014.小説を書こう
今日は特にやることがない。
ルナとヨミはミレイちゃんを連れてお買い物へと出かけて行った。いわゆる女子会だ。今頃はみんなでお茶でもしているころだろう。
最初のころこそ言い寄ってくる冒険者や変な人がいたそうだけど、今では全くいないらしい。二つ名が王都中に広まり、双姫――双鬼と呼ばれているくらいだからね。
魔物図鑑は読み終わったし、畑作業も終わっている。昨日のうちに本屋で数冊の本も買ってある。以前いたお姉さんとの甘い時間を過ごしつつ、適度な距離間で楽しんだ。あのお姉さんは押しが強いから、下手に仲良くなると危ない。
今日は一日、ロッキングチェアを外に出して、木陰で読書をする予定だ。
もちろん、ロッキングチェアの横にはサイドテーブルといい香りのする紅茶を用意してある。
「我ながら完璧だな」
今日読む本は『他国の王子と高嶺の薔薇姫』という、王都の貴婦人界隈で最も流行っている恋愛小説だ。あまり文学の発展している世界ではないが、全く小説等が無いわけではない。娯楽の少ないこの世界ではこういった恋愛小説というのはウケるらしい。
「なになに……?」
『薔薇姫は退屈していた。見目麗しく頭脳は明晰、人当たりもよく全てが完璧。否、こと恋愛を除けば完璧だった。薔薇姫は誰かを好きになるという感情を知らないのだ。それもそのはず、自分よりも劣っている人間に恋をすることなどあり得ないからだ。例えるなら、人間がゴブリンに恋をするようなもの。そんなことはあってはならないことだし、ありえるはずもなかった。それに加え、薔薇姫に言い寄ってくる貴族たちはみな下卑た目をしているということもあり、余計に恋心など知らなかったのだ。しかし、何事も例外はある。あるとき、薔薇姫が他国主催のパーティーに招待された。いつもパーティーでは主役級に目立つ彼女だが、その日だけは違った。他国の王子である彼は、薔薇姫と同じ存在だったのだ。眉目秀麗、才気煥発、彼を飾り立てる言葉が足りないくらいに完璧な存在。そんな二人が出会ってしまったのだ。だが、不運なことに彼には許嫁がいた。それも、傾国の美女と言っても過言ではないほどに美しい女性が。そのときに薔薇姫は決意した。彼を振り向かせると』
……なんというか、まったく気持ちが乗らないんだが。気乗りしないながらも読み進めていくと、この薔薇姫という女はこの恋愛を境にどんどん転落していくらしい。公爵家の令嬢である立場を利用したり、いろいろと画策していくのだ。そして、悪役令嬢となったところで家を勘当。平民へと成り下がって酒場で働き始めるも、そこでSランク冒険者と恋に落ちる。その冒険者と結婚してハッピーエンドかと思いきや、旦那である冒険者が貴族に叙爵されたことで貴族へと舞い戻った。その際に、他国の王子への恋心を思い出してしまい、他国の王子へと再度猛アタック。結局、Sランク冒険者の旦那は依頼中に死んでしまい、未亡人となる。そのころ、流行り病で彼の許嫁は死んでしまったために、薔薇姫の猛アタックに根負けして結婚。やっとハッピーエンドというわけだ。
「この人の人生壮絶すぎるだろ」
これが貴婦人界隈で流行っているのだというんだから、不思議なものだ。いっちゃなんだが、俺のほうがもう少しまともな本が書ける気がする。
時間にして4時間くらいで読み終えてしまったため、時間がかなり余っている。時間もちょうど昼時だし、ご飯を作るために家へ帰ろうとしたら玄関に見慣れた人が立っていた。
「レブラントさん、どうしたんですか?」
「いやぁ、たまたま近くを通ったから挨拶をしようと思ってね――おや、薔薇姫の小説じゃないか」
「はい、暇だったので読んだのですが……」
「あははは、アウル君には微妙だったかい?」
「はい、俺が書いたほうがいいものをかける気がするくらいです」
このとき、レブラントさんの目がきらりと光ったのに俺は気が付かなかったのだ。
「へぇ……なら、試しにアウル君も書いてみないかい? 今回、レブラント商会も本関係に手を出そうと思っていてね。いろんな人に声をかけているんだ」
本を書く、か。時間もたっぷりあるし面白いかもしれない。あんなこと言ってみたものの、実際に書いてみれば難しいだろうし。それでも、自分の書いた本が出版されるっていうのはちょっと憧れる。
「面白そうですね! 試しに書いてみますよ」
「じゃあ、このセットを渡しておくね」
まるで最初から用意していましたと言わんばかりに羽ペンとインク、高級な紙束を手渡された。……本当に用意していたんじゃないだろうな?
「ちょこちょこ書いてみます」
そして、一ヶ月かけて大作を書き上げた。
さすがに一から考えて書くのは難しかったため、某魔法学校に通う生徒たちの小説にインスパイアされた内容を書いた。もちろん、魔法ありきで恋愛要素も込み込みだ。地球時代の頃に何回も読んだだけあって、すらすらと書くことが出来た。途中から楽しくなって、一ヶ月の間に3作品も書いてしまった。
一作目は「ハイリー・ペッターと魔法の石」
二作目は「ハイリー・ペッターと秘密の扉」
三作目は「ハイリー・ペッターとアスガルドの罪人」
……インスパイアというよりは、ほぼほぼオマージュに近いかもしれないが。この際だからいいだろう。それに、恋愛要素は4割増しにしているので大丈夫なはずだ。
「アウル君、原稿を貰いに来たよ~!」
「途中で楽しくなって3作品も書いてしまいました」
「そんなにかい⁈ それは楽しみだね。内容を確認して問題なければ出版させてもらうよ!」
そう言い残してレブラントさんは足早に去っていった。
それからさらに一ヶ月。
特にレブラントさんからの修正指示等はなく、出版したという報告も来ていない。もしかしたら出版の話自体無くなってしまったのかもしれない。
……なんて思っていた。
あるとき、暇つぶしに本屋へと行ったのだ。そこへ行って驚愕した。俺の書いた本が特設棚を用意されて山ほど売られていたのだ。それも、なぜか一作目だけ。
「お、お姉さん! この本ってどうしたの⁈」
「あら坊や、いらっしゃい。実はね、お貴族様のみならず平民にも大人気の小説なのよ!今までにない発想と書き口。それに恋愛要素が素晴らしいと大人気なの! なにより、これがシリーズものというのがウケているわ!」
「そうなんですか……」
「お姉さんも大好きなのよ! 著者に会ってみたいわ!」
目の前にいますよ、とは言えず。
この世界の小説は基本的に一巻完結だから、そう考えたら確かにシリーズものは目新しいだろう。そうか、レブラントさんはそれを見越してあえて一作目しか出版していないんだ。期待値を上げてから売るつもりだな?
予想以上の扱いに眩暈を覚えつつも、本屋を後にした。
その後、異常なまでに流行ってしまい舞台までもが計画されているとか。後日、レブラントさんが報告のために家を訪ねてきたけど、次は書かないと伝えた。
どうにかあと一作だけ! と泣きつかれたけど今は書く気になれない。そもそもオリジナル作品ではないし、オマージュ作品とはいえ気が引けた。
ただし、シリーズものというジャンルを作ったことを皮切りに、次々と小説が発売された。そのおかげもあって人気の火は落ち着きを見せたものの、根強いファンができてしまったがためにしばらく有名だったのは言うまでもない。