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〔八十二話〕 死神の邂逅

二人の死神は、変わっていく

元々一つだった存在

それはけれど、時を帯びて離れていく


いつか、互いを滅ぼすために

 二人の武器、槍と鎌はまったく違う武器でありながら、同じ特性を持っている。


 七夜の蒼い槍は先端の刃に過度の圧力を加え、敵に与える衝撃を極端に上げる。対して修三の大鎌は三日月型の巨大な刃に偏り無く力を加えてやることによって敵の胴体を両断したり、首だけを狙って撥ねることに特化しているものだった。


 同じ部分は、使い手と凶器の距離が開いていること。


 矛先と手元には互いに一メートルほどの距離があり、互いに互いの攻撃を見切るのは切っ先と刃にだけ集中すればいい。


 常人ならばそう判断し、相手の隙をうかがうだろう。


 けれど彼ら二人には、その間合いすら武器とすることができる、技量が備わっていた。



「穿て!」

「飛べや!」



 七夜の刺突と修三の薙ぎが交錯する。直進と横断、互いに違う勢いはしかし、静止という形を持ってその力を失っていく。


 力も身のこなしも、全くの互角。



 その事実が七夜を戦慄させる。



 五体満足の七夜が、隻腕の修三と互角。それも彼の利き腕は左であり、失ったそれが今なお存在していたら、恐らく、いや、確実に七夜よりも上の実力を持ち合わせているのだろう。


 今の七夜よりも力が上なのは、ナイトメアの中でも数少ない。錬や新、健三だけかもしれない。もしかしたら彼は、その三人以上の実力を持ち合わせていたのかもしれなかった。


「そら……考え事はよくないぜ、七夜」

「っ!」


 己の武器と同じような、三日月型に歪む口元。ぎらぎらと危険な光を宿すその瞳には、邪悪を通り越し、純粋な殺意が存在している。


 実力が互角なんて、間違いだ。


 彼の残忍さはナイトメアでも頭一つ飛びぬけていることを、七夜はいまさらながらに理解した。


 理解したところで、この状況がどうなるわけでもない。


 とりあえずはこの危機を乗り越えなければ、理解した意味すら存在しなかった。


「知ってたか?」


 拮抗した武器を構えたまま、修三は語りかける。


「……何を?」


 瞬間、拮抗がほどけた。


 唐突に引かれた力を見逃すことなく、七夜はその矛先を修三の胸元に突き立てる。修三は片足を引くことで体制を反らし、矛先は胸元の服を掠めるだけで、すぐに防御へと転進せねばならなかった。


 もう一度、修三の薙ぎを防ぐ。先ほどと同じ状況になってから、修三はさらに邪悪な笑みを浮かべていた。


「さっきまで、俺の服には盗聴器が入ってた。助かったぜ、これで面白い昔話もできる」

「盗聴器? あんたにか?」

「誰が、とかはなしだぜ? そんな野暮なこと話すために、壊させたわけじゃねぇ」


 わざと隙を作り攻撃させる。そういった器用なことまでできるとは、知らなかった。


「さっきの質問に答えてやる。知ってたか? 錬は確かにナイトメア中最強の”戦士”だった。だがな、俺たちの中で最強の”暗殺者”はあいつじゃなかったんだよ」


 外面を気にすること無かった修三が知る、最強の暗殺者。それが誰のことかくらい七夜にはわかっていた。


「それが、あんただって?」

「少なくとも俺ぁ、他の誰にも負けてる気はしねぇ」


 だがな、と鎌から力を抜くことなく、修三は語り続ける。


「お前だけは興味があった。俺より上手く殺すんじゃないか、俺より上手く闇にまぎれることができるんじゃないか。こういう機会を待ってたんだよ、お前とこうして、殺しあうことができるその時を!」

「……狂ってる。狂ってるよ、修三」

「ナイトメアは存在自体が狂っている! それを知らないわけじゃないだろ、ななやぁ!」


 一瞬だけ鎌から力が抜け、自分の左側から刃が振りぬかれる。距離をとってその一薙ぎをかわし、反撃に転じる前に槍を防御に回す。回転する槍の腹へと数本のナイフが当たり、甲高い音を立てて地面へ落ちていく。


 防御の瞬間、修三の姿を見失った。


 見失った姿を探すのではなく、気配で相手の行動を読み取る。首筋に微かな風を感じて、七夜は武器の回転を止めると、前のめりになりながら数メートル前方へと転がった。


 立ち上がりざまにまた防御へと転進する。先ほどまで自分がいた場所を巨大な鎌が通過して、三日月の軌跡が七夜の網膜に焼きつく。


「いい勘だ……だがよぉ、逃げるだけじゃ面白くねぇ。攻めろよ、七夜」

「……言われなくても、そのつもりだ」


 切っ先を少しだけ下げ、右足を半歩引く。


 半身を向けた状態で、七夜はただ相手の動きに目を凝らしていた。


 刃の部分だけに気をとられすぎて、他の武装がなんなのかじっくり見る余裕を失っていた。先ほどのナイフを見切ることができなかったし、反撃に転じる余裕など皆無に等しかった。隻腕である修三が懐に隠し持っていた可能性は考えづらいし、鎌の石突か、もしくは両足に隠していたのだろう。


