021.田舎の大泥棒?
私の名はクイン。素敵な主を持つ魔物だ。いや、最近は霊獣という存在になったらしい。難しいことは分からないけど、主とあの霊樹を守らなければいけないということだけは分かる。
この霊樹はオーネン村を守護する樹のため、すなわち私はこの村も守護することを意味するのだ。
村の周辺や霊樹には拠点となる巣を作り、配下である蜂系の魔物を配置している。これは村を守ることもそうだが、蜂蜜を作るためでもある。あとはまぁ、縄張りの維持というところか。
そのおかげでこの村は危険に晒される可能性も少なく、みんなのびのびと生活している。
私は定期的に村の周りの巣から蜜を回収し、主に手渡している。しかし、私はすでに村人たちに周知されているということもあり、ときたま蜜を貰いに来る村人がいる。
もちろん、村人にあげていいかどうかを最初は主に確認していたのだが、顔馴染みにはあげていいよと言われている。元魔物である私に忌避感を抱くことなく接してくれるこの村人が、私は嫌いではない。
いつも通り蜜を集めて飛んでいると、不意に顔馴染みの村人が世間話をしているのを聞いた。
「あそこの奥さん、もうそろそろ生まれるらしいわよ」
「そりゃおめでたい! この村も出産が相次いでいて、とっても平和でいいわねぇ」
「はぁ~、うちもはやく2人目がほしいところね」
「間違いないわね。少しずつ暮らしも良くなっているし、そのうちできるわよ」
どうやらいつも蜜を貰いに来る村人に、子供が生まれるらしい。私は子供を作ることがないけれど、それでもやはり小さい子は可愛いものだ。霊獣になってからというもの、性格にも変化が出たのか村人に対する愛情というのがより一層深まったように思う。
まぁ、主やその家族・仲間が一番なので比べるべくもないのだけれどね。それでも蜂蜜を分けようと思うくらいには好きなのだ。
『よし、サプライズで蜂蜜をプレゼントしよう!』
こういったサプライズが喜ばれることは主を見ていて学んだ。それに、自慢ではないが私たちが用意する蜂蜜はとても美味しいらしいので、喜ばれることは間違いないだろう。
そうと決まれば主の館まで飛んでいき、空き瓶を探す。しかし、いい感じのがないため、倉庫にあった大きめの綺麗な容器を拝借することにした。蜂蜜等の食べ物を入れるなら、綺麗でないといけないと聞いたしね。
使われていないようだったし、問題ないはずだ。主にはあとで説明すればきっと問題ない。なんてったって、主は優しいから!
拝借した綺麗な容器に並々になるまで蜜を入れ、私は馴染みの村人のもとへ向かった。ちょうど留守なのか、家の中には誰もいなかったが好都合。部屋の隅に蜂蜜入りの容器を置き、大き目の葉っぱでふたをした。
あとは帰宅して、あれに気付けばサプライズ大成功というわけだ。ふふふ、喜んでくれるといいなぁ~!
その後、いつも通り周辺を巡回した後、霊樹のもとに行って巣作りを指示した。あとは家に帰って主の作るご飯を食べるだけだった。今日は何が食べられるのかなぁ。
主の屋敷に着くと、なんだかメイドさんたちがバタバタしているのが見えた。なにかあったのだろう。まぁ、私が焦ったところで仕方ないので、厨房にいってご飯をもらった。その日はそのまま眠ったのだ。
次の日、主の家では食堂で集まってたくさんの人が話し合いをしていた。なにか大切そうな話をしているらしいが、私が到着したころには話し合いが終わってみんな一斉に家を出ていった。人間は本当に忙しない。
午後も霊樹で作業をしていると、主の家の前に人が大勢集まっているのが見えた。そこには村の人がたくさんいて、なんだか話し合いをしているようだった。主は居ないようだったが。
何事かと思って近づいたら、大きなお腹を大事そうに抱えながらも、メイドさんたちに頭を下げている村人がいた。よく見ればいつも蜂蜜をもらいに来ていたあの村人だった。私がサプライズした人でもある。
もしかして、感謝のあまりにそれを伝えにでも来たのかと思い、嬉々として近づいたのだがその場は私が思ったところとは違ってかなり剣呑な雰囲気だったのだ。
「若の家にあったはずの高価な壺が、なぜあなたの家にあったのですか? あの壺は金貨100枚はするのですよ? 私が若のために用意した壺だったのに……」
「し、知りません! 私たちではないんです!」
村人と話をしているのはルリリエルだった。
「でも、あなたの家の隅っこに隠れるように置いてあったわね。しかも、大量の蜂蜜とともに。あの蜂蜜はどうしたのですか? いくらクイン様から貰えるからと言って、あの量は多すぎるのでは? まさか盗んだわけではないわよね?」
「そ、そんなことしません! 私たちも何が何だか分からないんです!」
……あれ? もしかして、これは、私のせいなのでは?
