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政略結婚 その3

「そういうわけなので……」


 お父様は途中で言葉を切って、ため息をついてわたし達の方を見た。


「シュトーレイ伯爵家より、アランダム国へ王妃候補を送り出すこととあいなった」


 その言葉を聞いたお姉様が、ぎゅっと扇を握りしめて頷きながら言った。


「わかりま……」


「はい、わかりましたわ、お父様! わたしがアランダム国に輿入れすれば、全て解決いたしますのね」


 ブリジッタお姉様の弱々しい言葉を遮って元気よく立ち上がり、わたしはお父様を力づけるように笑ってみせた。


「お任せくださいませ、このアネット・シュトーレイ、今まで学んだ淑女教育を存分に活かして国王陛下のお心を射とめ、立派にアランダム国王妃となってみせましょう!」


 こぶしを胸に当てて、わたしは勝利宣言をした。


「……はああああ? アネットが王妃になるですって? ぼんやりアネットが? いったい何を言っているのよ!」


 ぽかんとした顔でわたしを見ていたブリジッタお姉様が、パチンと扇を鳴らして立ち上がった。


「なぜあなたが王妃になるの? このわたしを差し置いて、生意気なことを言い出すものではなくてよ! この場合は、アランダム国に嫁ぐのは美姫と名高いこのブリジッタ・シュトーレイでしょうが! 本当に、あなたって子は図々しくて身の程を知らないのね。そのようなことではとても他国へお嫁にやれませんわよ。おとなしくこの国の貴族の元へ輿入れなさいな!」


「あら、でもお姉様」


 わたしは怖い顔でわたしを見るブリジッタお姉様に首を傾げながら言った。


「お姉様にはもう、良い方がいらっしゃるではありませんか。すでに将来を約束した方がいるというのに、他国へ嫁ぐわけにもいきませんでしょう。それはアランダム国王に対してとても失礼な事ですものね」


「なんですって? アネット、あなたは自分が何を言っているのかわかっているのかしら?」


「ええ、もちろんよくわかっておりますわ。お姉様とグレンお兄様は、想いが通じ合っていらっしゃるのですから、お姉様は将来はコーエン伯爵夫人としてコーエン領を治めて末永くお暮らしになるとよろしいですわ」


「んなっ、なんてことを……」


 真っ赤になったお姉様は「そんな、通じ合ったなどと……」狼狽えながら、グレンお兄様を見た。すると、お兄様は「わたしとしては、とうにあなたをめとる所存でしたが、ブリジッタ?」とお姉様に囁いた。


「そっ、そんな、嘘だわ! だってわたしは、グレンに我が儘を言い放題だし、振り回して迷惑をかけるし、見た目の良さを鼻にかけてとても可愛い女性とは言えないし、それに、それに……」


「ははは、この方は何をおっしゃっているのやら。あなたのように、優しく思いやりがあって、可愛らしい女性はいないと思うよ、ブリジッタ」


 グレンお兄様はカッコよくブリジッタお姉様の手を取って、その指先に口づけて微笑んだ。


「美しく優しいブリジッタ、わたしの妻になって欲しい」


 公開プロポーズとは、グレンお兄様もなかなかやるものである。


「あら、素敵だわ……うっとりしちゃう!」


「ふふふ、グレンもなかなかやるわね」


 ふたりとも金髪にグリーンの瞳をお持ちの大変美麗な方々なので、恋愛小説のワンシーンのように美しい光景である。わたしとお母様は大満足で顔を見合わせた。


「んなっ、んなっ、んなっ」


 お姉様は空気が吸えない魚のように口をぱくぱくさせた。顔が赤いから、まるで池の鯉か金魚のようだ。


 あら?

 鯉、金魚、そんな名前のお魚がこの国にいたかしら?

 金魚……金魚すくい? それはなんのこと?