 修三ほどの暗殺者を相手にする場合、武装を理解しなければ七夜としても反撃の糸口を見つけにくかった。


 一番可能性が高いのは、左足だろう。大鎌を振る際に軸としていた右足に隠していたのであれば、暗器としての役割を果たすことができなかったはずだ。石突に隠すにはナイフはいかんせん大きすぎる。あと何本隠し持っているかわからないが、左足に暗器があるのはほぼ間違いない。


 ともすれば、右足にも何らかの武装があると見て間違いはない。


「……攻める!」


 自身に言い聞かせるように、七夜は細く呟いて地を蹴った。


 槍と鎌のリーチはほぼ同じ。間合いの優劣はつけづらい。腕力自体もさほど差はないだろう。



 なら勝敗を分けるのは、覚悟の差だ。



 かつての仲間を殺す、そのことになんら躊躇いのなかった頃の七夜ならどちらが勝ってもおかしくない戦いをするだろう。けれど今は、自分でわかるほど甘くなった自分がいる。


 槍の矛先と大鎌の刃が交錯する。けれど前のように止まることなく、直進する力だけで刃を弾き、相手の体勢を崩そうと試みる。


 半身を反らすことでいなされ、一瞬だけ背中を見せた後、薄く光る刃が首の高さを駆ける。



 軸は、右足。



 滑るように一歩後退して、相手の間合いから退く。空を切った刃の後にやってくるのは前と同じナイフの雨か。それを退ければ一瞬だけでも隙ができるだろう。


 その一瞬を逃すつもりはない。


 投げ出された左足の先から、三本のナイフが射出される。完全に外れている一本を無視して、一本を弾き、一本を回避して、もう一度鎌の間合いへと侵入する。一度大振りした直後の身体では、どうやっても隙が生じている。


 一撃加えれば、逃げるタイミングを探すことができる。


 槍を振りぬこうとした、瞬間――



 ――修三の三日月型に歪んだ口元が、目に飛び込んだ。



 同時に首筋の毛がちりちりと逆立ち、危険を察知する。けれど既に攻勢に回っていて、どんな危険だろうと回避に移ることができない。



「ばぁか」



 正面は向いていない。横顔に浮かんだ笑みの正体は――彼の足から伸びた細い糸だった。



「―― 一ノ型 影崩し ――」



 急速に近づいてくる気配。糸で繋がった十本近いナイフが、死角から七夜へと向かってくる。


 避けられない。そう、直感した。


 修三の術中にまんまとはまったしまったのは、後悔してもどうしようもないことだった。逃げることばかり考えて、本当の意図を考えようとしなかったことは次に活かせばいい。


 何よりここでダメージを受けてしまえば、この先真紅たちにも迷惑がかかるかもしれない。


 出し惜しみしている余裕は、なかった。


「――舐めるなよ、修三!」


 前進しようとする全身の筋肉を強制的に止め、悲鳴を上げる全てを無視する。左足に全体重をかけることで痛みという警告をそこに集中させると、槍を握る右手にめいっぱい力を込めた。



「弾け!」



 声と共に、自分の身体を回転させながら槍を振るった。


 掠ることさえ許されない。ナイフに毒を塗っている可能性が高いし、先にダメージを受けるのは少々、というかかなり悔しい。これ以上の負けを作らないためにも、全てのナイフを迎撃する必要があった。


 自分の目ですら追いきれないほど強引に、槍の防御膜を創り上げる。右腕の筋繊維が千切れることもいとわず、ただ向かってくるナイフを弾き続けた。


 同時に糸を断ち切ることで、弾いた後のナイフがもう一度襲ってくることがないよう警戒する。


 最後の一本を弾いてから、勢いそのままに修三へと槍を振るった。


「おっと!」


 数メートル後退したのを確認して、七夜は全身の緊張を解く。


 糸を断ち切った状態では、遠距離攻撃をしてくることもないだろう。


「流石だなぁ。アレを防げたのは……三人目だ」

「他が誰なのか興味があるね」


 修三が戦ったことがある人物で、常人離れした身体能力を持っている人間。一人は容易に想像がつく。彼の左腕を奪った、真紅の父親だろう。けれどもう一人が誰なのか、純粋に興味がわいていた。


