012.シアの大冒険
私は今、家の近くにある森を散歩している。今年で4歳になり、あと1年で5歳になる。5歳になれば洗礼を受けられるし、恩恵も貰うことが出来る。前世の記憶は時間が経過すればするほど薄れていき、今では断片的なことしか思い出せない。
それに、前世の記憶があると言っても精神年齢も体も全ては歳相応なのだ。おそらく、前世の記憶があること自体変なのだろう。それでも、大好きな王女様と同期の顔だけは忘れていない。また会える日があると信じているのだ。
「ねぇヴィオレ、本当にこっちに森イノシシがいるの?」
『間違いないわ』
一人で出歩くことは許可されていないけど、ヴィオレやクインを伴った外出は許されている。今日は大好きなお兄ちゃんの誕生日なので、自分の力で仕留めた獲物でご飯を作ってあげたいのだ。
お兄ちゃんは料理もできるし、魔法も使える。それに加えて優しいし強いから、私なんかがしてあげられることはあまり多くない。というか、いつも助けられてばかりだ。魔法もお兄ちゃんのおかげで使えるようになったも同然だし。
魔法に関しては、お兄ちゃん直伝のものを特訓中だ。未だにイメージが固まらないせいで、難しい魔法は使えないが、簡単なものなら少しだけ習得した。
「いた……!」
『私が見ているから、思うように仕留めてみなさい』
見つけた森イノシシは小ぶりで、まだ子供だろう。でも、子供の森イノシシは身が柔らかく成体の森イノシシと比べてクセも少ない。食いでが無いのが惜しいけど、今回に限ってはちょうどいい。あれくらいなら私でも狩れる気がする。
剣術は今のところ練習していない。体格が出来上がる前から剣を振るうと成長に影響が出ると、お兄ちゃんが言っていた。せめて8歳くらいからにしたらと言われているのだ。だから、魔法に専念して特訓している。お兄ちゃんには『同い年の子供とも遊んだら?』と言われるけど、魔法が楽しくてあまり遊んでいない。まぁ、友達がいないというわけでもないから、あまり気にしていないかな。
「いくよ――――アイスショット」
お兄ちゃん直伝の氷魔法。威力は低いけど、的確に狙い撃つことに特化している。放たれる氷の礫は先端が限りなく鋭利になるように意識してある。礫というよりは針に近いかもしれない。
プギィッ!
「やった!」
『お見事、よくやったわねシア』
子供の森イノシシはこっちに気付くことなく絶命した。氷は正確に森イノシシの脳に突き刺さった。頭蓋骨に邪魔される可能性もあったけど、幼体だったためにまだ柔らかかったのだろう。
まだ解体できるほど体ができあがっていないので、お兄ちゃんからもらった腕輪で回収した。この腕輪にはマジックバッグと同じ効果が付与されているらしいけど、それをいとも簡単に作ってしまったお兄ちゃんは本当にすごい。
「一応これで目標は達成だけど、せっかくだから美味しそうな木の実とか探したいな」
『木の実ねぇ、どうやって探そうかし――ん?』
急にヴィオレがある方向に視線を向けた。特になにもいないように見える空を見上げている。
「なにかいるの?」
『えぇ、多分だけど野良のワイバーンかしら。おおかた、群れから追い出されたはぐれワイバーンよ』
「かわいそう……」
魔物とは言え、一人というのはなんとも可哀想だ。それに、魔物だからと言って全てが悪というわけではないのを私は知っている。クインやヴィオレは魔物だけど、お兄ちゃんと仲良しだし良い魔物だ。
『こっちに来てるわね』
「私にも見えた。なんか、怪我してる?」
『そうね。ワイバーンに高い知能はないけど、それでも小さかったり個体として劣っていたらいじめられる可能性は高いわよ』
「そうなんだ……私にもお兄ちゃんみたいなことできるかな?」
『……魔物を使役すると言うこと?』
「使役と言うより、友達になりたいの」
他にも打算的な考えはある。あのワイバーンと仲良くなれれば空だって飛べるし、なにより面白そうだ。
『そうねぇ……基本的に魔物は自分より強いものに従う習性だから、闘って屈服させるのが手っ取り早いわよ?』
あんなに傷ついているのに、さらに攻撃するのはなんだか忍びない。でも、あのままにしていたら余計に被害が出たりお兄ちゃんに討伐される可能性もある。なんならクインの仲間の蜂さんにやられるかもしれない。だったら、一撃で決める!
「私はあの子を助けるために闘う!」
『わかったわ。じゃあこっちに呼び寄せるわね――――ガァッ!』
Gyaooooooo!
! 小さいってヴィオレは言ったけど、そこそこおおきいんだけど!
『ほら、来たわよ。頑張ってシア! 何かあったら助けてあげるから』
「う、うん! ――――ウォータフォール!」
この技はお兄ちゃんから教えて貰った技の中でも殺傷能力が低い技だ。いつもは水瓶に水を貯めるときに使っているけど、相手を制圧するだけなら、水の物量攻撃は有効のはず。お兄ちゃんも、昔同じような戦い方で魔物を倒したって言っていたし。
怪我をしていたワイバーンは上手く避けられず、地面へと落ちてきた。絶え間なく流れる水に動くことも出来ていない。目を見ると、先ほど感じられた戦いの意思が無くなっているようにも見えたので、魔法は解除した。
「あなた、私と友達にならない?」
くるるぅ……
『配下になると言っているわよ』
「配下?! 友達が良いんだけど、とりあえずはそれでいいかな……?」
これから仲良くなっていけばいいもんね。って、ひとまず問題は解決だけど、この子の怪我をどうにかしてあげないと!
「シア~、今こっちにワイバーンが――――来てたみたいだな」
「お兄ちゃん、この子を助けてあげて!」
『主殿、あのワイバーンは妹君に屈服したので危険は無いですよ』
「へぇ、シアは凄いなぁ! よし、完璧に治してあげるからね――――パーフェクトヒール」
くるるぅーーーー!
お兄ちゃんの魔法のおかげで、さっきまで体中にあった生傷はあっという間になくなっていった。ついでと言わんばかりに、『清浄』もしてくれたおかげでかなり小綺麗になった。
「というより、綺麗すぎ?かな?」
「ただのワイバーンじゃないのか?」
『妹君、主殿。このワイバーン、おそらくアルビノ種かと』
あるびの? ってなんだろう?
「あぁ、なるほど。だから色素が薄いんだな」
お兄ちゃんはヴィオレの言うことが分かったみたいだ。さすがお兄ちゃん。でも、色素が薄いってのは意味分かる! 本来のワイバーンが深緑色なのに対して、この子はかなり薄い緑色をしている。なんというか、見ていて可愛さすら覚えるほどだ。
「お兄ちゃん治してくれてありがとう」
「あぁ、それはいいんだが……名前はどうするんだ?」
名前……考えてなかった。クインやヴィオレみたいな可愛い名前を付けてあげたい。こんなに綺麗な色してるんだし、きっと女の子だ。だとしたら、なおさら可愛い名前がいい。
くるるぅー?
「決めた! この子はクルルにする!」
「可愛い名前だね」
くるー!くるるー!
『このワイバーン――クルルも喜んでいますよ』
良かった! ふふ、名前が付けられて嬉しいのか顔を私のお腹にこすりつけてきた。もふもふできる毛皮はないけど、滑らかな肌触りのこの外皮は病みつきになりそうだ。
「あ、今更だけどこいつ雄だぞシア」
がーん?!
「クルル、ごめーーーん!」
クルルーーーー?!
ヨ〇シー……ではないです。