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【書籍化】政略結婚の相手は推しの魔王様 このままでは萌え死してしまいます! (旧 推しの魔王様!)  作者: 葉月クロル


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魔王もがんばっている その4

 ケーキを食べ終わったら、ゼルラクシュ魔王陛下がベルを鳴らし、部屋にメイド達が現れた。あっという間に使用済みのティーセットが片付けられて、今度は水色の地に金の花模様が描かれたポットとカップが目の前に並んでいる。

 だが、なぜ。

 お茶を淹れずに去ったのだろうか。


 というわけで、こぽこぽと軽やかな音を立てて、陛下がまた紅茶を淹れている。

 公式の発表には、『魔王陛下はお茶を淹れるのが特技』とは書いていなかったように思えるのだが。確かに、そのお姿は絵になる尊さだし、美麗な手で淹れられたお茶は恥ずかしさのあまりに余計に香りが立つのか、一際美味しくなる気はする。


「熱いうちに飲むが良い」


「ありがとうございます」


 わたしは、上品にカップを持つゼルラクシュ魔王陛下をちらちらと見ながら、美味しく紅茶をいただく。

 なんだろう、このパラダイスは。

 ちらちらのつもりが、心のキャンバスに焼き付けるかのように凝視してしまった。

 

 だって、カッコいいから!

 くつろいだ推しが素敵過ぎるから!


「そなたは」


「はい」


 見惚れていたら、切れ長の淡いブルーの瞳が見返してきて、わたしは腰砕けになりそうである。慌ててカップをソーサーに置いた。

 ああ、美しさは罪とはこの事なのだろう。

 

「コーヒー、というものを知っているか?」


「コーヒー……はい、存じております。大変貴重な飲み物との事で、セルニアータ国で二度だけいただきました」


「ふむ。好みであったか?」


「はい、美味しかったです!」


 ブラックな働き方をしていた前世で、カフェのコーヒーを飲むのがわたしの癒しだった。けれど、この世界ではあまり普及していないようでなかなか飲む機会がない。


 前世の記憶が蘇った今、叫びたい。

 コーヒーが飲みたあああああーい!

 紅茶も美味しいけど、やっぱりコーヒーなのよ!

 ギブミー、ギブミーコーヒー!


 すると、わたしの心の中に渦巻く愛と熱意を感じ取ったのか、陛下は「ふむ」と頷くと言った。


「アランダム国の高地で、なかなか美味なコーヒー豆が収穫されるのだ。茶も良いが、抵抗がなければアネットにもどうかと考えるのだが」


「嬉しいです、是非ともいただきたいですわ! あ……」


 嬉しさのあまりに陛下の左腕に手を触れてしまったわたしは、急いで手を引っ込めて「申し訳ございません」と謝罪した。


「わたしったら、大変馴れ馴れしく、失礼な振る舞いを……」


「良い。むしろ、我に慣れろ」


 無表情の陛下が言った。 


「自然に我に触れる事ができるほど、我の魔力に馴染んだという事であろう。喜ばしい事だ」


「あ……確かに、そうですわね」


 わたしの鼻の毛細血管も、かなり丈夫になったらしい。

 萌えにも馴染んだのだろう。


「我の近くにいても、もう辛くはないか?」


「大丈夫です」


「そうか……そなたの努力が実ったわけだ。褒めてつかわす」


「ありがたきお言葉を賜りまして……え?」


 お褒めくださった魔王陛下が、わたしの両肩に手を置いて自分の方に向けた。

 今、推しと向かい合わせ。

 正面からガン見。

 パラダイス過ぎて脳味噌が沸騰するわ!

 っていうか、顔が熱いし鼻もヤバい!


「あの、へい、か?」


「魔力への慣れを確認する」


 この世のものとは思えないほどの美貌が、月の仄かな明かりと星々の輝きと太陽の煌びやかさを備えたご尊顔が、わたしの顔に近づいてきて。

 横に逸れて。

 

 わたしの右の頬とゼルラクシュ魔王陛下の頬が、ぴったんこ?

 いったい何が起きている?


「ふむ。大丈夫のようだ」


 あまりの展開に、その場で固まっていると、陛下の顔が離れて……今度は左のほっぺでぴったんこ!


「ふむ。こちらも……良い」


 すりすりしている。

 ゼル様が、ほっぺたすりすりしてるんですけど!

 え、なんで、なにが、何が起きているのーっ!


「大変満足な仕上がりだと言えよう」


 何を仕上げたんだ⁉︎ 何を⁉︎

 あと、ゼル様のほっぺがすごくなめらかにすべすべっとして気持ちいいんだけど婚約者とはいえ若い男性とほっぺたを付け合ってすべすべするとかちょっとわたしの感覚では普通な事じゃないし耳の横でいい声が響くとゾクゾクしちゃって危ない感じにわたしの煩悩が燃え盛って待ってゼル様の吐息がかかってこりゃたまらん状態いや落ち着こうか!

 あー、魔王陛下は年齢不詳だから若くないんだなんだ平気じゃんあははははははーって平気じゃないし!

 あと酷使され続ける鼻の毛細血管に謝れわたし!

 鼻の努力を褒めたたえよ!

 あと、お ち つ け じ ぶ ん!




