閑話 アランダム国サイド 3
頭がぼーっとしてる中で書いたので、
文章が変だったらごめんなさい(´-`)
魔王ゼルラクシュは、彼の執務室の壁をじっと見ながら立っていた。
その脇では、宰相のシャザックが居心地悪そうにしながら書類を分別している。そして、壁を睨んで微動だにしない魔王を見てため息をついた。
「……畏れながら陛下、席におかけいただけませんか?」
「否」
即座に却下された。
魔王ゼルラクシュは、婚約者として交流を行なっている途中に出血をしたアネットの事が気になって仕方がない。彼女の部屋の前に行きたいところであるが、鼻血が彼の魔力が原因かと(まあ、原因の一部ではあるが、殆どは『萌え』のせいである)思われているため、エルエリアウラにアネットに近づくなときつく申し渡されているのだ。
そこで執務室に戻ってきたのだが、もちろん仕事など手につかない。
椅子に座ると部屋のドアが目に入り、ついそこから出てアネットの部屋に行きそうになってしまうので、椅子を動かして窓を向くことにしたら、今度はつい窓から飛び出してアネットの部屋に行きそうになってしまった。
そこで仕方なく、飛び出しようのない壁に向かって佇んでいるのである。
シャザックが顔を上げた。
「……陛下、エルエリアウラ殿がこちらに向かっている気配を感じました。どうぞご着席を」
影男であるシャザックは、集中すればあらゆる影から情報を得られる。便利に思えるが、この技を使うとかなりの気力と魔力を消費してしまうし、他人からとても嫌がられてしまう為、普段はあまり使うことがないのだが、今の状態のゼルラクシュを放置する方が彼の気力を削るような気がしたので、先程からちらっ、ちらっ、とアネットの部屋の周辺を伺っていた。
さすがはちょっと陰険でちょっと卑怯なところが何故か人気の影男、ストーカー風味が強い能力である。
宰相の言葉を聞いた魔王は、眉をぴくりと動かして「ふむ」と答え、今度は素直に椅子に座った。そして、鋭い眼光で今度はドアを睨み付ける。
魔王が座ったので、シャザックの心理的負担は減った。
「こちらのご確認とサインをお願い致します」
すかさず魔王の目の前の机に書類を置くと、ゼルラクシュは恐ろしい眼力で書類をチェックしてサインをし、あっという間に書類の山を片付けた。
なんだかんだ言いながら、魔王の扱いが上手い宰相である。しかも、差し出した書類の量がまた絶妙で、シャザックが終わった書類を引き取った丁度その時にドアの外から「エルエリアウラでございます」と声がした。
「入れ」
畳まれた白い布を持った、美しい緑の精霊が部屋に入り、開口一番「アネット様はすっかりお元気になりました」とゼルラクシュに告げた。
「……ふむ」
椅子の手すりをぎゅっと掴み、腰を少し浮かせていたゼルラクシュは身体の力を抜いて座り直した。
「神官のシモン様が回復魔法をおかけになったので、失った血液もお身体に満たされました」
「ふむ。救護班は良い仕事をしておる。あとで褒美を取らせるが良い」
魔王は満足げに言った。
「ところが、体調は回復されたものの、アネット様は『ゼルラクシュ魔王陛下に失礼な真似をしてしまいました』と気落ちされておいででございます。おかわいそうに、ベッドに横たわり、手作りの人形を抱きしめてしょんぼりなさっていますわ」
「抱きしめて……いるのか」
自分を模して作られた人形が今、可憐な婚約者アネットの胸にいると知り、魔王は強い嫉妬心を感じた。魂の一部を送り込めば、また人形となって良い思いができるが、誇り高い魔王はそれを良しとしない。
「メッセージカードを」
シャザックが素早く美しい縁取りのある紙片を渡した。
ゼルラクシュは素早く『我が婚約者よ、また楽しいひと時を過ごそうぞ。今はゆるりと休むが良い』とペンを走らせると、シャザック伯爵に渡す。受け取った彼はそれを見ずに封筒に入れて封をし、隣の部屋に控えている部下に「これを至急、アネット・シュトーレイ伯爵令嬢に届けなさい」と指示した。
「『青い薔薇』の花束を添えるように」
「了解致しました」
ゼルラクシュ魔王の名のついた花を一緒に届けるとは、シャザックは貴族だけあってなかなか細やかな心遣いができる。
陰険だが気が効く仕事ができる宰相、それがシャザックだ。
「陛下、こちらをご覧ください」
エルエリアウラは手に持った布を広げた。
「これはアネット様がお使いになったシーツでございますが……興奮状態のまま、ご自分の血で絵をお描きになりまして……」
「血の絵を……!」
ゼルラクシュはゆっくり椅子から立ち上がった。
「そ、その絵は⁉︎」
シャザックが手にした書類を床に取り落としてしまい、バラバラに散らばった。
「陛下の肖像画ではありませんか! いや、違うのか……これは陛下ではない……」
「陛下のお姿ですわ。アネット様ははっきりとそうおっしゃいました。大変良く描けていますわね。アネット様には才能がおありのようです」
「違うぞエルエリアウラ! これは断じて陛下ではない。何故なら、魔王陛下がこのような笑顔を浮かべることなど……今までなかった……が、まさか……?」
「ほほほ、ゼルラクシュ魔王陛下もお可愛らしい婚約者様にはこのような柔らかな表情をお見せになるのでございますのね。おふたりの仲睦まじきご様子をこのエルエリアウラ、喜ばしい事だと考えますわ」
シャザックは信じられない様子で、シーツに描かれた見事な肖像画を見つめている。優しくアネットに笑いかけた美麗な魔王の、輝くばかりの美しさを表したその絵は、フルカラーのスチル絵に決して劣らない素晴らしい出来であった……ただし、血で描かれていなければ。
「これが、アネットから見た我の姿なのか」
絵から言葉にできない温かな思いを感じ、魔王の表情が緩む。そして、今すぐ婚約者の元へ向かって駆け出したい想いをなんとか堪えた。
そんなゼルラクシュを見守りながら、エルエリアウラは少し強い口調で言った。
「陛下、もうお気づきかと思いますが。この絵は大変な力を発しておりますわ。陛下の放つ強すぎる魔力、覇気を、耐性のない者でも耐えられるくらいにまで中和する効果がございます。貴重な魔道具でございますわね」
「……ふむ」
無表情に戻ったゼルラクシュは腕を組み、頷いた。
「確かに。効果の範囲を調べたか?」
「はい。この王宮の中心にこの肖像画を置きますと、すっぽりと覆われるくらいの範囲でございますわね」
「そうか。強大な力を持つ魔導具であるな。アネットは大変なものを作り上げた」
萌えの力は恐ろしい。
アネットは無自覚のうちに、推しのゼルラクシュをみんなのアイドルにできるような魔導具を作ってしまった。
この絵があればゼルラクシュは、不用意に近寄ると身体から血を噴き出してしまう程の魔力を放つ、危険で恐ろしい魔王ではなく、普通に恐ろしい魔王となるのだ。
そして、美の極みと言い表すにふさわしいその麗しき外見により、皆は彼の姿に魅入られる。普通に恐ろしいくらいでは人は避けなくなる。つまり、孤高の魔王の孤独が和らげられる。
というわけで、この魔導具があると彼は『ちょっと怖いけれどそんなところも魅力的なカッコよくて素敵な魔王陛下』になるわけである。




