姉様にそっくりな事をおっしゃって……。
それにしても、ああ。
なんてお似合いなのかしら?
「側仕えの者達、そなたらの顔もかなりだらしないぞ。しっかりせんか」
「こ、これは……」
「これはまさしく黒薔薇の騎士様!」
「なんという凛々しさ美しさなのでしょうか。さすがはアネット様ですわ!」
皆様、頬を染めてラミア姫に見惚れている……いいえ、今のラミア様は、姫ではなく黒薔薇の騎士様だわ!
「なんという事でしょう! ラミア姫、早く鏡をご覧になってくださいませ」
エルがラミア姫をくるりと回して、鏡の前へと押しやった。
「エルエリアウラよ、いくらそなたでも不用意に妾の身体に触れる事は……な……なんじゃ、これは」
黒薔薇の騎士に変身した美女は、自分の姿を見て言葉を失った。
「これが……これが妾なのか?」