 そのまましばらくすべすべしてから、魔王陛下は「良し」と言ってわたしから離れた。


「僅か数日でここまで耐性がつくとは、そなたはやはり、我が妃となるべき存在なのであろうな」


「……だと嬉しいのですが」


 心の中の乙女達がピラミッドを作っている。

 あの、十人で作るアレだ。

 美しいピラミッドを作り上げた乙女達が、誇らしげに前を見る。


「そなたはこの国に住む魔人達を恐れない。その外見を恐れ、怯える人間も多々存在するのだが……我らを醜い、とは感じないのか」


 この上なく美しい方にそう尋ねられて、わたしは思わず笑ってしまった。


「感じません。醜さとは、人に害を成そうとするその心の現れですから……心が美しい方々は、姿形すがたかたちが自分とは違っても、そこに美しさがあります」


「ほう」


 さっきのすべすべで、魂が半分口から出てしまったようなわたしは、ふわふわした気持ちのまま話し続けた。


「それぞれ見目形みめかたちが違っても良いのです。それは個性ですし……美しさには決まりなどないのですから、様々な姿があると思います」


「そなたはスケルトンを美しいと褒めたそうだな。骨に対して美しいと、なぜ思う? 人間の目から見たら、彼らは恐怖の対象ではないのか?」


「彼らはそのお気持ちが優しく、美しいし……任務を立派に果たす、忠義心に溢れる戦士です。骨もきちんと磨いて、いつもお手入れなさっておいでです。他人に見られる事を考えて整えられた外見は、綺麗に光り輝いておられます」


 象牙のように輝く骨を持つドナルドとカーネルは、とても美しい。

 そして、優しく強い。素敵な人達だ。


「そうか」


「魂の輝き……わたしはその美しさを愛しております」


 綺麗なもの、美しい人が大好きなわたしだけど、器が美しくても心があしきものであったら近寄りたいとは思わないのだ。


「……我には、頭に黒いつのがある。魔力を増幅するこの角を持ち、力を放つ我を恐れる者も多い。そなたは……これをどう思うか」


 わたしは、陛下の頭にあるふたつの角に両手を伸ばして触れた。


「黒いだけでなく、いろいろな光を反射して、とても美しい角ですね。アランダム国の王である陛下によくお似合いで……カッコいいと思います」


「カッコいい……であるか。そなたは変わった姫であるな」


「よくそう言われます」


 わたしはくすくすと笑ってしまった。


「変わった姫では、駄目ですか?」


「我が国の王妃にぴったりだと思う」


 ゼルラクシュ魔王陛下は、わたしの頭をそっと両手で包むと、おでことおでこをこつんとぶつけた。


「我はな、そなたをかなり気に入っておるぞ? そなたはどうだ?」


「え、な、何を、陛下」


 おでこっつん!

 推しと、おでこっつん!

 残りの魂も抜けるわ!

 これじゃあ、全抜けするわ!


 わたしが地面に放り出された金魚状態になっていると、魔王陛下は、なんと、わたしの鼻先に!

 ちゅっと!

 キスをした!


 そして、離れた。


「そなたの気持ちはどうかと尋ねておるのだが……何という顔をしておるのだ」


 わたしを見て、陛下がふっと笑った。


 推しが、笑った。

 孤高の魔王陛下で、冷たい笑みをごく稀に見せるだけの筈のゼルラクシュ様が、クールなゼル様が、優しい笑顔を見せてくださるなんて……。


 尊い。

 尊過ぎる!

 ああ、もう駄目、もう駄目ーっ!

 出ちゃう。


「陛下……ゼル様、わたし、わたしは……好き! ゼル様が好き! す……」


 好きなんですううううううううーっ!

 すごい勢いで、鼻血が、出た。




 その後は大騒ぎだった。

 

「救護班をここに! 我の婚約者、出血!」


 ゼル様が直々にわたしの鼻にハンカチを当ててくださり、表情を僅かに曇らせて心配そうなご様子でわたしを横抱きにしていたが、駆けつけたエルに「陛下は離れてください!」と部屋から追い出されてしまった。


 違うの、ゼル様の魔力のせいで鼻血が出たわけじゃないの!

 レア過ぎる推しの笑顔で、萌えに耐えきれず、わたしの頭が沸騰してしまったからなのよ!


 救護班が呼ばれて、わたしは担架で自室に運ばれた。

 そして、わたしは今、シーツに向かっている。

 シーツに向かっているのだ。


「推しの笑顔を……残さなければ……」


「アネット様、どうか治療をお受けくださいにゃーっ」


 心配するミーニャが半泣きになっている。


「駄目よ、これを書くまでは、駄目」


 手についた血でシーツに描くのは、尊き推しである魔王ゼルラクシュ様の笑顔。

 残さねばならぬ、この奇跡を何としてでも残さねばならぬのだ!


「……好き……ゼル様が……好き……」


 ぶつぶつと呟きながら、ゼル様の肖像画を描く。

 ゲームと違って美麗なスチル絵がないこの世界、わたしが残さなければ推しの笑顔を二度と見られなくなるのだ。

 鬼気迫る勢いで血の絵を描くわたしを誰も止める事ができない。


 そして、無事にゼル様の笑顔を描き終わったわたしは気を失い、シーツを交換したベッドに寝かされて救護班の治療を受けたのであった。

待って、

今のアネットちゃんが一番怖い。゜(゜´Д`゜)゜。

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