異種間交流(桃)
モテるのも楽じゃない、なんてよく聞くけれど、それでも嫌われるよりは好かれる方が良いことに変わりはないし、男女問わず色んな人から好かれる人を遠目に見て、いいなあなんて思っちゃうのはどうしようもない、というのが大半の人の意見だろう。もちろん、私もそうだった。
それというのも生来人見知りで引っ込み思案、家族とかすごく仲の良い友達とか、そういう特定の相手としか気楽に過ごせないなんていう、典型的な内弁慶の私の、これまた典型的な無い物ねだりだったりする。そりゃ、私にも私の良いところがあるんだよなんて、わかっちゃいるけどそれとこれとは話は別で。
かと言ってもの凄く羨んでいたかと聞かれれば、きっと私は首を傾げるだろう。確かに羨ましいし妬ましいなんて気持ちも無きにしも非ずだけど、でも結局、それだけなのだと。
たまに見かけて、ため息を吐いて。そうしてすぐに忘れてしまう。
刺激も華やかさもない生活だったけど、ほっと息の吐ける穏やかさがあった。だから、ちょっとの不満はむしろ積極的に受け入れるべき事柄。だって、完全に満足した生活なんて、送れるはずがないんだから。
「『人生にモテ期は三回』って、正直それだけしかないのかよ! って思っていた時期が私にもありました。むしろ一回もなくても死にゃしないよね」
「贅沢な悩みだね、シシィ」
テーブル越しに、ロジーが笑う。
頬杖をついて寄越される流し目は体の後ろ側がぞわぞわするぐらい色っぽいけど、私は敢えてそれを無視した。現実逃避くらいさせてくれ。
空は今日も素敵に濁っている。降り注ぐのは酸の雨。ロジーの瞳と同じ灰紫の雲から、葡萄酒色の雫が落ちてくるのだ。
その雫を受ける大地は煉瓦のような赤茶色。あちこちで上る細長い煙が、実は地下にあるマグマの熱で地上に押し上げられた有毒ガスだなんてことは、これまた目に優しくない赤紫色をしていることから手に取るようにわかる。
まるで世界の終末だって? うんまあ、否定はできない。でもここは、別に環境が徹底的に破壊され尽くした近未来の地球とか、そういうわけじゃないんだなあ、これが。
頭がおかしいとか言ってくれて構わない。非現実にも程がある、メンヘラ乙、って。むしろ言ってくれた方が私の心情的にも大分優しい。
ロジーが私にむかって手を伸ばす。体をよじってそれを避けようとしたのに、避けきれずにロジーが指で私をつついた。
ぽよん、と。
「ああ……いつ触っても、君は最高だよ、シシィ」
「…………」
ぽよぽよ。ぽよん。ぷにっ。ぷにぷにぷにぷにぷに……。
芯なんてないんだぜ! とばかりに、ロジーの指に合わせて七変化ばりにぷにぷに形を変える私の体に、もう何度目かわからないため息を吐く。
視界の端に映る私の体はてらてらとしたゲル状。色は鮮やかなピンク。
不肖、私、異世界に転生して桃色スライムになりました。ついでにモテモテ。もちろん、嫌な方向にな!
