2話 バス登校
「綺晶ちゃん、そろそろスクールバスが来るわよ! 降りていらっしゃい」
扉の外から母親の声がして、いつもの通りに時間を告げてくれた。
「はーい、今行きまーす」
足音が遠ざかっていくのを聞いてから沙久矢と顔を見合わせ、声をひそめて笑い出した。
「普通の子供として生活するのも楽しいですね」
「ははっ、そうだね」
沙久矢と目が合うとつい顔の筋肉が緩んでしまう。
「まさか、綺晶のお母さんあの空中エネルギーバスを開発したのが自分の娘だなんて思わないでしょう」
窓の外を覗き、少し離れたところから走ってきているバスに視点を合わせた。
「そうだね・・・じゃあ行こうか」
あまり悠長にしているとバスが行ってしまうので少し急ぎ足で家の外へ出た。
家から一番近い停留所に着くとちょうどタイミング良く、バスがやってくる。
中には制服のある学校もあるが、私達の通う学校には制服はない。毎日服を選ぶのが大変だが、沙久矢は私服のほうが行動しやすくて良いと言う。確かにスカートは動きにくいし、リボンとかヒラヒラしているものは私には似合わないと思う。
・・・でも、沙久矢の制服姿は少し見てみたい気もする。
「いってらっしゃい。二人とも気をつけてね」
母親はエプロン姿のまま外まで出て見送ってくれる。
「はい。行ってきます」
手摺に掴まり、バスの階段を上がると先生が顔を出した。
「おはよう、ぴったりいつも通りの時間ね」
「おはようございます、先生」
にっこりと笑顔を作ってあげた。今日は引きつらず、自然に作れたと思う。
「私が毎朝迎えに行っているからですよ」
沙久矢もくすくすと笑いながら、先生を相手にする。
「あら、沙久矢ちゃんえらいわね。じゃあ、バスが発車するから席に着いてね」
先生の言葉に返事をしてから、いつもの後ろから三番目の席に着く。
通路を挟んで横の席を見ると、いつもこの時間にはいない珍しい奴が座っていた。
「よう綺晶、久しぶりだな」
二ヶ月くらい前に少し話したことのある奴だった。確か名前は・・・
「おはよう、イシュカ。この時間にいるなんてめずらしいじゃん?」
「まぁな、今度からこの時間にすんだ。それより、新しく出る製品を先に手に入れたんだぜ。これがすごいのなんの」
この自慢癖が友達に嫌われる原因だと本人は自覚していないようだ。
イシュカは質の悪い笑みを浮かべながら鞄の中から何かを取り出そうとしている。
「それがどうしたの?」
はっきり言って私はそんな幼稚なもん興味がない。これは沙久矢も同意見であろう。
「お金を持っているという点で、綺晶より稼いでいる人ってなかなかいませんよね。」
沙久矢はイシュカに聞こえないように、耳元でこっそりと囁いてきた。
別に好きで稼いでいる訳じゃないし、やらなければいけない仕事を片付けていたら毎月それなりの額になってしまっているだけなのだ。子供の私には高額・・・という訳ではないが、『ER』の施設の設備費や他のB.E.Cへの支給で出ていく分も多いが、それでもかなりの額は残る。
あとは個人的に機械を発注したり、裏ルートで売買禁止されている薬品を手に入れたり、ちょっと無駄遣いしつつ・・・しっかりと貯金もしているし。必要以上残る場合は保護施設等へと寄付している。
「うるさいなぁ、そういう沙久矢だって・・・」
ほとんど同じ立場である沙久矢に反論しようとしたところで邪魔が入った。