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異種間交遊(桃)前

 姿形、生まれが魔物になったからと言って、私の心までは完全に魔物にはなりきれなかった。

 もちろん、生き死にに関わることは別である。それこそ私の食事方法なんか、前世そのままの精神状態だったら決死の覚悟で餓死の道を邁進していたかもしれないのだから、まるきり前世の人間だった頃そのままかと言われればそれも違う。目の前でエログロスプラッタなR18Gがリアルで展開されても死んだ魚の目でスルーできるくらいには擦れたとは思う。何せこの魔界じゃ日常茶飯事。慣れなきゃ精神崩壊廃人コースまっしぐらなもので。

 だけどやっぱり、私の根っこにはまだ健全に人間として生きていた頃の感覚がこびり付いているわけでして。

「いや……やだ、やめて……来ないでえ……っ」

「…………」

 ここまで怯えられたら、如何に生ける快楽堕ち量産機、存在自体がR指定と言われる私だって、傷つくものは傷つくのである。


    *


 さて、まずは状況を整理しよう。

 まず、私は今小腹が空いている。普段なら趣味と実益と研究も兼ねてロジーが隙あらば私をぷにぷにして恍惚としているから、それこそお腹が空く暇がないのだけれど、今日は残念ながらロジー不在。先日魔王陛下に提出した私を誘拐しようとした不届き者に関する調書が適当過ぎてお呼び出しを食らったらしい。馬鹿め、人を面白半分に絶望に叩き落とした罰が当たったに違いない。私人じゃないけど。桃色スライムだけど。

 では例の下僕志願者、もとい、私がうっかりモグモグしてしまったせいで、立派に私のストーカーになってしまった元エリート魔族なフィヨルドはというと、こちらもこちらで何やら実家から呼び出しがあったとかで舌打ちしながら帰省して行った。正直そのまま帰って来てくれなくていいと思っている。

 何が怖いって、このフィヨルド、自分ばっかりが私の、まあなんだ。性技にメロメロになっているのが面白くないのだとかで、日々自分の精気の錬磨に余念がないのである。魔界薬物並みの中毒性を目指しますねとか絶世の美貌で微笑まれてみろ。ぞぞぞと怖気が走って、一目散に逃走したくなった私の気持ちもわかってもらえると思う。

 魔界薬物っていうのはその名の通り魔界にしか生息しない草や石、その他諸々の材料を集めて調合した物で、主に普通の薬物が効かない種族に重宝されている。ドラゴン族とかね。

 でもそれは言い換えれば、それだけ効用が強いってこと。人間用の薬物でも十分な私たちスライム族にとっては劇薬だ。しかも中毒性なんて言葉が出て来るってことは、依存性の高い薬物のことを暗に指してるんだろう。つまりお前を自分の精気中毒者にして依存させてやろう宣言。一体どこのヤクザの手口だ。

 まあそんなわけで、私は久々に空腹なんて感覚を思い出していた。お腹が空いたらご飯を食べねばなるまい。

 いそいそと外出の準備をして、ぽよんぽよんと跳ねながら村外れからスライム族の村に向かう。トラブルの元になったら困るから同族をモグモグはしないけど、他種族の村に行くためには、村内を通り抜けて端っこにあるゲートを通っていかなきゃいけないのだ。

「おやシシィ。どうしたんだい、珍しい」

「んー、ちょっとねー」

「ロジオン様がいないからって、浮気しちゃダメだよ」

「やめておばちゃん。私とロジーの間には、研究対象とマッドサイエンティストという、どこまでもしょっぱい関係しかないんだからね」

「あっはっは!」

 私の反論を、赤色スライムのおばちゃんは豪快に笑い飛ばして相手にもしない。

 村の中央にはキャンプファイアーを思わせるどでかい炎が囂々と燃え盛っている。そこに井戸端よろしく集まっているサラマンダーに擬態した赤色スライムのおばちゃんたちは、皆揃ってうふうふ笑っていた。

 まあまあこの子ったら照れちゃって。そんな心の声がビシバシ伝わってくるのに知らん振りしながら、私の家とは反対側の村外れまでぽよんぽよん跳ねて行く。

 この年齢まで育ったからには、ロジーやフィヨルドに会う以前に私のごはんになってくれていた相手はいる。もちろん、食事のためだけに相手を色狂いに堕落させてしまうわけにはいかないから、相手の種族の姿に擬態して握手する程度の接触しかない相手だ。

 当然、ロジーみたいなドラゴン族とは違って、その程度の接触じゃ全然お腹は膨れない。でも、ちりも積もれば山となる。複数の相手からちょっとずつもらうことで、どうにかこうにか生き延びてきたのである。