*
事態を説明するにはひと言で足りる。風邪をこじらせてうっかりぽっくり逝ってしまった。これだけ。
別にお約束に神様的存在と会ったりとか、転生させてあげるよとか、そんなやり取りは一切なかった。視界と思考がブラックアウトして、気づいた時にはこの世界。今よりふた回りくらい小さい桃色スライムとして生まれていた。
ちなみに、両親もスライム。父さんが赤色スライムで、母さんが白色スライム。で、娘の私が桃色……いや、何も言うまい。深く考えたら負けだ。加法混色と減法混色どっちだろうとか考えちゃいけない。
ひと口にスライムとは言っても、多分人によって想像するタイプは違うと思う。某RPGに出てくる水色で目と口があるものから、十八歳未満お断りなエロティックなものまで。もっとも、私の外見に関しては小さい頃カメラのフィルムケースに入れて遊んだ手作りスライムを思い浮かべてほしい。小学校の理科の実験でもいい。私たちスライム族はまさしくそれだ。
まあ、はっきり言って最初は軽く絶望したよね。紫の雲と雨とか、人間だった時とは明らかに違う世界っていうのもそうだけど、いやんなモンスター定番のスライムに転生とか一体誰得だって。勇者が旅立った直後のレベル上げくらいにしか役立たない雑魚モンスターの定番、って固定観念もあったし。え、コンピュータゲーム登場初期にはむしろめちゃくちゃ強い敵だった? ちょっと世代が違うのでわからないですね……。
そう、固定観念。これがどうにも、今生の私を混乱させてくれる。
まず、ここはいわゆるモンスター達が生息する魔界ってことはひとまず置いておく。私の故郷でもある酸の雨が降り注ぐこの場所の名前は「枯れ谷」。由来は酸の雨のせいでありとあらゆる植物が枯れてしまうから。
基本的に魔界の環境は人間にとって劣悪だ。モンスター達にはそれぞれ弱点と耐性があって、大抵自分が生まれた場所以外では生きていけない種族ばっかり。まさに強制引きこもり。各地を自由に動き回れるのは、弱点? なにそれ美味しいの? なドラゴンとか、名伏し難き某集団とか……とにかく、私たちスライム族は、もっぱらこの枯れ谷にある隠れ里で、ぷにぷにぽよぽよ暮らしているのだ。
ここでどうしてわざわざ村じゃなく隠れ里っていう表現になるのかは、魔界でのスライム族人気が影響してる。そして、私が頭を悩ませているのもまさしくこれだ。
「いったいこれで何度目だい、シシィ」
「はあ」
叱責する言葉とは裏腹に、ロジーは変わらずにやにや笑っている。
白いテーブルクロスの上には三段重ねのティーセット。ちょっと色合いが蛍光色だったり謎のうねうねとした触手っぽいのがお皿の上で蠢いていたり、そういうのを無視すれば優雅な午後のお茶会風景だ。無視するにはショッキングなブツがそこかしこにあるけど、気にしていたら話が進まないのでスルーしてほしい。未成年お断りグロテスクな方向で、っていうふんわり説明で察してクダサイ。
優雅にティーカップを傾けるロジーの正面で、私は本体からうにょっと触手もどきを生やして角砂糖を取る。
私の体は桃色透明。だからか、取り込んだ角砂糖がじわじわ溶けて消化されていくのが周りの人にも見えてしまう。
今でこそ慣れた様子のロジーだけれど、会った当初は目をキラキラさせてその過程を観察されたものだ。流石、「未だ解き明かされていないスライムの生態を追究したい」なんて理由で魔王様から研究費を無理やりもぎ取ってきたマッドサイエンティストなだけはある。
あ、ちなみにロジーはスライム族じゃなくて長生きし過ぎて頭のネジが軽く五、六本抜けていると評判のドラゴン族だ。竜族ともいう。好戦的な個体がほとんどを占める中、長過ぎる竜生のせいで生まれた暇を魔界生物の研究なんていう、実に平和的な方向で解消する数少ない個体でもある。
まあそれも、三百年ほど前に道場破りよろしくあちこちに喧嘩を売って回っていたら、時の魔王様にまでうっかり辿り着いちゃって、負けたら今後一切喧嘩禁止なんていう賭けをした結果なんだけれども。ドラゴン族は脳筋。悲しいけど、例外は皆無だ。
「事情聴取の一環なの、その質問も」
「いいや、ただの僕の興味だ」
「……私、これでも一応、誘拐事件の被害者なんだけど」
「ああ。今回で通算二十六回目だっけ? すごいな、モテモテじゃないか」
なんという皮肉。私はじっとりとロジーを見つめた。……気持ちだけ。なにせスライム形態だと目がないもので。ついでに口もない。
なのにどうやって見たり喋ったりしているのかと聞かれれば、私にもわからないとだけ言っておく。そういうミステリーは、それこそ目の前でにやついているマッドサイエンティストとかが解いてくれるんじゃないかな、何百年後かに。
