027.それ行け、ランドルフ辺境伯!⑥
「領主様、私はもう驚くことに疲れました」
「無理もない。私はとうの昔に受け入れの心構えでやっとだからな」
腹ごなしに歩いて見かけたゴーレムたち。そのどれもが自立行動をしていたのだ。誰かに操られることなく、村の中を見回っている。なんならライオン型ゴーレムとスコーピオン型ゴーレムは子供たちを乗せて遊んでいたのだ。
……あれが本当にゴーレムなのかどうか、もはや問題ではない。あんなものを普通に作り上げるアウルが信じられんよ。やはり、天才というのは常人では測れないのだ。あやつが貴族でなくて本当によかった。
陛下は内々でアウルを貴族にしようと画策しているし、扱い的には伯爵相当の扱いをしている。これはアウルには知らされていない事実だが、私としては知らせないほうが都合がいい。アウルは我が領の領民で、ランドルフ辺境伯陣営なのだ。
ゴーレムを見たあとは本来の建前通り視察をしたのだが、この村は家畜が他の村や町に比べて多いような気がした。鶏然り、牛然り。しかも、こういう村ではお金より物々交換が多いはずなのだが、この村では当たり前のように硬貨が流通している。
それもこれもレブラント商会とアウルのおかげなのだろうな。
「カイルよ、今日のところはこの辺で視察を終わりにしよう」
「かしこまりました。たくさん歩いてお腹もこなれましたね」
「夜ご飯も楽しみだが――知っているか? アウル宅には立派な風呂があるらしいぞ」
「立派な風呂、ですか。本当にアウル様は……規格外というか……そういえば、この村の人たちは身綺麗な人が多いですよね」
「……いいことではないか」
「……そうですね。これ以上考えることはやめておきます」
アウルは慣れてさえしまえば基本的に害はないし有益なことがほとんどだ。問題があるとすれば常識が裸足で逃げ出してしまって、迷子になって帰ってこないことくらいだ。私の常識は――見当たらないな。我が家に戻っているといいんだが。
アウル宅に戻るととても過ごしやすいリビングに通された。このソファー、我が家のものより質がいい。どこで買ったのだ? ――あぁ、アウルが作ったって? 通りで。
メイドに紅茶を淹れてもらい、カイルと雑談していると食堂へと通された。夜ご飯だそうだ。メニューは言われていないが、すでにいい匂いがうっすらとしている。まだお腹が空いていなかったはずなのに、唐突にお腹が調整をいれたようでお腹が空いた。何を言っているか分からないだろうが、私もわからないから安心してくれ。とにかくお腹が空いたということだ。
「おもてなしをして頂いているから、常態的にこのような食事ではないでしょうが……」
「ここの人たちはいったいどんな美味しいものを食べているのだ」
案内された食堂ではすでにご飯が用意されていた。普通は客が座ってから運ばれてくるものだが、むしろすでに置かれている食事が放つ匂いに私の頭はいっぱいだ。
皿に乗った一本の串料理……普通に考えれば前菜なのだろうが、とても鼻腔をくすぐるいい匂いである。食欲を掻き立てるというか……なんなのだこれは!!
「一品目は、仔羊の肉と野菜にスパイスをまぶしてじっくりと低温で焼いた串焼きです。温かいうちにお召し上がりください」
給仕のメイドが説明してくれたのだが、今までに食べた事のない料理だと分かった。串焼きを低温で焼くと聞いたことはないし、なにより肉を焼いてからタレなり塩をかけるものではないのか?