 今回はまだ小腹が空いた程度だから、(オーガ)族の幼馴染ひとりに協力してもらえば多分なんとかなるだろう。魔族やドラゴン族に比べたら味は落ちるけど、量だけは大量にあるんだ、鬼族は。

 お腹が空くっていうのは、情けないし惨めなものだ。フィヨルドをモグモグしちゃった時、その直前の感覚なんて、できればもう二度と味わいたくない。

 そうやっていろいろ取り留めもないことを考えていたからだろうか。小さな悲鳴と、どさりと何かが倒れる音に、私はうっかり立ち止まって振り向いた。振り向いてしまった。

 そこにいたのは可憐な美少女。ふっくらとした唇は桜色で、鉛筆を乗せられそうなほど睫毛は長い。

 瞳でっかいなーと、ぼんやり思いながらぽよりと体を揺らす。転んじゃったんだろうか、もしかして。それにしては震えてる……というより、怯えてるように見えるんだけど。

 心情的には首を傾げて。実際にはぽよ、と僅かに体の一部をねじって。大丈夫ですかと尋ねる前に、彼女のひっ、という悲鳴が届く。

「いや……やだ、やめて……来ないでえ……っ」

「…………」

 そうして冒頭に戻るのである。

 これはもしかして。もしかしなくとも、怯えられているのは私なんだろうか。

 ぐるりと視線を巡らせる。うん、村外れなだけあって、人影ならぬスライム影はほとんどない。この場にいるのは私と美少女だけ。ってことは、疑う余地なく怯えられてるのは私ってことだ。

 わかっていたことだけれど、改めて確認したことでどんよりと気分が重くなる。忘れてた。忘れてたよ、だって久しぶりなんだものこの反応。

 ロジーとフィヨルドが押しかけてきてこっち、そもそも私は同族の村にすら滅多に顔を出さなくなった。

 あの(・・)フィヨルドすら虜にして、しかもドラゴン族のロジーまで夢中――ロジーの場合は意味合いが大分違うんだけど――ということで、一度でいいから私にお相手してもらいたいという輩が急増したのが原因だ。引きこもっていてさえもこの前二十六回目の誘拐未遂被害。未然に防がれたのも含めれば、そろそろ三桁の大台に乗ろうかという今日この頃。監禁願望のあるストーカーことフィヨルドがいたせいで、私が望む望まないに関わらず、引きこもらざるを得なくなったと言った方が正しいかもしれない。

 多分、ヒト型に擬態していたら私は頬をかいていただろう。久しぶりだけれど、こういう反応は慣れっこなのである。

(まあ、いきなり血相変えて突進して来られるよりはマシかなあ)

 私史上最悪の反応は、いきなり天下の往来で半裸になって「さあ俺を食ってくれ!」と叫ばれたことだ。アレはない。その時点ですでにアソコが臨戦態勢だったことと相まって、春先に湧く変態どもと同じ扱いをさせてもらった。ええ、街の警邏を呼びましたが何か?

 美少女がいるのはゲートの手前。この村に移動してきたところだったんだろう。で、まるで待ち構えていたかのようにバッタリ遭遇したのが桃色スライムな私、と。あー、そりゃ叫ぶわ、怯えもするわ。一体何のトラップだって話だよね。

 ゲートに向かうには、美少女を乗り越えていかなきゃならない。そうすれば、もっと怯えさせてしまうだろう。私に彼女を襲うつもりはなくても、だ。

 仕方ない、諦めよう。しょんぼりと肩を落として、私はくるりと踵を返した。私肩ないけど。

 お腹は空いているけれど、所詮は小腹が空いた程度だ。きっとまだ我慢できる。何もロジーが一生帰らないわけでもないんだし。

 また後でもう一回来ればいいんだろうけど、生憎そこまで私のメンタルは強くない。もう一回似たようなことがあってみろ。断食チャレンジ再びならともかく、衝動的に自殺に走ってしまうかもしれないんだぞ。

 ぽよんぽよんと跳ねる威勢は最早なく、ずりずりと体を引きずりながら来た道を戻る。ああ、これでしばらく強制絶食の日々か……。もういっそ悟りを開く方向に行った方が良い気がする。断食の苦行ってお釈迦さまもやってたよね?