「君は貴重な桃色スライムだ。魔界中が君を欲するのも、無理はないのかもしれないね」
「本当に嫌味だよね、ロジーは!」
「だって君、僕はせっかくの才能が無駄遣いされているのを目の当たりにしているんだよ? 嫌味のひとつやふたつ、言いたくもなるさ」
言いながら、ロジーは再び私の体をぷにっとつついた。
やめてくれと身をよじってもどこ吹く風。恍惚とした表情で息を荒げるという、お巡りさんこいつです、と言いたくなる反応が返ってきた。
「ああ……イイ……イイよシシィ、君はやっぱり最高だ……!」
「……………」
はあはあ悶え過ぎて、とうとう座っていた椅子をベキャバキャと握りつぶして粉砕してしまったロジーを横目に、ため息を吐く。
そもそもスライム族っていうのは、基本的な能力値は皆共通なんだけど、やっぱりそれぞれ個体差なんてものがある。メタルスラ……もとい、メタリックな色をしているスライムは異常に逃げ足が速いとか、水色スライムは水場だと常時微弱に回復し続けるとか。個体差イコール個体色差っていう、実にわかり易い差異なもので、弱点を周囲にこれでもかと晒している驚異の生物(ロジー談)らしい。
例えば私の父親、赤色スライムはよっぽどのことがない限り炎の中に住んでいる。サラマンダーか! って突っ込みを入れた人、あなたは正しい。だって父さん筆頭に、赤色スライムたちは万が一天敵に見つかった時のために、スライム形態じゃなくてサラマンダーに擬態して生活しているからね。擬態能力にかけてはスライムの右に出る魔界生物はいないって、かつての魔王陛下にも賞賛されたくらいだもの。但し書きでの「あくまでも外見に限る」なんて注釈を忘れちゃいけないがな。
対して母さんたちのような白色スライムは、実はスライム族の中でも有数のエリートだったりする。白色、っていう呼び名は表向きで、実際は無色透明、姿どころか気配も影も匂いだって消せますよ、な隠密行動特化型なのだ。
スライム族っていうのは、基本的に戦闘面はからきしだ。ごくごくたまーに、こんな私たちにもあっさりやられちゃう冒険者たちもいるけれど、そういう人たちは大抵無数のスライム族に囲まれてかーらーの、袋叩きという、完全なる数の暴力か、純粋にレベルが低すぎるかのどちらかだ。スライムに負けるとか、その時点で冒険者としての才能はゼロよりもマイナス寄りってことになるけど。
そんでまあ、それぞれの個体によっていわゆるお食事の中身も千差万別。赤色スライムは炎の熱、白色スライムはまさかの光――光合成でもしてるんだろうか、葉緑体もないのに――水色スライムは水の冷気など、誰の害にもならなければ得にもならないお食事事情だから、争い大好き喧嘩上等な魔界の方たちもほとんど私たちスライム族をスルーしてくれる。喧嘩を吹っ掛けるにも弱すぎるし、食べても無味無臭で美味しくない上に消化が良すぎて腹に溜まらないから襲う意味がないんだそうだ。なんだろう、別に食べられたいわけじゃないのに目頭が熱くなってくる。目頭ないけど。むしろ目もないけど。
だがしかし。そんな空気のような扱いをされているスライム族の中で、例外中の例外、マニア垂涎どころか色んなところからちょっと口に出すには憚られる理由で大人気のモッテモテなのが私、桃色スライムなのだ。ばばーん! さあ、褒めてくれても良いのよ?
……やめよう。無理にテンションを上げようとするのはかえって虚しい。
まあ、なんだ。赤色スライムが炎系魔法が得意なように、水色スライムが水系魔法が得意なように? 一億分の一の確率でしか生まれないという私、桃色スライムにもまた、得意分野があるわけで。しかもそれは多分大方の皆さんの予想通り――エロ方面、なわけで。
主食が生物がイヤンアハンする時に出る生気とか! 私自信の体液全てが鉄壁の防御力アンド抗魔力を誇るドラゴン族すら一滴でメロメロにする媚薬だとか! そのおかげで私が食事のためにちょっともにょもにょさせてもらった相手はその快楽の虜になって、多少強引にでも私をモノにして至高且つ永遠の快楽に浸りたいと血眼になってしまうとか! つまり男女雄雌種族問わずいわゆる快楽堕ち量産機が桃色スライムの別名だとか……!
「神は死んだ!」
「そりゃあ、二百年ほど前に魔王様がサクッとやっちゃったからねえ」
「本当に死んでた!?」
なんということだ。思わず動揺のあまり体を波立たせてしまったじゃないか。
でもそれじゃあ、ほんの半年前くらいに打倒魔王を掲げて人間界から来た自称神に選ばれた勇者さまご一行は、いったいなんだったんだ?