 わたしは頭の中に広がる妄想を振り払った。


「というわけですから」


 わたしはお父様の瞳を見つめた。


「このアネット・シュトーレイがアランダム国にお嫁入りすることに決定いたしますわね」


「ふむ、そうだな」


「そうだなって、あなた……」


 我に返ったお母様がお父様に抗議をしようとしたが、お父様は美しく伸びやかな白い手で制して言った。


「落ち着きなさい、ミレッダ。実はわたしは、この話はアネットに良いのではないかと思っているのだ」


「なぜですの?」


「それは……この話はこの場で留めておいて貰いたいのだが」


 お父様が声を顰めたので、わたしたちは前のめりになって続きを待った。


「アランダム国というのは非常に特殊な国であるため、公にできない情報も多い。だが、わたしは職務上かなり多くの事を知っていて、今回の話を受け入れる事で我がシュトーレイ家と縁続きのグレン・コーエン伯爵にはその一部を伝えても良いという許可を得ている」


 淡々と話すお父様は、クールなイケメンおじ様である。見た目はまだまだ二十代、だけど落ち着いた雰囲気のあるイケメンで、とにかく素敵。うちの父が素敵過ぎて辛い。


「まずは、大切な事だが、魔人は魔素をその身に宿して魔法を使うことができるのだが、本質的には人間とは変わらないし、我々との交流を望んでいる。平易な言葉で述べると、我々と仲良くしたくてたまらない良い人々なのだ」


「魔人が、わたしたちと仲良くしたがっているのですか? 強大な力を持つ恐ろしい人々ではないと?」


 お母様が、信じられないといった口調で言ったが、お父様は「その通りだ」と頷いた。


「さらに、アネットに良いと考える理由なのだが。これは、魔人を求めて無法な人間が押し寄せたりするトラブルの元になるという事で伏せられているのだが、アランダム国に住む魔人たちは、見目形みめかたちが整っている者がとても多いらしいのだ」


「なんですって?」


 わたしは目を丸くして尋ねた。


「今、見目形が整っている、とおっしゃいました? 魔人の方々が、美しい方々であると?」


「その通りだ。魔人は我々とは違って様々な能力と外見を持つ。しかし、それは決して醜いというわけではない。まあ、なんというか、中には変わった姿の種族もあるらしいが、だからといってその心が恐ろしいというわけではないのだ。そして……」


 お父様はわたしを見ながら言った。


「魔王ゼルラクシュ陛下は特に優れた外見と強さを持ち、この世のものとは思えないほどの美貌の麗人だというのだ」


「び、美貌の、麗人ですって?」


 わたしは唇を震わせた。


「それは誠にございますか?」


「うむ。彼の国を訪ねた者から直接聞いたので間違いないだろう。その者が彼の国に初めて訪れた際には、人々のあまりの美しさに言葉を失ったそうだ。そして、魔王陛下ときたら、見た者の魂が抜けそうになるくらいの、人間の常識を遥かに超えた美しさらしいぞ」


「ふひょおっ!」


「初めて陛下に拝謁した時には、大の男の呼吸が止まりそうになったとか。お前流に言い表すと、『天に煌めく星々もその美しさには自分を恥じて身を隠してしまう』ほどだそうだ。もしアネットが王妃になったら、陛下を好きなだけ見ていられるだろう」


「むっはあああーっ!」


「夫婦になるわけだから、もちろん、まあその、麗しき魔王に大変近づく事もできるわけだ」


「ふあっふううううーんっ!」


「もちろん美貌の陛下に触ることもあるだろうな、夫婦なのだから」


「ぐぬひいいいいーんぬふうっ!」


 悶えるわたしを見たお母様は、慌てて割って入った。


「あなた、アネットを興奮させ過ぎですわ」


「おお、すまん」


 もう遅い。

 わたしの口からは貴族の令嬢にあるまじき声が次々と漏れて、強い鼻息がむふんむふんと止まらなくなる。


「アネット、下品よ、下品過ぎましてよ!」


 お姉様が扇を振り回して叱ってくださるけれど、わたしは大きな骨を前にした犬のようにはっふはっふと興奮して身悶えまくる。


「ふぁい、行きますっ、お父様、喜んでアランダムに行かせていただきまふうーっ!」


 アランダム国の美しい方々をじっくりしっかり拝見して毎日暮らしたい。

 物陰からでいいから。

 壁に同化して見てるだけだから許して!

 あと、邪魔にならないようにいたしますから、絶対絶対わたしと結婚して欲しいですわ魔王様!

 部屋の隅にうずくまって、置物みたいにおとなしくしているから、なんなら呼吸も半分に減らすから、どうかわたしを王妃にしてください。

 駄目なら侍女とかメイドとか、洗濯女でもいいから、王宮に置いてくださいませ。


 というわけで、美しい人が大好きすぎるアネット・シュトーレイ伯爵令嬢十六歳に、最高の婚約者候補が現れたのであった。

 めでたしめでたし!

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