婚約者として その5
お披露目の舞踏会当日は、朝から楽しい大騒ぎだった。
エルとミーニャ、そしてすっかり仲良くなったメイド女子たちは、わたしを一番素敵にドレスアップするのだと言って、はりきって磨き上げてくれる。
良い香りのする薔薇のオイルでできた保湿剤の入った浴槽でリラックスし、よく温まり終わると、マッサージ専用の部屋にあるベッドに移る。この国にやって来てからずっと続けられていた全身のマッサージと、顔のパックの仕上げを行って貰った。
最初は激痛が走った身体の揉みほぐしも、根気良く行っていくうちにほぐれていき、今では赤ちゃんのような柔らかさを取り戻した。揉まれていると、気持ち良くてうとうとしてしまう。
わたしに用意された部屋は、専用の衣裳室やドレス職人を呼んで採寸を行ったり試着したりする大きな鏡が壁一面に付けられた部屋、エステルームやメイク専用の部屋などがあるため、このように至れり尽くせりなのである。
ミーニャ達に「お肌がぷりぷりのぴちぴちにゃーん! ほら見てにゃ、ぷりん、ぷりん、ぷりん」「若さですわね! 瑞々しくて弾力のあるお肌ですわね! んんっ、良いですわ、萌えますわっ」「柔らかなのに跳ね返ってくるような、癖になる感触ですわ……これは手が止まりませんね……ああ、ここが柔らかくて気持ちいい……」とモミモミされて手触りを楽しまれた……あら?
もしかして、このお手入れは女子達の趣味だったの?
皆様ったら、わたしがミーニャのお耳や尻尾をモミモミしているのと同じような表情をしているみたいだけど。
でも、お互いにwin-winということで、いいのかしら。
「アネット様、髪を結ってからお顔のメイクをして、ドレスの着付けを行いますにゃ」
肌が整うと(というか、満足するまで揉まれた後に)エステルームからメイクルームへと場所を移り、次は髪のセットだ。
洗って香油を馴染ませた髪を丁寧に櫛削られると、焦げ茶色の長い髪は毛先までツルツルの手触りになり、光を反射して輝き出す。
それをコテで丁寧に巻いてカールを作ると、素晴らしい巻き毛の出来上がりだ。
一部を後ろに結い上げて、ハーフアップの髪型に整える。
まだ未婚のわたしは、正式なパーティーでは髪を半分下ろすのがこの国のマナーということで、くるんくるんが背中と肩で踊っている。メイクルームの大きな鏡を見ながらわたしは『こんなお人形をどこかで見た事があるわ……』と思った。
日本人の時と違って、瞳は明るいグリーンで髪は焦げ茶色だし、顔の造りも欧米人寄りのはっきりした目鼻立ちのわたしは、美形揃いのシュトーレイ家にいる時には平凡な顔だと思っていたけれど、こうしてヘアセットをしてメイクをするとそれなりに綺麗に見える。
隣に立つのが超絶美形な魔王様だから、比べるとやっぱり平凡に見えてしまうのは仕方がない。でも、わたしはゼル様の顔は死ぬ程超超超超大好きなので、自分が目立たなくてもまったく構わないのだ。
むしろ、全力でゼル様を見つめていたい。
推しのすべてを目に焼き付けたい。
あと、例えそれなりでも、自分の容姿も結構気に入っているから、こうしておめかしして貰うのはとても楽しい。
準備が終わり、いよいよゼル様がプレゼントしてくださった特別なドレスを身につける。
サイズはぴったりで、身体の線を美しく見せてくれるけど圧迫感はなく、とても軽いので着心地が良い。正装なのに、普段着よりも動きやすいなんてどうしたことだろうと首を捻ってしまうが、うっかりそんな事を言って普段着まで貴重な布を使った服にされてしまったら、国家予算の無駄遣いになってしまうので、それは心の中に留めることにして、優しい婚約者へのお礼の言葉を呟くだけにしておく。
「まあ、アネット様! とても良くお似合いですわ!」
用事があって外していたエルが部屋に戻り、わたしの姿を見ると、大喜びで手を叩きながらわたしの周りをくるくると回った。
