020.母親
一巻のSSです。
私の名前はエムリア。
ランドルフ辺境伯領にあるオーネン村に住んでいる。私には可愛い息子がいる。最愛の夫である、ラルクとの間に生まれた一人目の子供で、名前をアウルと名付けた。どうやら夫の故郷の有名な龍からとった名前らしいが、私も気に入っている。
アウルは普通の子供とは違うと思う。親の贔屓目とかではなく、ちょっと変わった子だと思うのだ。その片鱗は赤ちゃんの頃からすでに見られたのだ。
オーネン村の夏はそこそこ暑く、過ごしにくい気温になるのだが、なぜかアウルが家にいると家の中が涼しいのだ。それも絶妙な温度加減のため、家から出る気が起こらなくなるという厄介なおまけ付きで。
他にもおかしなことはたくさんある。アウルが6歳の誕生日にクッキーという甘味を作ってくれたのだ。日頃の感謝を込めて作ったと言っていたが、6歳がそんなことを気にすること自体普通じゃないのに、その作ってくれたクッキーというのが問題なのだ。
美味しいという言葉では表しきれないほどの衝撃を感じたのは、私の人生の中で初めての経験だったのだ。
アウルは私とラルク用にと50枚くらいクッキーを用意してくれたのだが、ご飯も普通に食べたというのに気がつけば全て食べてしまったのだ。あれは悪魔の食べ物に違いない。今までにないほど上品な甘み、舌の上で軽快に鳴るサクサク感、喉元を過ぎてもなお鼻から抜ける蜂蜜の爽やかな香り。
最近のアウルはレブラントという行商人に、何かを売るということを覚えたのだが、もしクッキーが市場に出回るようになってしまったら絶対に戦争が起きる。そうなる前に私がアウルを助けてあげなければ!
そうしないと私が食べる分が減って……もとい、そうこれは我が子を思ってのことなの。
「そういえばこんな素晴らしい食べ物、どうやって思いついたの?」
とても可愛くて素直でいい子のアウルだが、そもそもこの甘味をどうやって思いついたのかは不思議に思っていた。蜂型の魔物を連れてきたときにも驚かされたが、とても気になるところだ。
「あ、えーっと……恩恵、のおかげかな?」
言い淀んでいるところを見ると、おそらくまた言えないことなのだろう。なんとなくだけど、アウルが嘘をついてでも隠したいのだろうということはわかる。母親として、ここは追求するのではなく、いつかアウルが言いたくなるまで待つのが努めだろう。例え、言ってこなくてもアウルは私の大事な子供なのだから、優しく抱きしめてあげよう。
だがしかし。
「アウルちゃん、これからもどんどん素晴らしい物を作っていいのよ!」
息子が素晴らしい物を作ることを止めてはならないのだ。
そんなアウルが物作りに目覚めたのか、クッキー以外にもいろいろと製作している。例で言えば、石鹸、お風呂がいい例だ。
こんな辺境にはお風呂なんて贅沢な物はない。ましてや、あったとしてもお湯を沸かしたり、水を汲んできたりする労力が邪魔をする。しかし、そんな現状を激変させたのが我が息子だ。
アウルは辺境農家の息子だというのに、魔法が堪能だ。はっきり言って、王都に出て冒険者として一人前にやっていけるくらいの実力がある。
そのおかげで、温水も魔法で作り出すことが出来るため、お風呂に入るための労力がほとんどいらないのだ。そんな背景もあって、アウルが作り出したお風呂には定期的に家族みんなで入るようにしている。
そのお風呂のお供となる石鹸もアウルのお手製だ。行商人が売っているような、獣臭いものとは一線を画す。アウルの作る石鹸はなんと花の香りがするのだ。それで洗うだけで、体中から花の匂いがする優れものである。
生活魔法でクリーンを使って済ませてもいいのだが、お風呂とあの石鹸を使ってしまっては、もう忘れることはできない。それに、クリーンも万能というわけではなく、どうしてもちょっとずつ汚れは貯まってしまう。その都度、川で水浴びはしていたが、最近ではめっきりやらなくなった。アウルは本当に素晴らしい物を作ってくれてありがとうね。
ちなみに、アウルの作ったお風呂と石鹸には副次的な効果が発生した。いつもより髪も肌もしっとりし、格段に綺麗になったと自分でも思うのだが、ラルクが私を見て顔を真っ赤にさせていたのだ。
アウルに兄妹ができるのも時間の問題かなと思ったものだ。他にもアウルが行商人に色々売ってお金を稼いでくれるおかげもあって、第2子を妊娠することができた。
兄妹ができるとあって、アウルのはしゃぎっぷりは本当に可愛かったし微笑ましかった。いつもは少し大人びていて、子供っぽいところが少ないアウルだけど、このときばかりは年相応の男の子に見えたのはいい思い出だ。
「うふふ、アウル~、あなたもう少しでお兄ちゃんになるのよ?」
「妹かな~? 弟かな~? どっちにしろ、元気に生まれてきてくれるといいね!」
まだ子供だというのに、気遣いのできる良くできた子だと思う。
いつもありがとう、アウル。