表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】政略結婚の相手は推しの魔王様 このままでは萌え死してしまいます! (旧 推しの魔王様!)  作者: 葉月クロル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/43

健気な姫君 その2

今回も長くなっちゃって、すみません!

ゆっくり読んでね(*´ω`*)

この後場面が切り替わるから、

切れなかったんです……。

 神官シモンの回復魔法により、失った血液(と言っても少し多めの鼻血であるが)を取り戻して、体調がすっかり良くなったわたしは、汚れたドレスを着替えてソファにかけた。


「お茶とお菓子をご用意致しましたので、ごゆるりとお過ごしくださいにゃ」


「ありがとうね、ミーニャ」


 喉をゴロゴロ鳴らしながら、ミーニャがティーカップをテーブルに置く。


「アネット様が猫好きで、本当に嬉しいです」


「ふふふ、遠慮なくにゃんにゃん鳴いて貰って良くってよ。わたしも楽しい気持ちになりますからね」


 冗談っぽく言うと、ミーニャは「ふにゃあ、優しい花嫁様にゃん……」と尻尾を左右に振ったので、わたしはモフモフに触りたくてたまらなくなる。


「屋敷に戻ったら、猫族の者にアネット様のお話をしてたくさん自慢しますね。猫族はきっとみんな、アネット様に一生お仕えするにゃん。だから、絶対に魔王陛下の花嫁様になってほしいにゃんよ!」


 耳をぴこぴこと動かしながら「お願いにゃ?」と可愛らしくおねだりするミーニャの姿に、わたしとエルは顔を見合わせて笑った。


「ミーニャは猫族の姫なのですよ……少々お転婆ですが、大変気の良い猫なので、アネット様に親身にお仕えすると思いまして、推薦致しましたの」


 そう、わたしはこの国の王妃候補としてやって来たので、身の回りに控える者達も身分が高いものばかりなのだ。ミーニャもそうだし、メイド服を着てお世話をしてくれるお嬢さん達もそれぞれ爵位がある家の姫で、身元がはっきりした方ばかりなのだ。


「わたしはお転婆ではなくて、反射神経と運動神経がいいのですよ、エルエリアウラ様。このミーニャ、アネット様の手足となってお仕え致しますので、なんでも申しつけてくださいにゃ」


「まあ、頼もしい猫のお姫様ね。それではこちらに来て頂戴な」


「はい。……んにゃん」


 わたしは「頼りにしていますよ、ミーニャ」と頭を撫でて、ついでに柔らかくて素敵な手触りの耳をふにふにさせてもらい、彼女をゴロゴロ言わせたのだった。


 猫ちゃんのお耳は、控えめに言って最高!

 このふわふわの手触りが、わたしの心を癒してくれるわ……。




 部屋に使者がやってきて、魔王陛下から届いたというメッセージを受け取ったミーニャがやって来た。


「アネット様、魔王陛下よりお言葉を賜っておりますにゃん」


「まあ、陛下が!」


 お叱りの言葉だろうか。

 さすがのわたしも『推しからの冷たい言葉はご褒美です、ハアハア』という変態の道には足を踏み入れていない(……本当よ、踏み入れていないの!)ので、怖くなる。


 緊張で震える手で封筒からカードを取り出して開くと、そこには『ゆっくりと身体を休めるが良い』と一言、走り書きがあった。


「……陛下は、お怒りではないのかしら。大切な場所を血で汚してしまったというのに」


 ほっとしながらも、わたしは不思議に思った。


「まあ、アネット様ったら。お怒りの筈などありませんわ。陛下は血など見慣れていらっしゃいますしね」


 それもちょっと怖いんですけど!


 エルが上品に笑って言った。


「陛下の放つ強大な覇気に触れて出血するのは、アネット様だけではございません。アランダム国民であっても、魔素のあまり濃くない地に住む者達はやはり耐性がないので、喀血、吐血は当たり前、中には耳からの出血をしてしまう者もおりますのよ」


「み、耳から!」


 それって非常にまずいのではないだろうか。

 出血が鼻からであったことを、わたしは初めて喜んだ。


「でも、大丈夫です。すぐに身体が慣れますからね。それまでは神官シモンの術を頼みにして、何とかしのいで参りましょう」


「ええ、わかりました。魔王陛下がお気を悪くなさっていなくて、本当に良かったわ」


 花嫁失格となってセルニアータ国へ送り返されなくて済むらしいので、わたしは安堵し、ゼル様からのメッセージカードをそっと胸に押し当てた。

 

