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【書籍化】政略結婚の相手は推しの魔王様 このままでは萌え死してしまいます! (旧 推しの魔王様!)  作者: 葉月クロル


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健気な姫君 その1

「アネット様! こんなに酷く出血なさるなんて、にゃんという事に……ああ……」


 部屋に戻ったわたしを見た猫の侍女が、うにゃあああーっ! という悲壮な叫び声をあげた。


「落ち着くのです、ミーニャ。神官ゾンビはまだですか?」


 エルが叱咤するが、その声には焦りがある。


 わたしの意識は、担架で運ばれているときには半ば戻り、ベッドに寝かされた所にははっきりしていた。

 素敵なベールもドレスも鼻血まみれになった自分の姿を見て、わたしはしょんぼりしながら言った。


「皆さん心配してくださってありがとう。でもわたしは大丈夫よ、これくらいはたいした事ではないから……」


 最推しとの初対面の場で、事もあろうに鼻から流血して血まみれだなんて……もしかしてわたし、終わってる?

 魔王陛下は、鼻血を噴く女の子は好きですか?

 好きなわけがないわ、そんな女の子をお嫁さんにしたいわけないじゃない。

 うわあああああん、ゼル様、申し訳ございません、尊きゼル様の御前おんまえを血で汚してしまいました!


 もう駄目だ。

 これでわたしは王妃候補という座を失ってしまったのだ。

 推しに嫌われたという気持ちと、大事な役目を果たせなくなった可能性が高まったという絶望感で、わたしの身体から力が抜ける。

 泣き叫びたい気持ちを必死で抑えたが、目尻から涙がほろほろと溢れてしまう。


「ああ、おいたわしい……」


 優しいエルが、ハンカチでそっと涙を拭ってくれた。


「アネット様……ああ、代われるものならわたしが代わりたい!」


「流血なさるほど身体が魔力にさいなまれていただなんて……」


 部屋にいる美少女達(年齢不詳のエルも含む)がしくしくと泣き出してしまったので、わたしは動揺した。これでは『生ゼル様にお会いして、興奮して鼻血が出ちゃっただけなの』とは言い出せない。


「ああっ、神官ゾンビ、じゃなくてシモン様、こちらへ早く!」


 部屋の中にバタバタと駆け込んできたのは、背中まである長くてウェーブのかかった金髪にブルーの瞳の、とびきり美しい青年である。


 あら、この方には見覚えが……彼は不死のシモンじゃない?

 えっ、人気キャラのシモン様なの?


 ベッドサイドに立つのは、意識の高い聖職者だったのに、ライバルの神官におとしいれられて殺されてしまい、無念のあまりに不死者として蘇ってしまった不遇のキャラ、神官シモンであった。

 彼は神官だったから、回復魔法が得意である。でも、自分を回復する事はできないのだ。うっかり回復しようとすると、彼の心が癒されてしまい、そのまま昇天してしまうからだ。


 その美しき神官が、わたしのベッドの横に来ている。

 立体シモン様にまで会えるなんて……でも、やってもらうのが鼻血の治療なので申し訳ない。


「ああ、これはかなりの出血をされていますね。すぐに回復魔法を……」


 心配げにわたしを見つめる物憂げな顔が、震えるほど美しいわ。

 また鼻血が溢れてしまいそう。

 アランダム国に来て本当に良かったと、こんな状態なのに思ってしまった。

 美は人の心を癒すものなのね。


「シモン様ーっ!」


「なりませぬーっ!」


 さらに二人の人物が駆け込んでくる物音がした。

 見ると、大きな盾を持ったスケルトン兵だ。スケルトンだから身体が骨なのだが、よくお手入れがされているようで、全身が象牙のように輝いていて、なかなかのハンサムだと言えよう。