「あれは、魔王様の暇つぶし。死んだ神のフリして有望そうなのに声かけて、自分に挑戦しに来させてるんだってさ」
「うわ極悪」
「あはは。そりゃ魔王様だからね。……ねえシシィ、もうひとぷにいいよね?」
「本日の営業は終了しました。またのお越しをお待ちしておりません!」
「えー、ケチー」
「ええい、体目当ての輩にホイホイ安売りするほど、私は安い女じゃなくてよ! 追加のぷには七日間の禁ぷにと引き換えでござる!」
「口調が迷子だよ、シシィ」
わかっている。ちょっと憤り過ぎただけじゃないか。
ちぇっ、と舌打ちしながらも、ロジーは渋々構えていた人差し指を下した。そうして面倒くさそうに調書を広げる。
「はいはい、それじゃあさっさと終わらせよっか。下手人はバカ、被害者は僕のシシィ。罰則は……うーん、首だけ残して僕のおやつに、とか?」
「適当過ぎるよ!? それに首だけ残すも何も、ロジーが丸呑みしちゃったせいで指一本すら残ってないんだけど!」
ついでにさらっと「僕の」呼ばわりしないでほしい。こんなスライムになっちゃって、男性どころか老若男女、種族問わず嫌な意味で引っ張りだこな私だが、これでも一応、性癖はノーマルなのだ。いくらロジーが美人でも、虎視眈々と私を解剖する機会を伺うマッドなドラゴンにクラッと来るような特殊性癖は持ち合わせておりません!
「あれ、そうだっけ? ま、いいや。酸雨避けの防具で固めてたってことは、ここらのヤツじゃないことは確かだし。旅行先で行方不明になるなんて、古今東西よくあることだよ」
「確かにそうなんだけど、行方不明にした原因が目の前にいると素直に頷けないのは何でだろう」
「細かいことを気にしないのが長生きを楽しむコツだよ、シシィ」
「いや、スライム族の平均寿命って三十歳前後なんで」
ドラゴン族の実に百分の一以下だ。長生きを楽しむ秘密よりも、むしろ長生きの秘訣を聞くべきだろう。まあ、あまりにも弱すぎてうっかりぽっくり逝きやすいせいで、天寿を全うしたスライム族なんていないんだけどね……ふふ、世知辛い世の中だわ……。
んー、とロジーが無駄に硬いドラゴン族専用万年筆を鼻と上唇で挟み、唸る。
「やっぱり最近境界侵犯者が増えてるね。酸雨避けの防具が量産されてるっていうのは、ただの噂じゃなさそうだ」
「え? でも、酸雨避け防具の材料って、確か」
「僕らドラゴン族だねえ。量産されるほどお手軽にやられた馬鹿がいるでしょ、どーせ。神々の美酒でも一服盛られてさ」
「おいこら、経験者」
間抜けな話だよねとか言ってけたけた笑ってるけど、他ならぬロジーもその手で何度かやられそうになってたでしょうに。
八岐大蛇よろしく、ドラゴン族は美酒に目がない。外皮どころか内臓器官まで洩れなく頑強な彼らは滅多なことでは酔いつぶれたりしないんだけど、例外中の例外が半人半鳥のガルーダ族しか製法を知らない幻の酒、神々の美酒なのだ。
確かに、その方法なら材料集めにかかるリスクは大幅に下がる。下がる、が、それはちょっと違うんじゃないかなと私は思う。
ガルーダ族は偏屈で有名だから、滅多なことではお酒を譲らない。この滅多に、っていうのはもちろん魔界基準なわけで、下手をすれば百年以上市場に出回らないこともあったくらいだ。つまり、それだけ神々の美酒っていうのは高価で希少価値が高い。ついでにびっくりするくらい美味しい。
魚釣りで例えれば、金目鯛を釣るのに伊勢海老を使うようなもの。捨てるところがないと言われるドラゴン族の屍よりも高値で取引されている神々の美酒を餌に、ドラゴン族を倒そうだなんて。
疑問を伝えると、ロジーは肩をすくめた。
「それ以上に、君を喉から手が出るくらい欲してるんでしょ、どこかの誰かさん達は」
「なんて嫌なモテ期なんだ」
エロ同人みたいな働きを期待されても、嬉しくなんか微塵もない。
とうとうロジーが調書を放り出した。こいつ、もう飽きやがった。事情聴取して魔王陛下に報告書出さなきゃって言い出したのは自分のクセに。
ぬっと腕が伸びてきて、ぐわしと鷲掴みにされる。逃れようとうねうね体を動かしても無駄だ。こういう時だけ最強種族、ドラゴン族としての能力を無駄に使って、本来不定形であるはずの私の体を易々と捕らえてしまう。
そのまま鼻先にぶら下げられて、マジマジと観察される。
「でも僕でも興味あるからねえ。君をぷにぷにするだけであんなにイイんだから、君を極限まで飢えさせてから僕を襲わせたらいったいどれほどの快楽が得られるんだろう、とか三日に一度は妄想してるし」
「そういう本音はできれば一生胸の奥底に秘めて出さないでいて欲しかったんだけど!?」
「流石にスライム形態じゃあなー。ねえシシィ。ちょっとヒト型か、もう少し頑張ってドラゴン型に擬態してみない? 僕も頑張るからさ」
「さっきの発言を聞いてホイホイ私が擬態するわけがないよね!」
そしてお前は何を頑張るつもりだ。ナニをか。ナチュラルに下ネタを言うのはやめてくれないかな。
ねえねえねえ、と私の体を左右に振りながらロジーが脅しつけてくる。っく、やめろ、内臓なんてないのに胃液がリバースしてくる錯覚が……! つまりないはずの三半規管がシェイクされてグロッキーになってるから!
