異変 その4
「蛇一族のラミア姫がわたしのお部屋に遊びにいらしてくださいましたわ」
せっかく部屋の前で警備をしてくれていたフレッドに紹介しているのに、ラミア姫が元気過ぎる。
「違う、離せ、離すのじゃ! この、怪力小娘めが!」
ふふっ、お転婆さんね。
「えっ、ラミア姫? ……ご機嫌麗しゅう」
羊のフレッドは驚いた顔をしたが、すぐに綺麗な礼をした。そして、ドアを開けてくれた。
ミーニャが先に入って、メイド達に声をかけた。
「皆様、アネット様のお客様ですにゃー、おもてなしのお仕度をするにゃん」
「まあ、いらっしゃいませー」
「ラミア様、いらっしゃいませー」
「あらあら、ようこそおいでくださいましたー」
メイド達も頭を下げて歓迎する。
「そなた達は、これを見てなぜ冷静なのじゃ! 妾は蛇一族の姫なるぞ、剣技に長けた我が一族でも実力者と言われておるラミアなるぞ!」
わたしに強く引かれて身体が斜めになったラミア姫が抗議する。
ミーニャが腕組みをして「なぜとは……うにゃーん」と考える。
そして、両手をぽんと合わせた。
「すっかり仲良しになったにゃんね?」
「違うわっ!」
「さあラミア姫、わたしのリビングにようこそ! 麗しき魔王陛下のお心遣いで、このように素晴らしく居心地の良いお部屋に整えていただきましたの」
わたしが全力で蛇のお姫様をリビングルームまで引きずってくると、勢い余ったラミア姫はソファに倒れ込み、慌てて立ち上がった。
「小娘、何を落ち着いて『遊びに来た』などと紹介しておるのじゃ! そなたが妾を無理に連れてきたのであろうが! これは拉致じゃ、拉致監禁じゃ!」
「まあご冗談をおっしゃって。非力な女性であるわたしがそのような恐ろしい事ができるわけないではございませんか」
「どこが非力じゃ! 全世界の非力な女子に謝るが良い!」
「皆様、ラミア姫はこの通りとても照れ屋さんの蛇のお姫様ですのよ。ラミア姫、大丈夫ですわよ、こちらのお部屋にいらっしゃる皆様は優しくて良い方ばかりなので、怖くありませんわ。さあ、仲良くいたしましょう」
「いい話風にまとめるでない! あと、そなたは人の話をきちんと聞け!」
「怖くない、怖くない」
「人の、話を、きちんと、聞け! そんなそなたが一番怖いわ!」
「あらまあ、ほほほほ」
ぷんすこと怒る姿がブリジッタお姉様を思わせるので、わたしは懐かしさと愛しさでいっぱいになり、ラミア姫に笑いかけた。
美女のぷんすこはわたしにとってはご褒美である。
「側仕え達もこの小娘をなんとかせぬか!」
「……まあ、アネット様でございますからね」
「仕方ありませんね」
「ええ、仕方ありませんわ」
メイド女子達は少し驚いたようだったが、肩をすくめるようにしてすぐに妙な納得をした。
「仕方がないとはどういう事じゃ! 蛇一族の妾を攫うなどという不届きな振る舞いを、そう簡単に許すわけにはいかぬぞ」
「まあ、攫うなどとは人聞きが悪いですわ。わたしはラミア姫の新たな魅力を引き出すようにと天啓を受けたので、それを遂行する為にこちらにお招き申し上げたのでございます。ささ、観念なさってくださいませ」
「観念できるわけがなかろう、っと、何をする」
「はい、サイズそーくていっ♡」
わたしがラミア姫にぎゅっと抱きつくと、彼女は「ぎゃああああーっ!」と本気の悲鳴をあげた。
「思った通りのナイスバディでございますわね」
「そなたは何を考えておるのじゃ!」
「んんー……ラミア姫はとても良い匂いがします?」
「それは思考ではなくて感想であろうが!」
「んんー……素敵な弾力です?」
「離れろ変態娘ーっ!」
「あら心外な」
