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【書籍化】政略結婚の相手は推しの魔王様 このままでは萌え死してしまいます! (旧 推しの魔王様!)  作者: 葉月クロル


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異変 その3

 三人目の婚約者候補としてアランダム国を訪れたわたしに対して、複雑な思いを抱いている人物がいる事はわかっていた。

 宰相である影男のシャザックもそのひとりである。

 彼の場合は、わたしへの気持ち(邪魔者だと思っているのは確かだ)に加えてゼル様への熱い想い(『思い』ではなく『想い』なのがポイントだ)もからみ合っている為、複雑怪奇過ぎてわたしには理解できない。

 しかし、美しき魔王陛下へ何を求めているかは知らないけれど、宰相としてゼル様のお側に常にいられる事は誠に羨ましい。執務室で一緒にお仕事とか、実に羨ましい。あの男は日常的にゼル様が吐いた息を吸ったりしているのだ……くうっ!


 でもでも、わたしなんて結婚したらお隣のお部屋だし、しっ、寝室なんかっ、ゼル様と一緒だもんね!

 ゼル様に『おやすみなさい、あなた』とか言っちゃうんだから!

 鼻息がかかる位置で寝ちゃうんだから!

 きゃあっ、妄想して照れてしまうわ。

 ほほほ、愛の深さならシャザック伯爵には負けなくてよ。


 ゼル様が、舞踏会だというのに、作法を無視してご自分以外の者とはわたしを踊らせないようにしたのも、『パンダ(レベルに珍しい人間の女性)とダンス』というイベントに興奮する好意的過ぎる人々からわたしを保護する為と言われたけれど、わたしをよく思わない人から遠ざけようとしたというのも理由のひとつかもしれない。

 きっとわたしの気持ちを傷つけないように、気をつかって下さっているのだ。


 ああん、イケメンなだけでなく、お優しいゼル様、好き。

 強くて優しくて仕事ができて懐が深くていい匂いがして髪もサラサラお肌もすべすべ声も最高もう全方向に完璧、神の域。

 マイダーリン♡ゼル様と呼んでしまっても良いかしら?


 ちなみにエルは、舞踏会での事を「単なる魔王陛下の独占欲ではございませんこと? 自分以外の男性と手が触れ合う事が許せないのでございましょう」と呆れた顔をして、何故かわたしの手を握っていた。

 ミーニャと側仕え女子は「可愛いアネット様を、本当はご自分以外の殿方に見せたくなかったのにゃーん、お披露目せずにお部屋に閉じ込めたいとか言って宰相を困らせてたって聞いたにゃーん、もうあっつあつのべったべたにゃーん」「愛が深くいらっしゃいますわね! ラブラブカップルですわ!」「もう溺愛の淵にどっぷりずぶずぶと沈んでいらっしゃるのですわよ……なんてロマンチックなのでしょう……溺愛、蜜愛、そして熱き求め愛……羨ましいですわ……」ときゃあきゃあ騒いでいたけれど、ゼル様はそんな個人的感情で行動する方ではないと思う。

 たぶん。

 きっと。


 だいたい、わたしがいくら着飾っても、身体中から光を発しているようなファビュラスに美しくてブリリアントに尊いゼル様の足元にも及びませんから!

 自分があくまで客寄せパンダだという事は、しっかり認識していますわ。


 ゴージャスな礼服をセンス良く着こなして、美貌も実力も人望もアランダム国の頂点に立つ魔王陛下の、そのお姿を拝見するたびに、あまりにも推し愛が刺激され過ぎてわたしは鼻血が……いいえ、もう出さないわ、出さないけれど、わたしの推しはそれくらい素晴らしいのだ。


 すっかり話が逸れたが。

 雛壇から離れた所にはわたしの事を観察していた人が数名いて、そのうちのひとりがわたしの記憶に強く残っていた。

 そして、お披露目の舞踏会から数日が過ぎたある日、王宮内を移動していたわたしの目の前にその人物が現れた。




「ごきげんよう、アネット・シュトーレイ伯爵令嬢」


 立ち位置がわたしよりも低いというのに、作法を無視して声をかけてきたのは、布地が何枚も重なった真っ赤なドレスを着た、とても美しい黒髪を高く結い上げた美女だった。

 その美しさはわたしの大好きなブリジッタお姉様に匹敵する程だったので、美人が大好きなわたしは小さく「はぅふっ」と声を漏らしてしまう。

 大輪の薔薇の花を逆さにしたような豪華なドレスは彼女の真っ赤な瞳と色を合わせたらしい。くどいくらいに赤いのが気になるのだが、これはアランダムの流行りなのだろうか。それに、長身の彼女がこのタイプのデザインを着ると、布地が多すぎて重苦しく見える。

 年齢はうちのブリジッタお姉様くらいか、もう少し上のように見えるけれど、魔人は歳の取り方が人間とは違うのでなんとも判断がつかない。


わらわはラミア。高貴なる妖蛇一族ようじゃいちぞくの姫であるぞ」


 蛇さんだわ! 