百聞は一見に如かず。ここで考えすぎても答えは出ない。
「う、美味い!! この『すぱいす』とかいうもの。香辛料ではないか!!」
「うう……妻にもこれを食べさせてやりたい」
ミュールも付いて来ていたらさぞ五月蠅かったのだろう。今回ばかりは英断だった。
その後も運ばれてくるのは王城ですら食べられないほど美味しいものばかり。華やかさには多少欠けるが、そんなもの味が全てだ。真に美味いものというのは、見た目は二の次なのだな。それを思い知らされてしまった。
「こんな茶色い塊が美味しいだなんて……」
「この調理法、是非とも教えてほしいな」
「あ、それはナスの唐揚げですね。俺もそれが好物なんですよ」
カイルが食べて感動していたもの。それは『ナスの唐揚げ』というらしい。見た目は茶色いだけで別段おいしそうには見えないのだが、一口食べればその印象は180°変わる。溢れだす熱々の汁気。ジューシーすぎるそれは肉汁と勘違いしてしまいそうだった。なるほど、これがアウルの好物なのか。確かに気持ちがわかる。
その後もメイン、魚料理などが運ばれてきて、今は食後の甘味を楽しんでいる。昼も甘味は食べたが、夜は一品だけだ。
「これは――アイスというものか?」
「そうです。芋を裏ごししてアイスと併せた芋アイスです」
芋というのは農民が良く食べる食材だが――これは、美味いな……。普通の芋、ではないのだろう。明らかに甘みが強い。私の知っている芋はもっとぼそぼそしていて甘みも少ない。こんなにもしっとりしていて滑らかなのは初めてだ。
「アウル様、失礼を承知でお願いします。妻にもこれを食べさせてやりたいのですが、なんとかなりませんでしょうか?」
カイル?! とうとう我慢できずに私を通さずにアウルに直接依頼してしまった。これは、結局は私に責任があることになる。それはカイルも承知しているはず。それを押してでも妻に食べさせてやりたい、ということなのだろう。
アウルがこちらをチラッと見て、私の返事を待っている。アウルからすれば、何かしらの方法はあるのだろう。……はぁ、仕方ない。カイルはいつも頑張ってくれているからな。家臣に報いるのも主の務めか。
私はアウルに向けてコクリと頷いておく。
「わかりました。奥さん想いなのですね。お土産にアイスを用意しておきますので、お帰りの際はお持ちください。ただ、アイスは溶けやすいものですので、お帰りの際はなるべく早く帰ってくださいね。一応、溶けないように工夫はしておきますから」
ふぅ、アウルには本当に世話になるな。しかし、これだけのことをしてもらったら、それ相応のお返しが必要だろう。何がいいかはじっくりと考える必要が――
「あ、ありがとうございます!! ――ついでと言ってはなんですが、海魚も分けてもらえないでしょうか? 実は妻の大好物でして……」
おいいいい?! さっき私がなんとかすると言ったのにか!? 信じられんとでもいうのか!? これ以上アウルに借りを作ると、お返しがどんどん大変になるのだぞ!?
「あ、そうなんですね。それもお土産にしておきます」
アウルはこちらを見ながらクスクスと笑いながらも、承諾してくれた。ふぅ、少し肝が冷えたな。私が思うに、アウルは温厚だし優しい奴だが、鬱陶しい奴や煩わしい奴が好きではないと踏んでいる。だから、その辺も今後少しずつ探っていくつもりだった。
……カイルのおかげで少し前進だな。
「私も、ミュールと子供たちにお土産を貰えたりするだろうか?」
「辺境伯様もですか? 別にいいですよ」
言ってみるものだな!! ここまで来てしまえば、もはや遠慮するよりも甘えてしまったほうが諦めもつく。お返しで悩むのは未来の私に丸投げだ。
食事も楽しみ、そのあとは広くて気持ちい風呂も堪能した。カイルは広い風呂がよほど嬉しいのか、心置きなく満喫していた。私も一人なら身分を忘れて楽しみたいところだったが、それはまた今度お忍びで来るとしよう。
夜はリビングで少し酒を嗜み、部屋へと戻った。アウル製の酒は超希少で滅多に見ないのだが、ここでは普通に飲むことが出来た。……月一で視察に来てもいいだろうか?
「ふぅ、こんなに羽根を伸ばしたのは久しぶりだ。今日はぐっすりと――なんだこのベッドは」
ま、まさか……ウォーターベッドか? これはレブラント商会が売り出した超画期的商品だ。我が家ももちろん買ったが値段が値段だけに一つしか買えず、それはミュールが使っているため私は使っていない。一緒に寝ることもあるのだが、最近では身籠っていたり、出産などで一緒に寝ることが無かったからな……。
もしや、このベッドもアウルたちが……? あり得る。あやつならば。こんな客室に置いてあるベッドがウォーターベッドなのだ。そうとしか考えられない。
いろいろと考えなければならないことが増えてしまったが、今日は眠りにつこう。全ては明日以降の私が頑張ればいいのだ。それに、明日は盗賊団の結果が出ると言われている日だ。それがメインなのだから、今日はゆっくりと休まなければ。
しかし、私はこの時の自分の見込みがいかに甘いか、翌日に思い知らされることになる。
外伝を見てくれている読者様へ
本編を更新しなくてごめんなさい
来年からは心を入れ替えるので許してください(いや、ほんとに)
あっちもそろそろ最終章に入りたい。。。そしたらゆっくりと外伝がかける……
(おそらく最終章はまだ先になるけど)
また、外伝をネット小説大賞に応募した場合、どうなるかを実験的に試してみようと思います
この作品も応援してくれると嬉しいです。
(やはり、外伝では相手にされないのだろうか……?)
ちなみに、ランドルフ辺境伯編が終われば――
①アセナの受難、生き残るには強くなれ!編
②頑張れ天馬、負けるな勇者、王女様を振り向かせろ!編
③オーネン村の守り神、吾輩はゴーレムである!編
④アウルの愉快なメイド達!編
⑤レブラントさんの恋愛事情!編
⑥王国vs帝国~アウル争奪戦!編
の、どれかをお送りします。