霧蜘蛛討伐戦線1
誤字脱字報告お願いします。
「ここ、イアストリア大陸における、敵とはなんだ?」
暗い宮殿の中で跪く男に、彼女は問いかける。
「黒獣でございます、閣下。」
顔を上げずに軍服を着た男は答えた。
「…では何故、軍部の者が法を犯している?」
男がなんと答えるか考えるより先に彼女の言葉は続いた。
「まあいい、もう始末済みだ。ティクリー少佐、お前もまたここで終わりだ。」
男が顔を上げて何を言っているか確認するより速くその男は頭の中を沸騰させられて死亡した。
「…報告。」
彼女の声に応えるのは機械のみ。
彼女のいるデスクに備わるタッチパネルが一人でに報告書を提示する。
「ティクリー少佐及びその部下3名を強姦の罪により終了した。」
彼女の声はそのままパネル上の報告書に文字として記されていく。
「今件で4件目の犯罪だ。軍部の引き締めが足りていないと指摘する。」
「被害者の処理は任せる。」
「報告終了」
パネル上の報告書は自動で保存され、提出された。
誰もいない部屋の中で彼女は3時間ぶりに深呼吸をし、最低限だったライトを付けた。
男の死体は、自動掃除ロボットによってもうなくなっている。
「はああああ」
彼女は電気の消えたデスクに伏せた。
「やっと仕留めたわ…、いつもいつも私の胸ばっか見る変態め」
照らされた中で伸びをし始めたのは美少女だった。
細くきりりとした整った西欧風の顔にきっちり着こなされた緑を基本色にした軍服。
Eカップと同世代ではほとんどいないほど大きな胸をコンプレックスに持つ17歳の少女。
それがこの部屋の主、アルダルテ・レグス・フォン・バーミリオン大佐だ。
33年前から電子ウイルス、感染型電脳パズルウイルス、通称KNPのマスターキーを生み出したことにより、国を代表する者として名誉地位ゆえ付属する兵は少ないものの大佐の権限を所有することとなった。それが彼女である。
KNPとは脅威度5に指定された大陸中を襲った電子ウイルスのことである。プログラムを勝手に書き換えるというものだ。この書き換えは極めて殺意、敵意に満ちており、数多の最悪を塗り替えてしまったことで有名だ。
当時にはもうほとんどAIが世界を動かしていると言って過言でなかった世界において、悪意的なプログラムの変換を行うKNPは猛威を振るった。
ネットを介して感染する仕組みだったが故に隔離されたネット空間は感染しなかったがほとんどが繋がりから感染した。その規模は一般家庭のフルーツミキサーから、一般社や一部の電車に至るまで様々なものへ広がった。
その結果、何が起きたか端的に説明すれば、3カ国が消え、5カ国が壊滅、14もの国が大損害を被った。
あらゆる自動操作AIが悪意をもって動き出したのだ。
ゴミ収集車や芝刈り機、掃除機は違うものを排除してしてしまった。
舗装される道路には生きた整備員が埋め立てられ、娯楽だった機械の犬は喉を噛み切る鋼の野犬に成り果てた。
自動車や電車は一人でに動く鉄の砲弾となった。
何よりも、この大混乱によって第1線の終末戦線が破かれたことが最悪だった。
北から広まったKNPは最北の国ほど深く強く被害を出した。
4年間維持されていた戦線は30キロ以上も下がってしまったのだ。
彼女の国はマスターキーによってギリギリ壊滅する手前で済んだ。
故に彼女は若すぎる就任な上に高すぎる地位なのだ。
ただ現在KNPは脅威度1〜2とされ、町村壊滅規模と再指定されている。
そういえば解説しただろうか。
KNPとは、別に感染型電脳パズルウイルスだからKNPと呼ばれているのではなく、黒のノイズパズルウイルスを略したものであると。
これは戦線で丸呑みされた機械兵が所持していた携帯端末に寄生した黒の電子ウイルスによるものであり、30秒ごとに入れ替わる上に20桁のパスワードを、正しく入れないと停止できなかった。さらに加えて他端末から感染し直すという機能があったのだ。何より、解除のパスワードは都度3つ制定される。どれも正しく解除できるものだが、AIはそのうちどれが正しいかを調べ始めてしまう為、AIは封殺されてしまった。
いくら優れたAIでも考える『脳』を壊されてはどうしようも無い。
さらに一度手をつけたら殺意が増していくという仕様でもある。脱線した電車が近くにパソコンしか電子機械のなかった男性宅に衝突したのはあまりにも有名だ。なにせその電車が迫っていた駅には警護ロボットと出入り口のゲートによって線路に落とされていた300人近い人間がいたにもかかわらずそれらを無視してでも殺しに行ったのだから。
彼女の制作したマスターキーは、感染した機械のパスワードを強引に書き換え、当てはめ、感染し直すKNPを辿って同じことを繰り返すというものだ。まず最初の書き換えができたのがこの大陸内で彼女だけだったのだ。
放置していたとするときに比べ6割以上の損害を未然に防いだとされている。
その功績は世界を救ったと呼んでも差し支えはないだろう。
とはいえ当時16歳の彼女がいきなり大佐になって何ができるだろうか。
他の大佐と比べて2番目に少ない部下の数でどこまでのことができるだろうか。
一番少ないのは最近黒狼を討ったと聞く、第8地区の援護としていき、四人しか生きて帰ってこなかった部隊である。
軍部としては大佐職を与えたはいいものの、特にさせられることもないというのが今の彼女だ。
そんな現状を彼女が一番理解していた。
だからこそ警戒していたが、足りていなかった。
「さて、と。…は?」
一息ついた彼女が読んだ1枚目の命令書には、思わず素でこぼしてしまうようなことが記されていた。
『命令書 アルダルテ・レグス・フォン・バーミリオン第26番隊隊長兼第8名誉大佐』
『コードネーム mist - spider 侵食確認』
『霧蜘蛛ノ討滅ヲ命ズ』
『霧蜘蛛 脅威度4』
『対象討伐難易度 推定3』
『借出可能兵装 最大ランク2 最大4機 弾300x6x4』
『成功報酬 ダイアウルフ原子炉一機ノ全権限及ビ兵士400名ノ追加』
『失敗報酬 生存時終末戦線第28区ヘノ転勤』
『討伐期限 本時刻3/21/23:40---3/30/24:00』
『ナオ作戦逃亡ハ軍規2番ニ違反シタトシテ即時終了スル』
『汝ノ健闘ヲ祈ル』
それはいわゆる、死んでこいと言っているのと同義である、1日で都市を壊滅できる程度と見られている怪物退治という死刑宣告だった。