 美人の蛇姉様へびねえさま

 蛇のお姫様がわたしに何の用だろう?

 もしや、お友達になってくださるの?

 舞踏会の時に近寄ってくださらなかったのは、お友達になりたいと思って少しもじもじしてしまったからなの?


 わたしの鼻息は期待で荒くなったのだが、付き添っていたミーニャは「シャーッ!」と威嚇の声を漏らした。

 エルが彼女に無礼を抗議したそうな様子を見せたが、わたしは片手で合図をして止めた。舞踏会で見かけた時から、彼女の事がずっと気になっていたからだ。

 何故なら、美人だから!


「ごきげんよう、初めましてラミア姫! 今日はお天気も良くてお出かけ日和ですわね。先日の舞踏会は楽しめまして?」


 わたしがにこやかに挨拶をして、この美女をどうにかしてお茶に誘いたいとうずうずしていると、ラミア姫は目を細めて「妾を馬鹿にしておるのか?」とわたしを鋭く見た。


「まあ、心外な。何故そのような事をおっしゃるのですか?」


 わたしが『酷いわお姉様』の表情でラミア姫をうるうる瞳で見つめると、彼女はふんっと小さく鼻を鳴らした。


 素晴らしいわ、こんなにも上品に鼻を鳴らせるなんて!

 ぜひ後ほどご教授願いたいものだわ。


「我が国の偉大な魔王陛下に対して、数々の無礼を働いた国の娘が、よくもまあ、おめおめと婚約者の座に収まったものじゃな。その厚顔ぶりには呆れてものも言えぬわ!」


「……数々の無礼、を?」


 すると、エルが厳しい声でラミア姫に言った。


「アネット様に余計な事を言わないでいただきたいですわ。過去に何があろうとも、三人目の花嫁候補を送るようにとセルニアータ国に要請し、いらしたアネット様を正式な婚約者にお定めになったのはゼルラクシュ魔王陛下でございます。貴女は陛下のご判断を否定なさるおつもりですか? 貴女がそのような不敬な発言をなさるのなら、妖蛇一族の総意とみなしてそれなりの処分を考えなければなりませんわね」


「くっ……」


 ラミア姫は悔しそうにうめいた。


 そして、その『くっ』という言葉を聞いたわたしの背中に、ぞくりとした感覚が走った。

 これは……違う。

 この蛇のお姫様は間違っている。

 これは、本来の、彼女の本来の姿ではない!


「……ラミア姫」


「な、なんじゃ」


 わたしの声が、他の底から響くように低く重いものだったので、蛇のお姫様はひるんで一歩後ろに下がった。


「姫は……騎士の制服はお好きですか?」


「はあっ?」


「騎士の、制服は、お好きですかと、お尋ね申し上げておりますの!」


 わたしが三歩前に進んだので、さらに後ろに下がろうとしたラミア姫は壁にぶつかってしまった。

 

「ここでお会いしたのも天のお引き合わせに違いありませんわ。わたしは今、大いなる天の意志と萌えに突き動かされておりますのよ」


「そなたは何を言っておるのじゃ?」


「ラミア姫、貴女は真の輝きを見出しておられません! 今わたしがそれを証明して見せましょう! さあ、一緒に参りましょう!」


「なっ、だから、そなたが何を言っておるのか妾には全くわからぬのじゃが!」


「問答無用ですわ、黙ってわたしについていらっしゃいませ」


 わたしはラミア姫の手を掴むと、わたしの部屋に向けてずんずん進んだ。


「問答になっておらぬと言っておるのに、これ、そなた、何なのじゃ、人間の小娘がなぜ妾を引きずるほどの怪力を持っておるのじゃーっ!」


「スリーサイズはおいくつですかっ?」


「いきなり、何という質問をしてくるのじゃ!」


「そうですかわかりました、後でわたしが直々に撫で回し……いえ、お測り申し上げますので、ご心配は無用ですわ」


「心配しかないわ! そなたは今、撫で回すと申しただろうが!」


「気のせいですわー」


「棒読みか!」


 というわけで。

 美人のお姉様をお部屋に拉致……お招きする事に成功いたしましたわ。

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