 イケメンスケルトンズは回復魔法をかけようとするシモンの前に立ち、彼を止めた。


「安全のために我らが盾となりますゆえ


「少々お待ちを!」


 スケルトン兵のひとりがシモンの頭に持参してきた冑をすっぽりとかぶせた。そして、盾をふたつ並べ、わたしに向けて構えると「いざ!」と促した。


「それでは参ります」


 その盾の隙間から、神官シモンが手を突き出して、手のひらをわたしに向けた。


「セイントヒーリング」


 手のひらから放射される温かな緑の光がわたしを包み込んだ。なるほど、これならばシモン様もスケルトンズも回復されないで済む。

 わたしにはとてもよく効く魔法なのであっという間に全身がとても楽になり、気分もすっきりした。

 さすがは神官シモンである。彼の回復魔法は超一流なのだ。


「ああ良かった、姫様の顔色が良くなってきて……安心して、わたしはなんだか穏やかな気分になってきましたよ……」


 フルフェイスの冑の向こうで、シモン様が呟いた。その身体が光を放ち始めている。

 大変である、シモンが癒されてしまったようだ。

 元々が神に仕える敬虔な人物なので、その心も美しく素直なのだろう。


 シモン様付きらしいスケルトン兵達が慌て出した。


「これはまずい事に……シモン様、魔法をお止めください!」


「早く、このままではシモン様が昇天してしまう!」


 スケルトン兵が神官がかぶった冑を取り、身体中から緑の光が溢れて半透明になったシモンの肩を掴んで揺さぶった。

 穏やかな表情で瞳を閉じるシモン様の頭ががっくんがっくんと揺れたので、むち打ちにならないかと心配になるが、昇天してしまったらむち打ちどころではない。


「思い出してください、シモン様を裏切ったやからのことを!」


「恨みを忘れてはなりませんぞ! まだ昇天なさるには早すぎますゆえ!」


「裏切った……者たち……」


 ぐらぐらと揺さぶられた神官シモンは目を開けて、自分の敵の事を思い出したようだ。


「あ……ああ、そうだった。聖職者を名乗りながら悪しき企みを抱く者たちに罠にかけられ、命を落とした無念を忘れてはならないのだ……が、やっぱりなんだかもう許しても良いような気分に……」


「ゾンビになる程の恨みを、そう簡単に許してはなりませんっ!」


「シモン様、お気を確かに!」


 どうやらきちんと殺された恨みを思い出したようだが、彼の優しい心がそれを上回ってしまいそうである。やはり彼は聖職者のかがみだ。

 スケルトンたちは、何とか彼を呼び戻そうと大慌てである。


「そ、そうだ、シモン様には、まだお仕事がございますぞ! 神官としての大切なお役目が! ほら、救護班長に任じられたではございませんか!」


「そそ、こちらにおわす王妃候補の姫様がこの地で健やかにお過ごしになれるように、お守りするという大切なお務めは、シモン様にしかできません故、昇天の方はしばしお待ちを!」


「救護班長……ああ……そうですね……」


 シモンの身体の光が揺らめいた。

 スケルトンズがわたしの方をちらっちらっと見ながら、目のない眼窩で『ほら、姫様ほら』とわたしに訴えてきたので、わたしはベッドサイドに降り立って言った。


「神官シモン様、とお呼びしてよろしいでしょうか? ありがとうございます、神様のお力をお借りしてくださいましたおかげで、わたしはこんなにも身体が楽になりました。ほら、もうこのように元気に満ちておりますわ」


 わたしはその場でくるっと一回転してからポーズをとり、同時に顔もドレスも血まみれである事に気づいた。


 いやん、スプラッター!

 ゾンビよりもスケルトンよりもわたしの方がホラーだわ。

 白いドレスに飛び散る血飛沫しぶきが華やかなスプラッターダンスだなんて、伯爵家の令嬢にあるまじき姿をさらしてしまったわ。


 けれど、さすがは(?)アランダム国の皆様、わたしの血まみれダンスを見てもまったく動揺せずに、むしろ「アネット姫様がすっかりお元気に!」「なんと軽やかなステップでしょうか、ここまで回復なさるとはさすがはシモン様ですわ」「姫様にはこれからもシモン様の御技みわざが必要でございます」と喜びの声をいただけた。


「おお、素晴らしいことです」


 神官シモンが笑顔になり、昇天しそうになっていた身体が元通りになったので、わたし達はほっとした。


「ふう、危ない所でしたが、またこの世に戻ってこれたようです」


 彼は上品に、指ですすっと額の汗を拭ってから「姫君、お身体の具合はいかがでしょうか」とわたしに尋ねた。


「はい、力に満ちてとても調子が良いのです」


「それは姫様が神様への信仰心に満ちていらっしゃるからでございましょう。わたしはこのふたりの兵と共に、魔王陛下より姫様付きの救護班員を任じて頂いております、シモンと申します。これからは、多少に関わらず気になることがございましたら、どうぞご遠慮なくお声がけくださいませ。不肖者でございますが、回復魔法をお使い申し上げますので」


 白い神官服に身を包んだシモン様は、少し顔色は悪いものの(不死者だからこれは仕方がないのだ)清楚な美形である。長い金髪に中性的な美貌を持つシモン様は、まさに神様の使者にふさわしいのだ。

 わたしは神々しいほどのそのお姿にうっとりしながら「はい、ありがとうございます」とお礼を言った。


「淑女の部屋に立ち入ったご無礼をお許しください。わたし共はこれで失礼いたします」


「自分達のような骨が、姫様のお目汚しをして申し訳ございませんでした」


「緊急時ゆえ何卒なにとぞご容赦の程をお願い申し上げます」


 シモンが頭を下げ、スケルトンズが跪いた。

 わたしは、身を挺して神官シモンの昇天を防いだスケルトンズに声をかけた。


「ふたり共、わたしの為に駆けつけてくださってありがとう。とても良く磨かれた美しい骨だと、少々見惚れておりましたわ。これからもどうぞよろしくね」


「……我らの骨を……」


「……美しいと……」


 スケルトンズは骨をカタカタと言わせた。


「おお、姫様! なんとお優しきお言葉を賜われたのでございましょうか!」


「もったいないことでございます! 我ら、無上の喜びでございます!」


「美しき、いとたっとき姫君からありがたき言葉をいただけて……」


「天にも昇りそうな……心地でございます……」


 スケルトンズの骨が光を放ってしまったので、わたしは「駄目よ、昇天してはなりません! あなた方も救護班なのですからね、これからも頼りにしていますよ!」と慌ててふたりをこの世に繋ぎ止めたのであった。


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