「一人は白羽のじじいだったな。もう一人は……お前の兄貴分だ」

「っ! 錬さんに……使ったのか?」

「あっさり弾き飛ばされたがな。この程度じゃまだまだだってことじゃねぇのか? まぁ、今となってはどうでもいいことだ」


 三日月型の笑みを浮かべ、大鎌を頭上に掲げる。ここからが本番だと言わんばかりの、抑えることない殺気が七夜の頬を冷たく撫でた。


 次の一撃で決めなければ本当に、ここで雌雄を決しなければならないだろう。


 負けるわけにはいかないが、明らかに不利なのは変わらない。


「次で仕留めてやるよ、なな……や? なんだお前、今は仕事中……あぁ!?」


 なにやら独り言を口走っているようにも見えるが、耳元のイヤホンから声が聞こえていたのだろう。イラついたように声を尖らせ、最後には小さく舌打ちを漏らしていた。


「ちっ……うぜぇやつのお呼びだ。今回は引いてやるよ」

「……なに?」

「引いてやるって言ってんだ! あぁ、イラつく! 久々に楽しめると思ったのによぅ。七夜! てめぇ、俺と戦うまで死に戻るんじゃねぇぞ!」

「あ……あぁ」


 大鎌を肩にかけ、不機嫌な子供のような表情を見せて、修三は背を向ける。隙だらけのように見えて、実際隙だらけなのだが今のうちに攻撃しようとは思えなかった。


 何があったのかはさっぱりだが、引いてくれたのなら無理に戦う必要はないだろう。あの修三が従う相手、というのも気になったがこの好機を逃がすつもりはない。


 釈然としないものを感じながら、七夜は蒼い槍を片手に夜の闇へと溶けていくのだった。



――――――



 大鎌を肩にかけたまま、葉山 修三はささくれ立った気分をどうにかするのに必死だった。


 いくら頭の上がらぬ相手で、命令であるといってもせっかく見つけた獲物をみすみす逃がしてしまったことは修三にとっても歯がゆいものであり、双子の死神とまで呼ばれた片割れと本気で戦える状況という限られた機会を失ったことはナイトメアとしての修三をさらに苛立たせた。


 結局”あの方”の指示に従いはしたものの、一つ二つは我が侭を言っても問題は無いだろう。


「糞が……もう少しだったってのに」


 もう少しで、七夜の本気を引き出すことができたのに。


 ナイトメアに関わる生物の中で、最も七夜を評価しているのは、おそらく修三だった。


 錬や叶がナイトメアを離れ、聡司が囚われの身となってからはほとんど目立った活動をしなかった七夜。けれどそれが嵐の前の静けさと同じだと、修三だけは気づいていたのだ。


 叶についての偽装、真紅の存在。七夜が隠そうとしていた全ての事象を、修三は見逃した。



 その方が、面白いから。



 修三は歪んでいる、と七夜は言っていた。けれどそれはナイトメアの宿命であり、それが正常なのだと思っている。


 だが、確かに修三は歪んでいる。それも他のナイトメアにはない方向で。


 修三にとっての仲間とは、いずれ倒すべき対象でしかなかった。


 相手が楽しめるほどの強敵になるまでは静観を決め込み、対等の関係になれば牙をむく。今まで何の兆しもなかった”敵”から攻められる獲物は、実に面白い反応を見せてくれるものだった。


「あれは……いいねぇ」


 中でも七夜はとても旨そうだ。


 戦闘タイプが似ている、武器のリーチもほぼ互角、状況判断もしっかりできている。あれほどの逸材を敵として狩ることができるのなら、修三がナイトメアに残っている意味もあるというものだ。


 一対一の殺し合いは、本来自分の領分ではない。それでも、その土俵で戦う意味をしっかりと見出せているあたり、修三は恵まれているのだろう。


 意味すら見出せず、ただ崩れていくナイトメアを何人も見てきた。そんなやつらよりは、よほどましだ。


 月の光すら届かない路地まで入って、ようやく修三は鎌を下ろした。


「……遅いぞ」

「るせぇよ」


 闇の中から聞こえる声は、機械を通したように奇妙な響きを帯びている。自分相手にそんな面倒をする必要もないのだが、それはそれで面白いから無視している。


「どうだった? お前の獲物は」


 唐突に聞かれたものながら、ふむ、随分と気を使った言葉だなと感じていた。


 どうだったか、と問われると判断に困る。せっかく戦えるチャンスを潰した張本人にそれを問われるのも奇妙な気分だった。


 それでもしいて言うならば――



「悪くない、育ち方だったぜ」



 そんな言葉くらいしか、思い浮かばなかった。



はい、お久しぶりです、広瀬です。


七夜と修三の争いは中々書きやすいようで、実は書きづらい。ふむ、どうしたものかと考えた結果が今回のようになってしまいました。

もう少し後で出そうと思った”あの方”まで出してしまって、軌道修正が少し必要かもしれません。

まぁ何とかなるでしょう。


さてさて、そういえばもうすぐテストだなと思う今日この頃。

というか……来週だよ!?

何も勉強してない、持ち込みできない。とかって教科が多い。いや、まずいって。忙しいとか言ってられないからね。


というわけでたぶん、更新がさらに遅れます。



平謝り。




ではでは~~。

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