むう、とロジーは不満そうに唇を尖らせた。
「けーち。フィヨルドにはあんなこともこんなこともしてやったクセに」
「やめて私の黒歴史!」
違うんだ、あれはただ単純に極限までお腹が空いていただけで……そこにたまたま、ものすんごーく美味しそうな気だだ洩れで手頃な獲物がひょこひょこ歩いて……もとい、通りかかったから、つい……!
気が付いた時には私のこのゲル状の体が半裸の青年をすっぽり包み込み、そこかしこの触手でアンアン言わせていた時の衝撃と言ったら。食事に夢中になり過ぎて、いつもは相手にとって抵抗がない姿に擬態して且つ軽い接触程度でセーブしてるのに、まさかのスライム形態のまま、数えきれないくらい相手を絶頂に追いやっていたとか、諸々全部覚えてないのが有難くも恐ろしい。なんというエロモンスターになってしまったのだ、私。
以来、将来を嘱望されていた若手魔族だったフィヨルド青年はまさかの私の下僕兼餌志願者になってしまい、保護者からは責任取って一生面倒見ろよと圧力をかけられる日々。違うんだ、知らなかったんだ。流石にあの無駄に美形な青年が次期吸血鬼族長筆頭候補だなんて知ってたら、死にそうなくらいの空腹だって我慢しました!
「あの二目と見られない絶世の美貌を前にして『誰かわからなかった』なんて言い訳、通用すると思う?」
「スライム族は外見より内面派だから……」
だってこだわっても意味ないからね。相手の好みドンピシャに擬態すればそれで済む話だし。
「せっかく率先して餌になってやろうって相手がいるのに、いったい何が不満なのさ。味? それとも量の問題?」
「強いて言うなら、モグモグした後洩れなく皆さんが色狂いになるのが嫌だ」
しかも普通じゃ満足できなくなったからと、発情対象はまさかの私オンリー。いくら相手にとっての性行為が私にとっての食事とイコールでも、体力馬鹿のドラゴン族とか質が良すぎて胃もたれ必死――胃袋ないけど――の魔族とか、そうそうガッツリ相手してたら身が持たない。
毎食満漢全席を用意されて、「お残しは許しません」と言われているようなものだ。無理に決まっている。
「食べたくない時に押し付けられるごちそうに何の触手が動こうか。いや動くまい」
「君の場合、リアルに触手だからなあ」
そうしてそして。実はロジーにも言っていないことなのだけれど、私があんまり満腹になり過ぎることを嫌う理由はもうひとつある。
性行為イコールお食事なのは、私桃色スライムに限ったお話。それってつまり、私は子孫が残せないってことなのかな、って勝手に思い込んでいたけれど、ほとんど液体になりかけのスライム族長老曰く、実はきちんと私でも子孫を残すことができるんだそうだ。難易度ハードモードだけどな!
その方法とは! お腹いっぱい、もう食べきれないよーってなるまでひたすらお食事をして、もう無理限界、これ以上は絶対無理――となった瞬間、防衛本能が働いて、私にとっての食事をただの性行為に切り替えることができるらしい。五代くらい前の長老が、そうやって生まれたスライムのひ孫だったんだとか。
正直方法は眉唾物だけど、以来私は常に腹八分目を心掛けている。お腹ないけど。
「それにドラゴン族は粘着質だから輪をかけて嫌だ。うっかり番い認定されたら私の未来は暗い」
「あれ、今でも明るいつもりだったの?」
僕びっくり、なんてわざとらしく目を丸くするんじゃありません! わかってても目を逸らしたい現実ってあるでしょうが!
「言っておくけど、フィヨルドも大概粘着質だからね? しかもアレは現魔王陛下に勝るとも劣らない極悪な魔族の代表格だから、現状でも十分君の未来は真っ暗なはずなんだけど」
「ねえ、そんなに私を絶望させて楽しい?」
「割と」