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政略結婚 その2

 明るいダイニングルームに入り、朝食の席に着いてお父様に視線を向けると、顔色が少し悪いように感じた。

 またお仕事が忙しくなってきたのだろうか。

 そういえば、昨夜はお帰りがかなり遅かったようだ。


 シュトーレイ伯爵であるお父様は、領地の運営は信頼できる代官にまかせて、ご自分は王宮で我が国の外交についての職務に就いている。

 つまり、セルニアータ国の外交官として、諸外国との政治的・経済的な連携や駆け引きを行い、我が国の立場を固めて、国益を守る役割を担っているのだ。


 情報の分析や予測が必要な要職なので、お父様はとても頭が良い。

 お顔も良いけれど。

 ものすごく良いけれど。


 だからこそ、陰謀によって奪われたグレイお兄様の爵位も、その頭脳をフルに使った綿密な計画と根回しによってしっかりと取り戻すことができたのだ。

 ちなみにその過程で、お家騒動の根源となった欲に駆られた人々は、全てきっちりとお掃除されたようである。


 そんなお父様なので、普段はクールなポーカーフェイスなのだが……。


「……お父様、おはようございます?」


 わたしが顔を見つめながら(お父様、大丈夫かしら?)と心配そうな表情をしていることに気づいたのか、お父様はピクリと眉を持ち上げて「おはよう」と言うと、あっという間にいつものようなクールな美貌に戻った。

 そして、小さく「アネットの観察力には敵わないな」と呟いた。


 そう、お父様のお顔はとても整っていてカッコいいので、わたしは毎日舐めるように観察しているのだ! 18歳の娘がいるというのに、まだ20代後半位にしか見えない若々しいお父様は、いまだに女性たちから憧れられる美青年ならぬ美中年なのである。

 ちょっと変態っぽいのだが、カッコいいものはカッコいいのだから仕方がない。それに、お父様も愛娘に見つめられる嬉しさを隠しきれていないので、これはwin-winの関係なのである。


 不可解なことに。

 我が家はどういうわけか、わたしひとりを除いて、皆とても美しい顔だちなのだ。 

 わたしを除いて! 

 お父様もお母様もお姉様も弟も、再従兄弟はとこのグレイお兄様までも!


 でも、わたしは別に自分が美女でなくても良いのだ。

 美しいものを見るのが大好きなわたしだから、もしも自分の顔までが美しかったら、一日中鏡を見つめ続けてしまうだろう。そうしたらもっと怪しい人物になってしまう。





 わたしたちは朝の挨拶を交わすと、当たり障りのない会話をしながら美味しく朝食をいただき、食後のお茶を飲んだ。

 使用人達を部屋から下がらせると、お父様が切り出した。


「皆に話さねばならないことがある」


 わたしたちが注目していると、お父様はしばし目をつぶってから静かに言った。


「我がシュトーレイ家は、魔国と呼ばれているアランダム国に……王妃候補を向かわせるという栄誉を、国王陛下より賜った」


「なんですって!?」


 カップを取り落として立ち上がったのは、いつもは物静かなお母様だった。


「うちの娘をアランダム国に、魔王陛下に嫁がせると、そうおっしゃったのでございますか?」


「そうだ」


 アランダム国の王は強大な力を操る魔人であり、魔王陛下と呼ばれて国民に尊敬されているというのだが、強い魔力を持たないわたし達人間の中には恐怖を覚える者も多い存在なのだ。

 だが、アランダム国とセルニアータ国の関係は決して悪いものではない。魔石という魔力を内包した石を使った便利な道具や薬草を輸入するなどの貿易も行なっていて、高価な魔導具が王宮や上位貴族の家に普及し始めている。


 ただ、アランダム国に行くには馬車を使って三ヶ月はかかるし、セルニアータ国の空気中にも僅かに魔素が含まれてはいるものの、濃厚な魔素が身体に合わない人間も稀にいるというので、魔人と人間は互いに悪感情を抱いているわけではないのになかなか交流が深まらないのだ。


「けれども、アランダム国には既に、シシーラ家の姫が向かっていらしたとお聞きしております」


「ああ」


 お父様が頷いた。

 ふたつの国の結びつきを強めるためには、政略結婚が頻繁に使われる。

 シシーラ家のマリアンヌ様がアランダム王妃候補として選ばれたことは、わたしも耳にしているが……実は、それは一年前の話なのだ。


「そして、その前にはグランド家の姫が王妃になるためにアランダム国に向かい、よんどころない事情で婚約破棄となり、その結果シシーラ家の姫が新たに選ばれたのでございますわよね?」