「若やヨミ様、ルナ様、ミレイ様がいないことをいいことに……」
「本当だ、信じてくれ! 俺も妻も心当たりは本当にないんだ!」
「金貨100枚の壺を盗むだなんて、とんだ大泥棒ですわ!」
「ほ、本当にやってないんだ……信じてくれ……」
どうしようどうしようどうしよう?! 私は、どうしたら!?
ひとまず焦った私はルリリエルの前に行って、怒らないでほしいと伝えてみた。しかし――
「クイン様! もしや、巣から蜜が盗まれたと言いに来てくださったのですか?」
なんでそうなる! もう、言葉が通じないというのは本当に厄介だ!
私は、ただ驚かせて喜んでほしいだけだったのに……
「あれ、みんな集まってどうしたの?」
そんなときだ。聞きなれたとても素晴らしい声音が聞こえたのは。
「若! おかえりなさいませ」
『ふるふる!』
ひとまず主の帰還を喜んだが、このことを解決しないことには……。そうこうしているうちに、ルリリエルが主に事の顛末を説明した。すると――
「んー、オーネン村の人たちはそんなことしないよ。特に、ジルさんもカレンさんも優しい人だって俺は知っているし」
「しかし、現に壺と蜂蜜が……」
「それは、そうなんだけどさ……うーん」
蜂蜜をサプライズした夫婦はとても悲しそうな顔をしている。あの夫婦は主とも顔馴染みだったはずなので、余計に悪いことをしてしまった気がする。
『ふるふる!』
主! この人たちは悪くないの! 私がちょっとサプライズしたかっただけなの! お願い通じて! くぅ、言葉が通じないってこんなにも不便だなんて……
「ん? ……あぁ、そういうことか。ふふ、犯人――いや、今回の事件はただの入れ違いみたいだよ?」
「入れ違い、ですか?」
通じた――――!! え、嘘、ほんとに??
「だよね、クイン?」
『!!(コクコク)』
「その夫婦はクインがたまに蜜をあげている人たちなんだ。きっと、クインは2人のあいだに子供が生まれることを知って、それをお祝いしたくて蜂蜜をプレゼントしたんじゃないかな? 入れ物はきっと見つけられなくて家にあったのを使っちゃっただけだよ、きっと」
『!!!!!!(コクコクコクコクコクコク)』
さっすが我が主ですーーーー!! 本当に、なんて素敵なんですか!!
「で、では、私の勘違いだったいうことですの……?」
「そうなるね。まぁ、状況的には確かに盗まれたと思っても仕方がないから、事故みたいなものだよ。カレンさんも、ジルさんもすみません。蜂蜜はクインからですので貰ってください。入れ物は、これを」
主が大きい木製の容器を出してプレゼントしていた。本当になにからなにまでありがとうございます!
「カレンさん、ジルさん、疑ってしまって本当に申し訳ありません……」
「い、いえ。謝っていただけただけで十分ですよ。それに、妻はこの蜂蜜が大好物ですので、クインさんもいつもありがとうね」
ううう、私が変なことを考えずにプレゼントしていれば……。でも、喜んでもらえたようで本当によかった! ルリリエルもごめんね!
「ふふ、クイン様、くすぐったいですわよ」
「クインがルリリエルにごめんって言っているんだよ。よし! せっかく集まったんだし、みんなでパーティだ!!」
こうして私が起こした事件が解決し、みんなで蜜をたっぷりかけたパンケーキパーティを楽しんだのだった。