花嫁になる為に その4
恋に落ちたわたしは、一日中ゼル様の事を考えてのんびりと過ごした。これが所謂『頭がお花畑』という状態なのだろう。前世今世通して初めての体験であるが、軽く酔っ払った様な感じでなかなか楽しいものだ。
恋愛未経験期間が年齢×2以上である事は、この際触れないでほしい。
わたしがアランダム国へやってくる事は突然決まったので、この国に関する特別な教育は受けていなかった。そこで急いで地理や歴史、政治的情勢の勉強をしたのだが、一週間という短い時間では限りがあった。
その上、この国は特殊な為、国に関しての情報がかなり制限されているという問題があった。
確かに、頭に耳のついた人々や不定形の青年(スライムの一族らしい)や、生きている骸骨が普通に暮らしている国だなどという事が広く知られたら、不適切な興味を持つ人物(お金儲けの種にするなどである)や、過剰な恐怖心や忌避感を抱く者も現れるであろう。結果的に何らかの国際的なトラブルが起きそうだ。
わたしは前世でゲームをしたり漫画や小説を読んだりしていたから、ファンタスティックな存在には耐性があるし、ホラーな外見でも性格が良いキャラ達に馴染んでいた。だから、この国に来て個性的な方々を目の当たりにしても、先入観なく彼らを見る事ができた。
けれど、セルニアータ国の他の人々はそうはいかないだろう。
というか、わたしが日本で暮らしている時に歩く骸骨騎士に出会ったら、それがどんなに良い方でも絶叫しただろうから、仕方がない。
わたしは優雅に過ごしエルと気のおけないお喋りをしながら、アランダム国についての生きた知識を伝授してもらった。
エルは森の精霊だと聞いていたのだが、どうやら精霊の女王だという事がわかった。つまり、彼女は身分的にかなり高い立場にいるのだ。下手をすると……いや、しなくても、魔王陛下に頭を下げる必要がない程である。
あと、怖くて聞けないけれど、とんでもない年齢らしい。
気まぐれな精霊女王は現在、趣味の延長や暇つぶしのような感じでゼルラクシュ魔王陛下に仕えていて、彼の婚約がなかなか上手く整わない事を心配してわたしの付き人になってくれたそうだ。
エルがオールマイティなお助けお姉さんなのは、大変な力を持つ存在だからだった。
ゲームの説明にはなかったけれど、これで納得がいった。
そんなエルから、ゼル様の普段の様子を話してもらった。わたしは王妃になるのだから(ええ、このアネット・シュトーレイは、魔王陛下と結婚する気満々ですわよ!)どんな生活をする事になるか知っておかなければならない。
魔王とは言ってもアランダム国の国王なのだから、普段は人間の王様と同じような執務をしているとの事で、違うのはいざという時には、強大な力を必要とする危険な前線にも自ら赴くという点である。
例えば、魔物(魔人ではない)の暴走が起きたり、稀にあるらしいが魔人が凶暴化して手につけられない事態に陥ったりしたら、ゼル様が直接対処する。
いつも最小限の被害に抑えられるそうだ。
さすがはゼル様である。全方面、隙なくカッコいい。
ああ、好き。
「とはいえ、殆どの事案は我が国の騎士団で対処できますからね。魔王陛下がご出撃なさるのは、数十年に一度くらいですわ」
数十年って……あら、そういえばゼル様っておいくつなのかしら?
それも怖くて聞けないわ。
「この国の方は、皆長生きされるのかしら。わたしは人間で寿命が短いから、もし結婚したら、ゼル様を置いて逝かなくてはならないのね」
歳をとってわたしだけ老化し、容姿が衰えていくというのもあるけれど、わたしってば元々が平凡な見た目だし、その事に関してはあまり気にならないから、かえって良かったけれど。
そんな事をエルに言ったら。
「アネット様の寿命はせいぜい70年かそこらなのですか? いけませんわ、失念しておりましたが、それは由々しき問題ですわね……人間の寿命の延ばし方を編み出さねばなりません。不老の秘薬ならば世界樹の葉や露を原料にすれば数年で作れるかと思いますし、早速手配して研究してみますわ。アネット様が不老のお身体を手に入れていただきましたら、不死の秘薬の方に取り掛かりましょう」
「不老の身体? わたし、不老不死になるの?」
「はい、なっていただきます」
にっこり笑っているが、強制的に決定らしい。
オールマイティなお助けお姉さんが本気になった。
なんかヤバいお薬を作ってしまいそうで怖い!
「いいのよ、気にしないでエル。わたしは自然の摂理に抗おうとは思わないから、70歳まで生きれば充分よ。ゼル様もたぶん、きっと、大丈夫じゃないかしら」
すると、エルの頭からものすごい量の枝が生えて、ハリネズミみたいになってしまった。
「全然大丈夫ではありませんわ! わたしを置いて逝かないでくださいませ! 可愛いアネット様が早逝なさったら、悲しみのあまりにアランダム国の植物を全て枯らしてしまいますよ!」
そっちか!
お助けお姉さん、怖い。
「そ、それは、困るわ……やめてね、絶対にやめてね、エル。アランダム国を滅ぼさないで頂戴、お願いよ」
わたしが死んだら、この国は終わっちゃうじゃないの。
ゼル様よりもエルの方をなんとかしなくちゃ。
「でしたら、早急に秘薬を完成させますわ。アネット様をひとりで逝かせたりしませんからね」
お助けお姉さんは、キリッとした顔で言い切った。
うん、わたしへの贔屓がすごいわね。
そんな事もあったけれど、無事に一日を終えたわたしは今夜もゼル様ぬいぬいと一緒にベッドに入る。
「ゼル様、今日はお話ししてくださってありがとうございました……あああああ、ゼル様、好き! もう好き! 大好き!」
気持ちの良い肌触りの、ちょっぴりセクシーな雰囲気のネグリジェを着たわたしは、ゼル様ぬいぬいのおでこに自分のおでこをくっつけて、「好き」と鼻の頭にキスした。そして頬擦りをする。
「んんんんんーっ、好きが止まらない! 明日もゼル様に会えますか? ああん、会いたい、早く会いたい、毎日会いたい、好き好きわたしのゼルたん!」
誰も見ていないのをいい事に、わたしはゼル様ぬいぬいの唇を奪う。
「んんんんんーまっ! んんんんんーまっ! んんんんんーまっ!」
唇を、激しく奪う。
「もうもう、超好き! 宇宙一好き! ゼルたんが大好き!」
ゼル様ぬいぬいの匂いを胸いっぱいに吸い込んでから、わたしは目を閉じた。
「ありがとう、ゼルたん。存在してくれてありがとう」
あなたがいるから、わたしの世界は美しい。
「明日もお目にかかれますように」
枕の上に頭を並べて、とても幸せな気持ちでわたしは眠りについた。
ごめんなさい、今日は少し短めです。