「陛下が気遣ってくださった……嬉しいわ……」

 





 落ち着きを取り戻したわたしは考え事を始めた。

 もちろん、わたしの生きるかてであり、最愛の推しであるゼル様の事である。

 本当は脳内で、ふたりの出逢いのシーン(きゃあっ、照れちゃう!)をエンドレス再生したいのだが、皆の前でだらしのない顔を見せるわけにはいかないので、それはお休み前のベッド内でのお楽しみに取っておくことにする。


 それよりも、鼻血が問題だ。

 皆は魔力への耐性不足だと言っているが、わたしのゼル様に対する萌えが出血を後押ししているのは確かである。

 例え鼻血と言えど、ゼル様にお会いするたびに流血していたら流石さすがのわたしも貧血になってしまいそうだし、それを目撃する周りの人達にも精神衛生的に良くないだろう。


 ニックネームが『鼻血姫』になってしまったら、わたしの心のダメージも大きい。


 それに、わたしの治療してくれる神官シモンやスケルトンズ(名前を尋ねたら、ドナルドとカーネルだと教えてくれた。背の高い方がドナルドで、がっちりして逆三角形の体型……骨型? をしている方がカーネルらしい)の負担になってしまう。回復魔法を多用したためにもしも昇天してしまったりしたら、三人に申し訳ない。


 魂が安らかに天に昇るのは死者的には良いことなのかも知れないけれど、三人共とても良い方なので、まだまだこのアランダム国で第二の人生を楽しく送って貰いたいと思う。


「……ゼル様……ゼルラクシュ魔王陛下にお会いしても平常心を保てる訓練が必要だわ」


 少なくとも、鼻血を出さずに萌えるようにならなくちゃ。

『萌え禁止』は無理だから。

 あの美しくてカッコよくて心の奥からキュンキュンが込み上げてくるような素晴らしい存在のゼル様に萌えずにいるなどということが誰ができようかいやそれ絶対無理無理ムリムリイイイイイーッ!


 アネット・シュトーレイ伯爵令嬢として、わたしは努力しなければならない。

 わたしが単なるゲームファンならば、ゼル様にお会いしてきゃあきゃあと喜んでいるだけで良いのだが、今の立場はあくまでも『セルニアータ国から政略結婚をする為にやって来た王妃候補』なのだ。


 貴族にとっての婚姻は、プライベートではなく、パブリックなお仕事なのである。

 特に、以前いらしたふたりの姫(ミシェール様とマリアンヌ様に何があったのかは、おいおい調査しようと思う)が婚約破棄となってしまったという訳有りな現状のせいで、今回の婚姻が上手く結べなかったとすると、順調に近づいてきた二国間の関係に亀裂が生じかねないし、外交の担当者であるお父様の立場も悪くなってしまうだろう。

 万一、これが元で戦争が引き起こされるようなことがあったら……その可能性はゼロではない。


 そう、すべては、世界の平和はわたしの鼻の毛細血管にかかっているのだ。

 毛細血管トレーニングが必要だ!


 わたしはひとつ頷くと、エルに頼んだ。


「ねえエル、布を何種類かと裁縫道具を用意して貰えるかしら。ゼル様の姿に似た人形を作ろうと思うの……ゼル様のお肌のお色に似た布は必ず入れて頂戴ね。あと、髪の毛に使う銀色の布も、できたら欲しいわね」


「人形、でございますか?」


 エルが不思議そうな顔をした。


「ええ」


 この身のうちから溢れ出る愛を受けてもらうために、ゼル様のぬいぐるみ、その名も『ゼル様ぬいぬい』を作るのだ。


 グッズの作成は、推し活の基本のキよね!

 前世の記憶がわたしの手にも残っているから、ぬいぐるみでもマスコットでも、手書きのしおりとか団扇うちわとかのグッズだって作れるわよ!


「いつも身近にその人形を置いておけば、なんとなく、ゼル様の存在感とか波動とか覇気とかに慣れるような気がするのよ」


 本当は、萌える愛とか興奮とかをぬいぐるみに受け止めて貰うんだけどね。


「……なるほど。それは良い考えだと存じますわ、さすがはアネット様にございます。ただいま材料を調達して参ります」


「柔らかな、手触りが良い布をお願いね」


「承知致しました」


 そう言って、エルが部屋を出て行った。


 ぐふふふふ、ゼル様ぬいぬいを抱っこして寝るんだもんね!