「アネット様の若々しさと、初々しさと、未来の王妃としての落ち着きが表されたデザインですわ。アランダム国のすべての民がアネット様に夢中になること請け合いでございます。口うるさい宰相を丸め込んで陛下にアラクネ製のドレスをお勧めしてようございましたわ」
……『犯人はエルエリアウラだ!』であったか。
あと、あのシャザックを丸め込んだお助けお姉さんがすごい。
「アラクネ一族も、ゼルラクシュ魔王陛下の婚約者のお身体を包む服を作るという大変な名誉を賜ったと言って、すべての仕事を投げ打ってこのドレスを作っていたという話ですもの。ちなみに今は、全力で花嫁衣裳を制作中との事で、アラクネの里には活気が満ち溢れて楽しくて仕方がないと、喜びのお手紙が届いております」
喜んで貰えたならいいかしらね。
ありがたくこの素晴らしいドレスを着せて頂くわ。
それから、他の注文者様、ごめんなさい。
「アラクネ一族のまだ小さな子ども達が、さほど大きな布は織れないからと、アネット様の為に花の髪飾りを作ってくれたみたいですにゃ。少し付けてもいいですかにゃん?」
ミーニャが小箱を開けて見せてくれた。そこには淡いブルーのバラが幾つも入っていて、それぞれ個性的な感じに不揃いだ。婚約を祝って小さな手で作ってくれたのだろうと、わたしは子ども達の心遣いを思って微笑んだ。
「ありったけを付けて頂戴な。小さくても丁寧に造られた、とても可愛いお花ね」
「ミーニャは、アネット様ならそうおっしゃると思ってたにゃん!」
というわけで、髪の彼方此方に小花も付けて、とても素敵な髪型となった。
「それでは、仕上げにこちらを。宝物庫より出して参りました」
エルの用事は、このアクセサリーセットを持ってくることであったが……今、宝物庫って言わなかった?
ティアラ、ネックレス、耳飾りのセットを見せられたわたしは絶句した。
大丈夫なのかしら国家予算?
シャザックが床に沈んじゃう!
アランダム国は超お金持ちだと考えていいのかしら?
いいのよね!
でないと、わたしの心臓がもたないわ。
「こちらは、いつか出逢える魔王陛下のお嫁様のために数年かけて用意していた、アイスブルーダイヤモンドとミスリルと超深海パールの三点セットでございますわ」
繊細な細工を施された金属が七色の輝きを放つティアラには、中央に大きな淡いブルーの……ゼル様の瞳の色のダイヤモンドが嵌め込まれ、他にもダイヤモンドとパール(これも光の加減で七色に輝いている)がふんだんに使われている。
お揃いのデザインのネックレスにも、巨大なアイスブルーダイヤモンドが輝いているし、耳飾りのダイヤモンドも限界に挑戦しているの? という程存在感があるのだ。
「こちらの宝飾品は、婚約式、結婚式、各式典専用のものでございますわ」
TPOに合わせたものというわけなのね……規模が想像以上だけど……。
「ミスリルに魔法を込めてありますから、重さは殆どございませんし、アネット様が外そうとなさらない限り外れたり落ちたりする事もないため、安心して身に付けられますわ」
お値段的には安心できませんけどね!
でも、絶対に無くさないというのはありがたい話である。
「このような素晴らしいダイヤモンドは初めて見たわ。この国に鉱山があるのかしら」
「いいえ、この宝石は鉱山で採れたものではありませんのよ」
エルが微笑んだ。
「手癖の悪いドラゴンを魔王陛下がお仕置きされましたところ、号泣したドラゴンの涙から生まれたダイヤモンドですので」
ええっ、何その超伝説級の話は!
「ドラゴンが『もうしません』と頭を下げて、そのダイヤモンドを陛下に捧げたので、永遠の磔刑を免除されて、今では普通に鎖に繋がれておとなしく暮らしております」
「そ、そうなのね」
ドラゴンさんには、そのままおとなしく暮らし続けて貰いたい。
「もしもドラゴンに乗ってみたければ、陛下にお願いすればドラゴン飛行を楽しめますわよ。心を入れ替えたドラゴンは大変従順な性格になりましたので、気が向きましたらどうぞ」
号泣するまで叱られたんですものね。
従順にもなるわね。