「その通りだ」


「ふたり目の王妃候補も、婚姻には至らなかったという事ですの? これはあくまでも政略結婚だというのに?」


 グランド家のミシェール様の事は、三年前の話になる。

 つまり、我が国からミシェール様、マリアンヌ様と二人の姫がすでに王妃候補としてアランダム国に行ったのだが、その後の消息についてはわたしは知らないのだ。というか、シュトーレイ家のわたしが知らないのだから、ほとんどの貴族が知らないのだと思う。

 わたしも今の今まで、てっきりマリアンヌ様がアランダム国王妃となられたのだとばかり思っていた。


「それは大変おかしなお話ですわね。いったい何があったのでございましょう」


 お母様は美しく、どちらかというと物静かな方なのだが、社交界ではとても人気がある。わたし達の姉と言ってもおかしくない程の若々しさと美貌のせいもあるし、出身が立派な家柄である事もその理由だろう。いろんなお茶会にお呼ばれしてにこにこしながら参加しているので、大変な情報通でいらっしゃる。そんなお母様でも、おふたりに何があったのか、具体的な事を知らないようだ。

 つまり、セルニアータ国の重鎮たちの間で、情報規制が行われたという事である。

 

 そのようなきな臭い王妃問題に我がシュトーレイ家が絡むと聞き、お母様は頬を赤くして、珍しく少々興奮気味である。しかし、お父様はポーカーフェイスを貫きながら答えた。


「あまり大きな声では言えないのだが、シシーラ家の姫もよんどころない事情で婚約破棄となってしまった……という事なのだ。そして、彼の国の王妃にふさわしい身分の姫として、シュトーレイ家に白羽の矢が立った」


 二人続けて『よんどころない事情で婚約破棄』となるなんて、アランダム国でいったい何があったのだろうか?


「……」


 普段はたおやかで優しく、微笑みを絶やさないお母様が、刺すような視線でお父様を睨んだ。その迫力に、さすがのお父様も頬がひくひくと引き攣っている。


「アランダム国は、わたしたちとは違った人々が住む国ですわね。その空気には魔素が満ちていて、姿形が様々な魔人たちが暮らす、遥か彼方にある不思議な国。そこへ嫁ごうとこの国を旅立った姫たちに、どのようなことが起きたのかをあなたはご存知でいらっしゃるのですか?」


「それは、まあ、知っているにはいるが……事情があって、その内容はたとえ家族といえども漏らすことはできないのだ」


 お父様は言葉を濁した。


「そうですのね。ならば、そのような怪しげな状況の国に、可愛い娘を嫁がせるわけにはいきませんわよね、あなた?」


「いや、しかし……これは国王陛下からのお達しなので、断ることはできないのだ」


「それならば、わたしが直接伯父上(・・・)にお断り申し上げてきますわね。ついでにふたりの姫たちに何が起きたのか、その身がご無事であるのかも確かめとうございますゆえ」


「ミレッダ!」


 ミレッダお母様は、王家の血筋の姫なのである。

 国王に喧嘩を売りに行きそうなお母様を、お父様は必死に止めた。


「頼むから察してくれ、ミレッダ。グランド家もシシーラ家も、政略結婚としてそれぞれ掌中の珠である姫を遠いアランダムに送り出したのだぞ。国のために、可愛い娘をな」


「……政略結婚は、貴族の姫に生まれついた者の義務、でございますわね。それはわかっております。けれども……」


 お母様は力なく腰をおろし、両手で顔を覆った。


「そのような不穏な場所に、うちの子を輿入れさせるなんて……なんとかなりませんの?」


 お父様は首を振った。


「……ミレッダの恐れるような、最悪の事態ではない、としか言えぬが。アランダムに行った姫たちの身に何か不幸があったのなら、さすがのわたしも、いくら貴族の務めと言えども首をかけてでもこの話は辞退するぞ」


「でも、アランダム国はとても遠い国ですわ! 何が起きているのかすぐにはわからない、遠い遠い国に、可愛い娘を……」


「ミレッダよ、そなたがそのように動揺するでないぞ。シュトーレイ伯爵夫人として相応しい振る舞いを心がけるが良い」


 お父様に諭されて、お母様はか細い声で「申し訳ございませんでした」と謝罪した。

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