019.父親
一巻のSSです。
俺の名はラルク。
ランドルフ辺境伯領にあるオーネン村に住んでいる。俺は旅の末にこの村に辿り着き、村人の気の良さや村の落ち着いた雰囲気、作物の美味しさが気に入ってオーネン村に住み始めた。前々から農家に興味があったことも相まって、自分も美味しい野菜を作りたいということで農家を始めたのだ。
そして、ひょんなことからエムリアと出会って恋に落ち、そして結婚した。貧乏農家ではあったが、俺にはもったいないくらいの美人な妻をもらうことができた。辺境の村だし、目立った特産品はなかったが、それでもエムリアとなら幸せな家庭を築けると確信していた。俺とエムリアの出会いはまた違うタイミングで語るとしよう。
二人で頑張って育てた作物を初めて収穫した次の年、エムリアが妊娠した。初めての妊娠だったけど、周囲のご婦人方の力を借りて無事に出産することができたのだ。
出産のときはどうしていいかわからず、五体満足で無事に生まれてきてくれと祈ることしか出来なかったのは今では笑い話だ。
「頑張ったな、エムリア。元気な男の子だぞ」
「えぇ、とっても可愛いわ。……これが私たちの子供なのね」
「あぁ、今はゆっくり休んでくれ」
俺たちの子供は健康そのもので生まれてきてくれた。元気な男の子で、エムリアと話し合って、名前を『アウル』と名付けた。俺の故郷で有名な龍である『アウンディール』からとったのだ。龍のように逞しく育って欲しいという願いを込めてだ。
アウルがすくすく育ち、首がすわるころには顔をジッと見つめるようになったのだ。
「ふふふ、ラルク、アウルが貴方を見ているわよ。抱っこしてあげて?」
「アウル~、お父さんだぞ~。きっと将来は俺とエムリアに似て男前で可愛い男になるぞ!」
男親が抱っこすると泣かれることもあると言うが、アウルは全くと言っていいほど泣かない。それのせいもあって、暇があれば余計に抱っこしてしまうのは仕方ないだろう。
子育ては大変なことも多かったが、それ以上に成長を見守るのがとても楽しく、気づけばアウルは7歳を迎えていた。
俺の息子は優秀な恩恵をもらったのか、魔法も使えるしいろんなことを知っている。しかも歳に見合わないほど強いのだ。スタンピードが起こったときも、ほとんど一人で解決してしまったし、もしかしたらアウルは、特別な存在なのではないかと思うようになった。
スタンピードについて領主様が話を聞きたいというので、騎士に連れられて領主宅を訪れたのだが、そこで俺より上手に立ち回るもんだから、父の威厳が地に落ちてしまったのだ。
大人気ないが、ちょっとした嫌がらせということで、自宅へ帰る馬車は猫耳の美人メイドとの時間を堪能させてもらった。今頃アウルはミュール夫人と二人で気まずい時間を過ごしているだろう。あんなに可愛かったアウルも、今では一人前の男になりつつあるし、どんどん頼もしくなっている。大人になるという意味をきっとこれで理解してくれるだろう。
いつも肉を狩ってきてくれるアウルには感謝をしているが、アウルのため。そう、いわばこれは愛のムチ。アウルのことを思うが故の父の愛ってやつだ。
「楽しそうなところ申し訳ないですが、村に着きましたニャ」
はうっ?! なんだと?! この美人猫耳メイドさんと戯れることなく着いてしまっただと! 俺はなんてもったいないことを……。とほほ……。
「おかえりなさい、あなた。アウルから全て聞いたわ。ずいぶんと猫耳がお好きなようねぇ? ……あとで『おはなし』がありますので、絶対に逃げないで下さいね」
エムリアは表情こそ笑っているが、明らかに目が据わっていらっしゃるんだが?!
アウルのほうに目をやると、したり顔で口笛を吹いていやがった。ちぃっ! まさかエムリアにチクるとは! 覚えていろよ!! 絶対にギャフンと言わせてやるぞ!
「あなた……?」
俺の記憶は途中からぷっつりと途切れており、気づけば部屋の隅で朝を迎えていたのだった。