 好き! ぎゅっと抱きしめちゃう!





 戻ってきたエルは、裁縫道具の入った箱と、ぬいぐるみが千体は作れそうなほどの大量の布を、頭から生えた枝で抱えてきた。


 うん、エルの力持ちっぷりをすっかり忘れていたわね。


 わたしはそこから、ゼル様の顔や手足と、胴体部分にふさわしい布を選んだ。

 簡単に作りたいから、着せ替え機能はつけないことにする。というか、着せ替えできるようにしてしまうと「さあゼル様、お着替えしましょうね……んふふふ……」と言いながら服を脱がしたりする怪しい姿を皆に見られてしまうという危険がある。

 王妃候補として、それは避けたい。


「それから、これをどうぞ」


 エルが、やたらとキラキラ光る糸のようなものを差し出した。


「これは?」


「魔王陛下のおぐしでございます」


「おぐし……ええっ、髪の毛? 神々しい程の美しさだわ……」


 それは、ひとふさの美しい髪であった。

 光を放ち、何やら良い香りまで放っているそれは……え、なに、これをどうしようっていうの?


「魔王陛下の魔力が多量に込められたこのお髪を、人形の中に入れてアネット様の身近に置かれれば、魔王陛下のお力に身体がより早く慣れるのではと考えました」


「まあ、素晴らしいわ、あなたは天才じゃないかしら、エル! ありがたく使わせていただくわ……魔王陛下の髪は、まるで花のような良い香りがするのね。どんな洗髪剤を使ってらっしゃるのかしら」


 べっ、別に、『わたしもゼル様と同じシャンプーを使ってお揃いの匂いになりたいわクンクン』なんて変態くさい事を考えているわけではありませんからね、本当に!


 エルは「香りですか?」と首をひねってから「もしかすると、魔王陛下の魔力が、花嫁候補でいらっしゃるアネット様には香りとして感じられるのかも知れませんわね」と頷いた。


 という事で、それから夕飯の時間まで、わたしは縫い物に没頭した。手が無意識のうちに動き布を断ち縫い合わせ、みるみるうちに立体的な形に縫いあがった。

 わたしは前世で、ぬいぬい職人の副業でもやっていたのだろうかと疑う程である。

 そこに綿を詰めて形を整える。もちろん、その中にはゼル様の尊い髪の毛を仕込ませていただく。


 途中でエルが「この人形の髪を、魔王陛下の髪ですべて作ったならば、さらに効果が高くなりますわよね……毛根からむしって参りましょうか?」などと物騒な事を思いついたので、わたしはゼル様の頭皮の健康を守るべく「そこまでしなくても大丈夫だと思うの、お願いだから陛下の毛根には手を出さないで頂戴! 毛根は大切に扱って!」と必死にエルを止めた。


 そして、ゼル様ぬいぬいが完成した。

 柔らかな手触りの高級な布をふんだんに使ったぬいぐるみは素晴らしい出来で、羊の執事のフレッド、エル、ミーニャ、そしてメイドさん達から賞賛の拍手をいただいた。

 頭の部分は銀色に光る滑らかなシルクで作り、眼は淡いブルーの刺繍糸で丁寧に刺繍した。立て襟デザインの服装にして、ちょこんと紫のマントを着せてみた。

 ぎゅっと抱きしめると、ふんわりと良い香りが漂う。


「ああ、ゼル様……」


 小さな声で呟き、そっと頬擦りする。


「そのデザインが、魔王陛下の髪の魔力を増幅させているようですわね。一房の御髪の魔力が大きなものへと増幅されているようです。それはアネット様のお力なのでしょうか」


「わたしの力?」


「はい。もしかすると、アランダム国にいらした事でアネット様の魔法の力が目覚めたのかもしれませんね。ものづくりの魔法のようです」


 推しのためのグッズ作りが、わたしの魔法なのかしら?

 調子に乗ってどんどん作っちゃうわよ。


 今日の行事はすべて終了ということで、わたしは続き部屋にある小さなダイニングで美味しい夕食をいただき、もう一度お風呂を使ってから(一度鼻血まみれになってしまったので、さっぱりさせてもらった)ゼル様ぬいぬいを抱きしめてベッドに入り、憧れのゼル様とのご対面シーンを脳内再生しかけたところで夢の国に旅立ってしまったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