わたしが離れると、ラミア姫は両手で自分を抱きしめながら「悪寒が、身体中に寒気を感じるのじゃがっ」とぶるぶる震えた。
「寒気ですか。丁度よろしいわ、ラミア姫を浴室にお連れして、髪も身体も良く洗って差し上げてね」
ラミア姫が、目を見開いて「ひっ!」と声を漏らした。真っ赤な瞳がまん丸になってとても美しい。
「特に髪は、こってりと髪油がついていて重い質感だから、サラサラに仕上げてからゴージャスな感じにこてで巻いて、背中に垂らしてね」
正直言って、センスのかけらもない髪型なのだ。ドレスといいヘアスタイルといい、蛇の一族のファッションセンスは最高とは言い難い。
「承知致しました。お任せくださいませ、アネット様」
「承知するでない! 妾は風呂など不要なるぞ」
「ラミア姫、寒気がなくなるまでよく温まっていらしてね。では皆様、よろしくね」
「不要と言っておるのだ、『よろしくね』ではないわ!」
わたしはこてんと首を傾げて言った。
「あら……もしやラミア姫はわたしと一緒にお風呂に入りたいのかしら?」
その言葉を聞いた途端、「それだけは嫌じゃ……」と蛇のお姫様の身体から力が抜けた。ラミア姫はミーニャとメイド女子達におとなしくお風呂に連れて行かれた。
「さあエル、用意して貰いたい物があるの」
「このエルにお任せくださいませ」
頼りになるお助けお姉さんは、わたしが言うたくさんの材料を探しに部屋を出て行った。
小一時間が過ぎて、ほかほかになったラミア姫がバスローブ姿でわたしの作業用の部屋にやって来た。もちろんわたしが指示した通り、変な形に高く結い上げられていた黒髪はサラサラの艶々になり、しっかりと巻かれて美しいカールを形作っている。
「良い湯であった」
エル特製の入浴剤で身も心もリラックスしてしまったらしいラミア姫は、頬を染めてお礼を言ってから悔しそうに「くっ!」と言った。
そうそう、わたしには、趣味のグッズを作ったりする為の部屋がちゃんと用意されているのだ。先日は推しうちわも作ってみた。表に『ゼル様、好き♡』裏に『こっち向いてKISS☆』と書かれて、デフォルメゼル様のクール可愛いイラストを添えたこのうちわは布教用に作ったのだが、なぜか皆に「畏れ多くて使えません」とお断りされてしまった……シャザック以外は。
あの宰相は「どうしてあなたは才能の無駄遣いをして、このようなものを作るのですか」なんてぶつぶつ言いながらも、しっかりうちわを持ち帰っていた。
こんなところが憎めない、お茶目な陰険眼鏡なのである。
ちなみにこのうちわ、扇ぐと疲労が回復するという魔導具に仕上がっていた。
「喉がお渇きになったでしょう。ラミア姫にお飲み物をお持ちして頂戴。そうね、薔薇の風味のついた冷たい果実水がよろしいかしら」
「承知致しました」
お風呂上がりにわたしがよくいただく果実水は、爽やかな酸味と果物の自然な甘みがあり、ふわっと薔薇の香りがする美味しいものだ。これもエルが作ってくれた。大変有能なお姉さんである。
「……ところで、なぜこのような部屋に妾を案内したのじゃ?」
わたしはエルに頷いた。
美しい緑の髪の精霊女王は、その毛先を細い枝に変えて伸ばし、ハンガーにかかっていた服を一揃い手元に引き寄せてラミア姫に見せた。
「これは騎士服のように見えるが?」
「そうですわ。これこそがラミア姫の為にお作りいたしました、ラミア姫……いいえ、黒薔薇の騎士の為の服ですわ!」
じゃじゃーん!
わたしは両手でひらひらを作り、ラミア姫にわたしの最高傑作を披露した!
「ほほう……いや、なんじゃそれは?」
ぽかんとした表情のラミア姫は、幼女のように可愛らしかった。