「……え? あれ、ちょ……」

 悟りを開けば食事方法も変えられたりしないかな。できればお母さんみたいに光合成できる体になりたいです。時代はエロじゃなくてエコですよ、エコ。

 お父さんの炎はねー。やっぱり直接食べるのはその熱気だとしても、炎用意した時点で汚れるからなあ。炭も出るし、何より薪とか燃料がいるのがネックだ。

 その点、お母さんの光はいい。いくら魔界でも、年中真っ暗闇なんて一部地域しかないからね。そこに行かなかったらいい話なんだし。あー、やっぱり悟り開くしかないね、こりゃ。

「――ちょっと待てええぇぇぇ!!」

「ちっ」

 私が踵を返した時から濃厚に漂ってきた「え? なんか思ってたのと違うんですけど」オーラ完全無視で帰ろうとしたのに、美少女は美少女らしからぬ雄叫びを上げて駆け寄ってきた。おい、ちょっとさっきまでの如何にも恐怖で腰が抜けて立てない風情はどこに放り投げてきた。

 そのままの勢いで、ぐわしと両手で体を掴まれる。恐らく、相手の意識としてはこっちの両肩を掴んでいるようなつもりなんだろう。

「違うでしょう、そうじゃないでしょう、正しいエロ特化型モンスターの反応は! ここは怯える獲物に舌なめずりしながらじわじわねっちょり弄ぶところでしょう!?」

「いや、私そんな趣味ないんで」

「趣味とかそういう問題じゃないわよ!」

 うお、興奮するのはいいけど揺さぶるのはやめてくれ。中身がポロリと出てしまう。そんなポロリに需要はないと思うんだ。

「怯えて動けない美少女、そこに現れたエロモンスターの代名詞桃色スライム! これでどうして『いや、やだやめて……あっ、どうして私、こんなモンスターなんかに……っ、ひぎい、らめえ!』な、悔しい、でも感じちゃうビクンビクン展開にならないのよ!」

「いや、だから私、そんな趣味ないんで」

「それとも見た目!? 推定外見年齢!? それが未成年保護うんちゃらかんちゃらにうっかり引っかかりかねないのがいけないの!? いいじゃない別にどう見ても未成年どころか全力で義務教育期間中ですみたいにしか見えない外見のクセに、建前上カッコつきで『成人してます』だの取ってつけたような『童顔で悩んでます』『幼児体型で悩んでます』設定なんて、そこら辺にごろごろ散乱してるんだから!」

「なんというメタ発言。しかもそこはかとなく各方面に暴言吐いてるよこの美少女」

 なんなんだろう、この残念な美少女。私に近づいて来るのは大体ハアハア無駄に息切れしていることが多いんだけど、目の前の美少女の場合はわけが違う。叫び過ぎで息切れとか新しいわー。別に嬉しくはないが。

 とはいえ、あんまりずっと掴まれたままでもいられない。フィヨルドとの件があって以来、どうにか頑張って体液の出をある程度コントロールできるようにはなったけど、完璧とは言い難いのだ。ここまで襲われる気満々の相手に対して、万が一にもそんな好機をくれてやるわけにはいかない。

 持ち前の体の柔らかさを駆使して、私はひとまず美少女の手の中からにゅるんと逃れた。

 本当ならそこでそのまま知らんぷりして逃げたいところだけれど、生憎スライム族は某メタリックな方々以外素早さが低い。さっきこっちに向かってきた時の勢いと言い、この美少女相手ならすぐにまた捕まってしまうのがオチだろう。私はお腹が空いている時に無駄な運動はしない主義である。

「それで、淫魔族が私に何の御用ですか」

「っ、どうして私が淫魔族だと」

「はあ。まあ、匂いですかねえ」

 正確には精気の違いなんだけど、こればっかりは私の感覚的な判断なのだ。何がどう違うから淫魔族なのだと、説明できる自信は皆無なので適当にそれっぽいことを答えておく。そもそも精気に匂いとか味とかいう表現が適切なのかも微妙なとこだし。

 しかし、美少女はまるっと信じてしまったらしい。何やら物凄くショックを受けた表情をしている。え? 「まさか、そこまでレベルの差があるというの……!?」だって? いやあ、これはレベルとかそういう問題じゃないんじゃないかなあ。知らないけど。

「っく、だが、それでこそ私の見込んだ相手……とりあえず貴女の趣向が、怯えて嫌がる相手を無理やり堕とすって方面じゃないのはわかったわ。しょうがないから、私もその方向性で行くのは諦めましょう」

「はあ」

「好みを言いなさい」

「……一応聞きますが、何の?」

「決まってるじゃない、獲物の反応の好みよ」

「…………」

 あ、駄目だ。一瞬意識が遠のいてしまった。現実逃避はまだ早いぞ、私。

「なんかあるでしょう、いくらなんでも。積極的に応じてくるのが手間が省けて楽だとか、逆にまったくの無知で頓珍漢な反応が返ってきた方がイイとか」

「強いて言うなら」

「言うなら?」

「握手で済む相手が一番楽」

「アンタはそれでも桃色スライムかああぁぁ!!」 

「ええー……」

 ここまで引っ張って、最後のオチが私のアイデンティティ否定とか。

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